隆慶一郎作品のページ


1923年東京都生、東京大学文学部仏文科卒。在学中は辰野隆、小林秀雄に師事。編集者、中央大学助教授を経て、本名・池田一朗にて脚本家として活躍。映画“にあんちゃん”にてシナリオ作家協会賞を受賞。84年「吉原御免状」にて作家デビュー、89年「一夢庵風流記」にて柴田錬三郎賞を受賞。同年死去。


1.吉原御免状

2.鬼麿斬人剣

3.かくれさと苦界行

4.一夢庵風流記

5.影武者徳川家康

6.捨て童子・松平忠輝

7.花と火の帝

8.死ぬことと見つけたり

9.かぶいて候

10.見知らぬ海へ

  柳生非情剣

         


   

1.

●「吉原御免状」●  ★★☆

 

1986年02月
新潮社刊

1989年09月
新潮文庫


1989/11/12


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隆さんの時代小説デビュー作。

隆さんの長篇ものとしては比較的短いものですが、まとまりが良いこと、それと今後の活躍を彷彿させるものを様々に含んでいるところが、読み逃せない魅力です。
したがって、初めて読んだ時には、単に面白い時代小説というだけでなく、中身にアイデアがぎっしり詰まった作品という印象を強く持ちました。

遊郭である吉原の“城塞”としての性格付け、“傀儡子”一族という題材、柳生一族対後水尾天皇、或いは吉原者との対立。
また、晩年の家康を影武者とし、天海僧正を実は死んだはずの○○○○とする構想。
更に、二天一流・宮本武蔵の弟子である松永誠一郎と柳生との決闘、高尾太夫との濡れ場等、見せ場が多過ぎて、勿体無いくらいです。

ストーリィのスケールが大きく時代考証も優れている点、今後の隆さんの活躍が楽しみでした。急逝がとても惜しまれます。

後水尾天皇が中心となる作品が、「花と火の帝」

  

2.

●「鬼麿斬人剣」●  ★★


1987年05月
新潮社刊

1990年04月
新潮文庫

 

1990/04/11

刀工・鬼麿を主人公に据えた 連作短篇。鬼麿の振るう“斬人剣”の迫力が見所といえる作品。

ストーリィは、名刀工・源清麿が自ら死を選んだ場で、弟子の鬼麿に、昔金に困って製造した駄刀を探し出して折るように命じるところから始まります。その折り捨て旅に、そうはさせじという伊賀組との闘いが絡む8番勝負、というストーリィ。

鬼麿は、赤ん坊の頃山中に捨てられ、山嵩に育てられた巨躯の野人、そしてその扱う剣は試し剣術独特の構え、という設定。隆さんが好む“傀儡子”の系統にある主人公です。

時代小説というジャンルから少し飛び出て、“伝奇ロマン”といった冒険小説の如きものです。

  

3.

●「かくれさと苦界行」●  ★★

 

1987年12月
新潮社刊

1990年09月
新潮文庫化

 

1990/02/13

再び柳生義仙酒井忠清が暗躍する吉原御免状の続編。

今回は、公娼の吉原に対抗して私娼の岡場所を開設、経済的に吉原に打撃を与えることにより、御免状を手に入れようと画策します。

ストーリィの細かな内容はともかくとして、読了後は、作者畢生のライフワークを満喫したような充足感がありました。
「御免状」にて登場してから、松永誠一郎がたどった心の遍歴には、それだけ遥かな道のりがあった、というように感じます。
純朴な青年が悲しみを知り、怒り、冷酷になり、また涙を流し、成長を遂げるというストーリィ。時代小説には珍しい程、量感に充ちた作品です。

死んだ筈の有名人○○が登場するというのも、興味惹かれる部分です。
「吉原御免状」を読んだからには、是非本作品も読み逃すことのありませんように!

 

4.

●「一夢庵風流記」●  ★★☆   柴田錬三郎賞受賞




1989年03月
読売新聞社刊

1991年09月
新潮文庫

1992年12月
集英社文庫化

 
1991/09/29

主人公“一夢庵”とは、前田慶次郎利益のこと。

信長軍団長の一人・滝川一益の一族であり、前田家の養子に入る。しかし、前田家の家督は、信長の寵臣だった利家が継いだことから、義父死去後は前田家を出奔し、“傾奇者”として天下を放浪したという人物。

秀吉に気に入られ、意地を通し続けることの許しを得る。直江兼続との交誼、朝鮮へ渡ったりと、とにかくスケールが大きいのが魅力。スケールの大きさは、隆さんならではのものであり、本作品もその期待を裏切ることはありません。
そしてまた、慶次郎の周囲に集まる人間達のキャラクターが多彩で、見事という他ありません。加賀忍びの捨丸、伝説的忍びの武田の骨金悟洞。さらに、利家正室のおまつ、朝鮮伽倻国の最後の姫・伽姫も彩りを加えます。おっと、忘れてはならないのが、荒馬・松風

西欧で言えば、ダルタニャンばりの冒険小説と言うところでしょう。
それに付け加え、慶次郎が単なる荒武者ではなく、形にとらわれない風雅の士であり、女にも限りない優しさをもっているという点が、何よりの魅力です。

    

5.

