乃南アサ作品のページ No.1


1960年東京都生。早稲田大学社会学部中退後、広告代理店勤務等を経て、88年「幸福な朝食」が日本テレビの日本推理サスペンス大賞優秀作を受賞し作家デビュー。96年「凍える牙」にて 第115回直木賞、2011年「地のはてから」にて第6回中央公論文芸賞、16年「水曜日の凱歌」にて第66回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。


1.
6月19日の花嫁

2.凍える牙 ・・・ 音道貴子もの長篇作1

3.花散る頃の殺人 ・・・ 音道貴子もの短篇集1

4. ・・・ 音道貴子もの長篇作2

5.

6.未練 ・・・ 音道貴子もの短篇集2

7.嗤う闇 ・・・ 音道貴子もの短篇集3

8.駆けこみ交番

9.風の墓碑銘 ・・・ 音道貴子もの長篇作3

10.ミャンマー


いつか陽のあたる場所で、犯意、すれ違う背中を、禁漁区、いちばん長い夜に、新釈にっぽん昔話、水曜日の凱歌、美麗島紀行、六月の雪 

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家裁調査官・庵原かのん、雫の街、緊立ち 

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1.

●「6月19日の花嫁」● 

 

1991年02月
新潮社刊

1997年02月
新潮文庫



1999/01/31

記憶喪失を題材にしたサスペンス。
ちょっと魅力なのは、記憶を取り戻すタイムリミットとして、6日後に結婚式が設定されていること。そんな洒落たアイデアを作者はどんな風に料理するのか、ということに惹かれて本書を手に取りました。
6月12日、交通事故から目を覚ました千尋は記憶を失っていた。素裸で布団の中に横たわり、傍には見知らぬ男性がいた。なんとか千尋が思い出したのは、19日が自分の結婚式であるということ。
正直言って期待はずれという評価。傍らの男性が彼女の婚約者らしいことはすぐ歴然。事件といってもそれ程のことはありませんし。
同じ記憶喪失から始まるミステリとして宮部みゆき「レベル7を思い出しましたが、まだ同書の方が面白かったかな、という感じ。完成度が高いのは、やはりアイリッシュ「黒いカーテンですね。

   

2.

●「凍える牙」● ★★    第115回直木賞受賞




1996年04月
新潮社刊

2000年02月
新潮文庫化
(705円+税)



1999/01/23

深夜のファミリー・レストラン。客の男性が突然自ら炎を吹き出し、大きな火事騒ぎとなりつつ 焼死するという異常な事件からストーリィは始まります。
そして主人公である警視庁機動捜査隊巡査・音道貴子が登場。
捜査本部が組成され、彼女は如何にもデカという感じのベテラン中年刑事・滝沢とコンビを組まされます。滝沢の女性への偏見と神経的に戦いながら、2人の捜査が開始されます。
本書の特色は、女性警察官が男性社会の中にあって卑下せず、また自立した姿を見せつつ、ベテランの男性刑事に負けない活躍をみせるといった、社会性にあると思います。
その点、離婚経験を持ち、一人住まいの1LDKも殺風景のまま帰って寝るだけ、という私生活を持つ音道貴子という主人公は、興味惹かれるキャラクターです。
また、女性の扱いが分からずに偏見に満ちた態度をとってしまう滝沢刑事。決して悪い人間ではなく、ただ同僚として女性と付き合う方法が分からず、戸惑いながらいつしか貴子の能力も認めるといった中年刑事像もよく描けていると思います。

ストーリィとしては、異常な失火事件から始まりながら核心がそのことから離れて別に移っていく辺り、折角の滑り出しが勿体無いという気がします。また、事件の真相として極めて特殊な材料を使い過ぎているのではないか、というのが気になるところ。
しかし、作品としては充分な力作であること間違いありません。

 

3.

