北村鮭彦著作のページ


1920年東京生、東京農業大学卒。本名:北村一夫。作家、元花柳徳兵衛舞踊学校副校長。文化庁芸術祭演芸部門の審査委員、同芸術選奨選考審査委員などを歴任。1998年死去。

 
1.おもしろ大江戸生活百科

2.お江戸吉原ものしり帖

 


 

1.

●「おもしろ大江戸生活百科」● ★★

 


1988年10月
永岡書店刊

2004年10月
新潮文庫

(476円+税)

 

2004/11/13

大名から町人生活まで、江戸の生活あれこれ豆知識満載。
これまで時代小説を読んでいて気にかかっていたことの多くに、漸く回答を得ることができました。
時代小説を読む際の座右の書として、本書はまさに格好の一冊です。難しい言葉ではなく、現代風に判り易い比喩をもって説明してくれている点が有り難い。
説明書というより、小説作品を読むような楽しさがあります。

何故大大名は老中にならなかったのか。側室は給料をもらう奉公人? 大名行列に横断歩道? 配偶者の呼び方いろいろ。
また、“勘当”には3つのランクがあった(内証勘当、勘当、久離(重勘当)→札付き者)という。
予想外のことに、拷問は殆ど行われなかったらしい。また、江戸市民の飲み水は井戸水ではなかった?
湯屋でのヘアーの手入れ、これにはびっくり。
吉原(大見世・中見世・小見世・切見世)、岡場所、宿場町の飯盛女、夜鷹、陰間、水茶屋娘、矢場女・・・、ふむふむ。吉原に定年ありとは考えもしなかったけれど、納得。
町人には死刑(鋸挽・磔・火焙り・獄門・死罪・斬罪・下手人)、遠島、追放、叱、急度叱、過料、戸閉、手鎖。武士には切腹、改易、隠居、蟄居、閉門、慎、遠慮
水茶屋娘とは、現代なら差し詰め美人アイドルのことか。下手人というのは過失致死罪で財産没収はなかったらしい。
どれもこれも興味津々、成る程と思うことばかりです。

花のお江戸のまんなかは・・・?/大名暮らしも楽じゃない/花は桜木、人は武士と言うけれど・・・/広いお江戸の取り締まり/旦那衆と江戸ッ子が入り乱れ/粋にいなせにお祭りさわぎ/通は見栄張る、張れなきゃ野暮天/罪があるから罰もある/コラム

     

2.

●「お江戸吉原ものしり帖」● 

 


1987年6月
六興出版刊
(吉原ホログラフィー)

2005年9月
新潮文庫

(514円+税)

 

2006/03/20

「おもしろ大江戸生活百科」に続き、これもまた面白い一冊。
江戸の大遊郭・吉原を一通り、まるで実際の吉原を見てきたような気分にさせてくれるところが何とも楽しい。

吉原の遊女は「27歳定年制」だという。そんな花魁も、上客を馴染みにするためには文を出したりと結構マメな様子。
また、「お茶を挽く」という言葉が吉原の遊女から出たものだとは思いも寄りませんでした。本書によると、吉原の高級遊女は毎日交代で評定所へお茶を立てに通ったとのこと。その日は客を取らないため、客のつかない状態を「お茶を挽く」と言ったのだとか。いやあ〜、勉強になります。
“吉原”を単なる遊郭と思うなかれ。吉原は大江戸を代表する社交場だったのです。
意味もないことを仰々しく大金をかけて遊ぶところが吉原。見得がそこにある訳ですが、だからこそ華々しい文化も花開いたと思うのです。吉原の華やぎが衰えた江戸なんか面白くない!
当時の江戸では、素人女に手を出さず、出さないから時々吉原に通う男は「真面目な男」として立派に通っていたのだと言う。むしろ廓にも行かず、素人女にも手を出さない若い男がいたら、何処か悪い所があるのではないかと逆に変な評判が立つ程だったと言うのです。
時代が違えば違うものだと思いますが、だからこそ「吉原」というところは面白い。興味津々。その興味をたっぷり充たしてくれるのが本書です。

「名妓の誕生」において、代々の高尾太夫、丹前勝山という歴史上名高い花魁たちの横顔を語ってくれているところも嬉しい。高尾太夫、勝山という花魁は、隆慶一郎「吉原御免状でも忘れ難い女性でしたから。

吉原へ「ご案内」/江戸の華やぎ/吉原小史/遊びの作法教えます/女たちを彩る「もの」/名妓の誕生/廓の四季

 


  

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