●「影武者徳川家康」●  ★★★




1989年05月
新潮社刊
(上下)

1993年08月
新潮文庫化
(上中下)

 

1990/04/27
1999/11/13

 

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私の愛読書のひとつ。
刊行当初、本書をめぐる隆さんの座談を読んでいながら、どうせ目新しいものはないだろうと思って読まずに済ませていました。刊行後だいぶ経ってから本書を読んだ時、どれだけ後悔したことか。先入観は禁物、という教訓を得た作品です。

初めて読んだ時に感じたことは、とにかく驚きでした。
信長・秀吉・家康のストーリィは、もはや書き尽くされてきたものと思っていました。それにも拘らず、家康を題材にしてこんなにも面白い小説が書かれようとは!

関ヶ原の戦いで家康が殺される。その為、関ヶ原以後は家康の影武者がその代わりを務めざるを得なくなった。その裏面において、次代将軍の座を狙う秀忠と影武者の間には、長く厳しい暗闘が延々と続いた、というストーリィ。

この作品の魅力を挙げれば、まさに数え切れない程です。計り知れない程のスケールの大きさ、活力。そして、史実と照らし合わせると、奇想天外な話でありながらきちんと壺にはまっていく展開。
また、読者を興奮させずには置かない、知力、気力のすべてを駆使した闘いが延々と続きます。まるで飽きるということが考えられない程、次々と新たな闘いの局面が展開されていきます。
それらの面白さを支えているのは、もちろん登場人物の多彩さ、そしてそれら登場人物が、各自の個性いっぱいに役割を演じていることにあります。

もちろん、魅力的な人物の筆頭は、“いくさ人”である影武者=二郎三郎、島左近、甲斐の六郎です。隆さんの手により、全く新しい魅力をもった人物像が創られた、と言って良いでしょう。
彼らの敵役となる
秀忠、柳生宗矩にしても、その敵役としての魅力はなかなかのものです。

本作品は、まさに時代小説の傑作! そして、時代小説に新風を吹き込んだ、と言える作品です。

※本作品に頗る対照的な作品に、 池宮彰一郎「遁げろ家康」があります。比較して読むとこれ以上の楽しさはありません。

 

6.

●「捨て童子・松平忠輝」●  ★★★

 

1989年11月
講談社刊
(全3巻)

 1992年11月
講談社文庫化
(上中下)

 


1990/04/15
1994/02/06

初めて読んだ時には、何となく面白くないように感じたのですが、再読した時には、自由人・忠輝の尽きない魅力に完全にはまりました。

家康の六男でのちに勘当され流罪人として生涯を終えた、この忠輝という主人公は、隆さんが描いた中で最も傑出したヒーローではないかと思います。
“鬼っ子”という蔑称が示す通り、通常人を超えた能力をもつ人物です。数多いヒーローの中でも、忠輝唯一人でしょう。
岩介
という超能力者もいますが、SF過ぎて比較になりません。スペイン語、西洋医学、キリシタンを理解し、傀儡、南蛮人、キリシタンに広く人望があり、それら大勢の人々を動かす力を秘めている。こんな魅力ある主人公は他に類を見ません。
だからこそ、兄である将軍・秀忠の猜疑の的となるわけで、したがって本作品は、秀忠対家康・忠輝という対立の構図がストーリィの主軸となる訳です。

ストーリィとしては、影武者徳川家康と重複するところもあり、「影武者」に並列する作品として楽しむことができます。

 

7.

●「花と火の帝」●  ★★☆

 

1990年01月
日本経済新聞社刊
(上下)

 1993年09月
講談社文庫化
(上下)

 


1990/04/02

徳川家康・秀忠・家光3代の時期に天皇・上皇であった後水尾天皇と、それをとりまく“天皇の隠密”たち、岩介・猿飛佐助・霧隠才蔵・朝比奈兵左衛門らの活躍を描く伝奇ロマン。
これからどんどん面白くなるだろう、という所で未完になった作品だけに、隆さんの急逝がとくに惜しまれます。

この作品は、まずストーリィの構成に魅力があります。
徳川期というと、対立者として思い浮かぶのは普通豊臣家だけです。ところが、今回は天皇! 
従来、天皇というと霞みたいな存在としか捉えられていませんでしたが、本作品では徳川幕府に対抗する確固たる存在として描かれています。そして、徳川にただ逆らうというのではなく、自ら隠密を使い、裏の場面で闘うというストーリィ。

ただ、これには岩介という主人公の存在が欠かせません。
この岩介、“鬼の子孫”と言われる八瀬童子で、5歳の頃天狗に連れられて鬼の修行をしたという、まさにスーパーマン的存在。おかげで、後半SF的になってしまうのが、この作品の敢えて言うと難点。

刊行された部分は、ストーリィとしては闘い=“火”の部分。もしかすると、未完となった今後の部分には“花”の面での闘いが描かれる予定ではなかったかと、私なりに想像し、改めて残念と思う次第です。

後水尾天皇は、「吉原御免状」にも登場する天皇です。

 

8.