●「花散る頃の殺人」● 

 

1999年01月
新潮社刊
(1400円+税)

2001年08月
新潮文庫化

1999/02/26

凍える牙の主人公であった機動捜査隊所属のバツイチ・女性刑事、音道貴子が登場する短篇集。

前作で彼女に興味を抱いたのが、本書を読んだ動機。
貴子のゴミを狙う変質者、ホテルで変死した老人夫婦、援助交際の女子高校生を襲う中年者の事件等が、本書に収録された短篇のストーリィ。
サスペンスものというより、「凍える牙」後の音道刑事の日常生活、仕事状況を紹介するという程度にとどまった作品です。
なお、巻末に乃南さんと滝沢刑事(「凍える牙」)の架空対談がついており、楽しめます。

あなたの匂い/冬の軋み/花散る頃の殺人/長夜/茶碗酒/雛の夜

 

4.

●「 鎖 」● ★☆




2000年10月
新潮社刊
(2200円+税)

2003年12月
新潮文庫化
(上下)


2000/11/30

凍える牙に続く音道貴子が活躍する長編第2作目。
今回は、アメリカ的ハードボイルド、という雰囲気を感じさせる作品に仕上がっています。まず、分厚いこと、少し冗長なのではと思わせるようなストーリィ運び、そして主人公が窮地に陥ったまま延々とその状況が続くこと。
「凍える牙」もそうですが、本作品の魅力は、やはり音道貴子というバツイチ女性刑事(巡査長)のキャラクターにあります。
男性ばかりの社会にただ一人入り込み、男性に伍して職務に邁進する一方、そうした立場にある女性の苦労を一身に背負っているというタイプ。女性的というわけではなく、かといって男性的ではない、新しい女性像を感じさせる主人公です。
前回短編集でも登場していますので、私としては3冊目になるのですが、これからも是非乃南さんに大切に育てて欲しいキャラクターです。

本書はかなり分厚いのですけれど、読後はそれなりの満足感を得られた作品でした。ただ、主軸となる犯罪のストーリィより、脇となる2つのストーリィ(換言すれば主要登場人物2人各々のストーリィ)の方がはるかに興味をかきたてるものだった、ということがどうなのでしょう? そこがもうひとつ高い評価にならなかった理由です。
サスペンスが好きで読む時間も十分にあるという方には、ちょうど良い作品かと思います。なお、本書の前に「凍える牙」を読んでいれば、より楽しめることでしょう。

 

5.

●「 涙 」● ★★☆




2000年12月
幻冬舎刊
(1800円+税)

2003年02月
新潮文庫化
上下



2001/01/08

挙式直前、一方的に別れを告げる電話を最後に、婚約者の萄子の前から姿を消します。そして、刑事である彼の同僚の娘が殺害され、勝にその嫌疑がかけられます。一体何があったのか、何故自分は捨てられたのか、その疑問を解く為、失踪した婚約者の跡を萄子は探し求める、というストーリィです。
松本清張「ゼロの焦点」を思い出させるようなストーリィですが、単にサスペンスと言って良いのかどうか。婚約者を探し続ける萄子と、彼女を待ち続ける男性とのラブ・ストーリィ、という面があります。
乃南さんについては、本格作品を書ける実力派の人と思っていましたが、本書は改めてそれを確信させるような硬質の作品です。現在のプロローグから始まり、本章にて過去の回想が語られるという構成ですから、ラブ・ストーリィとしての結末は最初から明らかなのですが、この硬質な作品は一時も読み手の目を他所にそらしません。サスペンスとラブ・ストーリィが表裏一体となった、揺ぎない魅力をもった小説だと思います。
さらに、年代設定は東京オリンピックの頃。変化の激しかった頃故の、凝縮した時代の熱気をストーリィの背景に感じます。懐かしい気分も手伝って、一層ストーリィに惹き付けられました。
一人娘を殺された同僚刑事・韮山を描いた部分のドラマも鮮やかです。
一体、誰が人生を損し、誰が得をしたのか。そんなことを超越したドラマが、全篇を通して描かれています。
充実感たっぷり、かつ読み応えある一冊。お薦めです。

 

6.