●「死ぬことと見つけたり」●  ★★☆

 

1990年02月
新潮社刊
(上下)

 1994年09月
新潮文庫化
(上下)

 

1994/01/30

戦時中、中原中也とランヴォー詩集を隠すために 「葉隠」を持っていったところ、戦地においてロマンとして「葉隠」を熟読したという、隆さんの述懐から始まる作品。

その為か、本作品には、他の作品とは異なった趣きが感じられます。隆作品の特徴はスケールの大きさとそのロマンの壮大きさにあるのですが、本作品には“葉隠”という特異な世界を隆さん独自の持ち味で調理して卓上に供えた、という雰囲気が感じられます。

本書は未完ですが、15話まで書かれています。一本のストーリィとして壮大な世界が語られているというより、聖書の如くひとつひとつの挿話が語られる中に、“葉隠”という共通精神が通っている、という印象です。
ストーリィは、常に死人である主人公・斉藤杢之助と、中野求馬の活躍ぶりにある訳ですが、その“死人”という発想が特異であるからこそ、風変わりな持ち味を醸し出しつつ、楽しめる作品となっています。

読み応えに加え、他にない独特の味わいがある作品です。

 

9.

●「かぶいて候」●  ★☆

 

1990年05月
実業之日本社刊

1993年12月
集英社文庫

 


1993/12/23

本作品の主人公は、“幡随院長兵衛”でお馴染みの水野十郎左衛門の父親・水野成貞。本来は、水野日向守勝成→成貞→十郎左衛門と、3代に渡る“傾奇者”伝として構想されたようですが、冒頭部分で未完となってしまった 作品です。

型破りで、社会の枠に収まりきれない人物として、前田慶次郎に繋がる作品と言えるでしょう。
ただ、これまで読んできた作品と比べるとスケールが随分と小さくなったように感じます。影武者」「花と火の帝と異なり、徳川政権という骨組みがほぼ社会に定着し、その中での行動、また成貞自身も旗本の一人という歴然とした事実がある以上、やむを得ないことと思います。

なお、本作品でちょっと興味を惹かれるのが、秀忠の人物設定。従来の秀忠像とは異なり、度量もあり、温か味のある人物として描かれていること。家光との比較において、秀忠像が相対的に上昇せざるを得なかったという事情が窺われます。

 

10.

●「見知らぬ海へ」●  ★★

 

1990年10月
講談社刊

 1994年09月
講談社文庫化

 

1994/01/09

徳川幕府にて御船手奉行となった、向井兵庫守正綱の若き頃を描いた海洋歴史小説。残念ながら本作品も未完です。

向井水軍の総帥、向井正綱の茫洋とした人物ぶり、海戦の魅力、そして海の自由人としての“水軍”という構成が、何より本作品の魅力です。
日本では大型海洋歴史小説という分野が確立していませんが、本書の海戦の場面は、とくに魅力ある部分です。安宅船、関船、小早。日本にもこんな海戦があったのか、何と面白いことか、と新鮮な興奮を覚えます。

残念なことに本作品は、ウィリアムス・アダムス(三浦按針)が日本に漂着し、正綱と出会うところで未完となっています。
しかし、白石一郎さんが航海者という作品でウィリアムス・アダムスを描いていますので、正綱の印象が幾分下がるのを我慢すれば、本作品が未完となった不満を幾分解消できるように思います。

 

●「柳生非情剣」●  ★★


1983年12月
講談社刊

講談社文庫化

2014年01月
講談社文庫
(新装版)
 


1990/07/15


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柳生の剣客たちを描いた短篇集。ひとりひとりの個性を、遣う剣に結びつけたところが面白いのですが、其々の篇だけでも充分読み応えのある作品です。
収録作品は、次のとおり。

慶安御前試合・・柳生連也斎厳包(尾張:兵庫助利厳・三男)
柳枝の剣・・・・柳生友矩   
(宗矩・次男)
ぼうふらの剣・・柳生主膳宗冬 
(宗矩・三男)
柳生の鬼・・・・柳生十兵衛三厳
(宗矩・長男)
跛行の剣・・・・柳生新次郎厳勝(石舟斎宗厳・長男)
逆風の太刀・・・柳生五郎右衛門宗章
(石舟斎・四男)

新陰流道統は、1.上泉伊勢守信綱、2.柳生石舟斎宗厳、3.柳生兵庫助利厳(如雲斎)、4.柳生茂左衛門利方(次男)、5.柳生連也斎厳包(三男)、以下略

 

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