●「未 練」● 




2001年08月
新潮社刊
(1400円+税)

2005年02月
新潮文庫化



2001/08/23

女性刑事音道貴子を主人公とした短篇シリーズの第2冊目。
主人公が同一であっても、長篇の「凍える牙」「」とこの短篇シリーズはだいぶ趣きを異にします。長篇ものが女性刑事・音道貴子を主人公としたサスペンスものであるのに対して、短篇ものは33歳でバツイチの女性・音道貴子の日常生活を描いた作品であるからです。そのバツイチ女性の仕事がたまたま刑事である、というだけのこと。とは言っても、仕事が仕事であるだけに、各篇には多少刑事ものらしい緊迫する部分もあります。でもそれはあくまでたまたまのことであって、本作品の主眼は、音道貴子の日常におきる様々な出来事、それと貴子の関わりを描くことにあります。
第1冊目の「花散る頃の殺人」を読んだ時には、その辺りがもうひとつ納得いかず物足りなさを覚えたものですが、長篇2作、短編集1作を経て“おっちゃん”こと貴子に馴染んでくると、さらに貴子に親しむことができるという点で、それなりの楽しさを覚えます。

冒頭の「未練」は、そんなバツイチ女性だからこその悩ましいストーリィ、皮切りにはちょうど良い作品です。
一方、刑事としての色合いが強く出ているのが、本書中一番長い「聖夜まで」。最近深刻な問題となってきた類の事件ですが、小説とわかっていてもやりきれない思いが胸の内に広がります。
その後の「よいお年を」は、貴子とその母親を中心にしたカラッとした小品。各篇の収録順序もうまく調整されています。
今後の続刊が楽しみな短篇シリーズです。

未練/立川古物商殺人事件/山背吹く/聖夜まで/よいお年を/殺人者

 

7.

●「嗤う闇」● 




2004年03月
新潮社刊
(1400円+税)

2006年11月
新潮文庫化


2004/05/12

女性刑事音道貴子を主人公とした短篇シリーズの第3冊目。
今回音道刑事は、巡査部長に昇進して下町の墨田川東署に異動。そこでは大きな事件など起こる訳でもなく、音道刑事は各々個性的な同僚たちに囲まれ、下町署ならではの揉め事、事件に振り回されます。
ミステリ、サスペンスという類ではなく、音道貴子刑事生活物語とでも受け止めるべきストーリィでしょう。貴子にも成長の跡が窺えます。ただ、刺激・興奮という要素を期待するのは誤り。

中年主婦の傷害、ストーカー、連続レイプと、各篇ではそれなりの事件が発生しますが、それとちょっと異なる「木綿の部屋」が楽しめます。凍える牙での相棒だった滝沢刑事に頼まれ、その娘夫婦の内輪問題に引っ張り込まれるストーリィ。このシリーズ、滝沢刑事が登場すると深みが加わるようです。
その他、駄々っ子としか言いようのないキャリアの新米警部補の登場がご愛嬌。「残りの春」の最後の落ちには、失笑してしまいます。

その夜の二人/残りの春/木綿の部屋/嗤う闇

  

8.

●「駆けこみ交番」● ★☆




2005年03月
新潮社刊
(1600円+税)

2007年09月
新潮文庫化


2005/05/05

東京は世田谷区等々力にある交番に勤務する新米警官、木聖大を主人公にした青春警官ストーリィ。

聖大が勤務する交番に、不眠症だからといって深夜度々訪ねてくる上品な老婦人・神谷文恵さん。
彼女に気に入られたことが縁となって、聖大は文恵さんの仲間である6人の老人たちと知り合うことになります。聖大のことをすっかり気に入った7人の老人たちは、地域の情報を提供して聖大の役に立つと宣言します。自称“とどろきセブン”
彼らのお陰で聖大は次々と手柄を立てるのですが、聖大の本心としては事件より地元の可愛い女の子を紹介して欲しいというところが、ユーモラス。
ところがこのとどろきセブン、単なる仲良し老人クラブと思いきや、実は明確な意図をもったグループだったのです。それが種明かしされるのは「人生の放課後」の章。

何はともあれ、青年おまわりさんの交番勤務+青春といったストーリィが楽しめます。最後にやっと聖大の願いが叶いそうになるところがまさに青春ものらしいエンディング。

とどろきセブン/サイコロ/人生の放課後/ワンワン詐欺

 

9.

●「風の墓碑銘(エピタフ)」● ★★☆




2006年08月
新潮社刊

(1900円+税)

2009年02月
新潮文庫化
(上下)



2006/09/18



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“女刑事・音道貴子”長篇シリーズ第3作。
そして、凍える牙でコンビを組んだ滝沢保刑事との強力コンビ復活の作!

古い貸家を壊した後から、男女2人+嬰児の白骨死体が発見されます。しかも時効寸前という、24年前の事件。
当時の賃借人を辿ればすぐ事件は解決する筈と当初思われたものの、持ち主の今川老人は痴呆化してまだらボケの状況、契約書類等の記録も皆無。
そして、その今川老人が殺害されるという事件が次いで発生。
2つの事件は果たして関連するのか。記録、証言も得られない中で進む捜査の困難さは想像がつくというもの。
墨田川東署に所属する音道巡査部長は、白骨死体事件から引き続いて今川老人殺害事件捜査本部に加わることになります。
その音道の相方となったのが、現在金町警察署勤務でかつて「凍える牙」事件でコンビを組んだ滝沢警部補

ファンとしては強力コンビ復活と単純に喜ぶのですが、当事者同士はそう簡単にいくものではないらしい。
かつて散々女性というだけで差別発言を繰り返した滝沢に対し、音道は警戒感たっぷり。それ故、今は音道を評価していて気遣いもする滝沢の言動に対し、かえって裏を疑ったり、いちいち反発したりと、名コンビというには程遠い。
それでもこの2人のコンビは、見ているだけで楽しい。頑固で無愛想、でも納得するまで探求を諦めない音道。音道からアザラシを渾名され嫌悪されようが、捜査の実力は相当な滝沢。
この2人の魅力は、コンビになって一層輝くもののようです。
音道と滝沢のコンビぶり(珍→名)に加え、難解な捜査を放り投げことなくジリジリと真相に近付いていく手応え、そして真相を含め本作品の読み応えは相当なものです。たっぷり満喫。

なお、恋人・昴一との問題、同僚の女性鑑識員における問題と、恋愛問題を決して切り捨てていないストーリィ構成も好い。

  

10.

●「ミャンマー−失われるアジアのふるさと−」●(写真:坂清) ★★




2008年06月
文芸春秋刊

(1333円+税)



2008/07/07



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軍事独裁政権、アウンサンスーチー女史の監禁と、マイナス印象ばかりが目立つミャンマー(旧ビルマ)ですけれど、そこにはかつての日本の姿がある、というのが乃南さんのミャンマーに対する想い。

生活は貧しく、夜は照明が少ないために月明かりや星明りだけ。でも仏教への信仰篤いミャンマーの人々の表情は優しく、見知らぬ旅人に対して向ける笑顔も人懐っこく、温かい。
乃南さんが初めてミャンマーへ行こうとした時、何回もミャンマーに行ったことのある友人は「行けば分かりますが、すごく心が豊かになるんです」と語ったという。
そしてその通り、本書から見ることのできるミャンマーは、まさにその友人の言葉どおりの土地、と心から感じられます。

私がこのところミャンマーに関心を抱くようになったのは、カンボジアが落ち着きをみせミャンマーが国際政治面で目だってきたからということより、ゴーシュ「ガラスの宮殿を読んだことが大きい。
ミャンマーの現在の状況は、西欧諸国の植民地政策においても他国に比べ不遇な扱いを受けたということに端を発している気がします。
そんなミャンマーに穏やかで平和な生活が戻り、人々の生活状況が改善したとき、私は初めてホッとできる気がするのです。

そんな私にとって、ミャンマーの魅力をとりあえず残したいという気持ちから乃南さんが単行本化した本書は、ミャンマーの人々と知り合った気分になれるという、嬉しい気持ちの残る一冊でした。

たそがれ・かわたれ/ケの日ハレの日/女・少女/働く人々と考える僧たち

  

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