ウイリアム・アイリッシュ作品のページ


William Irish 1903〜68年 アメリカ・ニューヨーク生。
本名:コーネル・ジョージ・ハプリー・ウールリッチ
アイリッシュ名義では「幻の女」「暁の死線」が傑作。コーネル・ウールリッチ名義では「黒衣の花嫁」を初めとする「Black… 」を冠した作品が有名。他にジョージ・ハプリー名義の作品もあり。


1.黒衣の花嫁 (ウールリッチ名義)

2.幻の女   (アイリッシュ名義)

3.暁の死線  (アイリッシュ名義)

4.喪服のランデヴー (ウールリッチ名義)

5.黒いカーテン (ウールリッチ名義)

6.夜は千の目を持つ (ハプリー名義)

 


 

1.

●「黒衣の花嫁」● ★★☆
 
原題:The Bride Wore Black”

 

1940年発表

1983年08月
ハヤカワ・ミステリ文庫刊

 

1998/10/14

 

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※「やがて彼女はつぎつぎと5人の男の花嫁になった」−ちょっとこの表紙カバーの文章には異議あり。読む前に誤解を招いてしまう。^^;
何はともあれ、鮮やかに現れ、狙った相手を確実に殺して綺麗に姿を消す、という謎の女を描く本作品は、まさに名作。
読む最中の興味は、芸術的と言いたいような、殺人における手際の良さにあります。本作品の魅力は、謎よりそのプロセス、そしてその詩情にあると言えるでしょう。
各々の殺人プロセスは、連作短篇と言って良いほど、そのひとつだけでも読み応えあるものです。
そして最後の場面。またまた作者から驚天動地の逆転をくらったような思いがしました。
後から冷静に考えれば、作者として決着には二つの方法があったと思います。ひとつは“黒衣の花嫁”という虚像をそのまま完成すること。もうひとつは虚像を打ち壊し、別の姿を読者に見せること。
さあ、そのどちらが本当に良かったのか。その選択は、読者としては作者に任せるほかないでしょう。

 

2.

●「幻の女」● ★★★
 
原題:Phantom Lady”

 

1942年発表

1979年08月
ハヤカワ・ミステリ文庫刊

 

1998/09/23

 

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暁の死線以来20年振りに読んだアイリッシュ作品。
改めてアイリッシュ作品の素晴らしさに陶然となった気分です。
図書館で借出したのが偶然だっただけに嬉しくなります。
ストーリィ。
見知らぬ女性と共に食事、ショーと夜を過ごしたスコットが帰宅してみると、喧嘩した妻が殺されていた。そして自身は犯人として逮捕される。ところがアリバイを証言しうるその女性が見つからないまま死刑判決が下され、刻一刻とスコットの死刑執行日が近づく。限られた時間の中で、スコットの親友ロンバード、恋人キャロルが必死の探索を行う。
目次は
「死刑執行前150日 午後6時」から始まり、最後には「執行前3日」「死刑執行当日」「死刑執行時」と迫っていきます。
その研ぎ澄まされたような緊迫感が堪らない!
なんといっても素晴らしいのは、時間に追われる切迫感と探索側の焦燥感からくるスリリングさ。余計な雑念など吹き飛ばされてしまい、ひたすらストーリィに引きずり込まれてしまいます。
それと、アイリッシュ作品の魅力は、ただサスペンス、スリリングというだけに終わっていないことにあるのではないでしょうか。
人はこんなにも一所懸命になれるんだということを示し、人に希望を与えるような、そんな格調の高さがあるように思います。

 

3.

●「暁の死線」● ★★★
 
原題:Deadline at Dawn”

 

1944年発表

創元推理
文庫刊


1971/08/--
1975/06/17

  
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かつての愛読書です。
都会で偶然出会った若い男女。更なる偶然にも二人の故郷の実家は隣同士だった。二人は手を携えて都会から逃れ、故郷に帰ろうとするが、障害は彼が巻き込まれた殺人事件だった、というストーリィ。

翌朝故郷へ向かうバスの出発時間を最終時限として、一夜の間に二人の必死の探索が始まる、という点で「幻の女」の構成と良く似ています。
しかし、時間か限られている点ではもっと迫真的であるし、仲間として協力し合う二人の関係が新鮮で、つい共感してしまうという楽しさがあります。

この本以外に長くアイリッシュ作品を読んでいなかったというのも、この1冊を読んだだけで充分満足してしまった、というのが理由でした。(^^;)

 

4.

●「喪服のランデヴー」● ★★
 
原題:Rendez-Vous in Black”

 

1948年発表

1976年04月
ハヤカワ・ミステリ文庫刊

 

1998/10/14

 

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まさに黒衣の花嫁の裏返し、と言える作品。
恋人を殺されて次々と復讐を果たすのは、今度は男。それだけでなく、ストーリィ構成も幾分異なります。
前作では謎の女がどのように殺人を行うかに興味がありましたが、本作品において男はストーリィの主体から一歩引き、むしろ被害者側の人生模様がストーリィの主題になっているようです。
そして、殺される対象者は、本来目標となるべき人間ではなく、彼らが一番大切に思う人間たちだったりする。本人たちは復讐されたとは気付かないまま、身内の死を嘆き哀しむ。
それだけに、前作以上に一篇一篇が独自の風格をもつ短篇、と言うにふさわしいだけの充実感を備えています。
結末は、前作のような意匠をこらさず、ストレートなもの。そのため、読後にこだわりが残るということはありませんが、印象度という点では前作に及ばないように思います。
それにしても、前作同様のストーリィでありながら、その直後に読んでさえ全く二番煎じと感じることはありませんでした。それだけ円熟した作品であるということでしょう。

 

5.

●「黒いカーテン」● 
 
原題:Black Curtain”

 

1941年発表

1960年02月
創元推理文庫刊

 

1998/10/17

気がついて家に辿りついた主人公は、自分が3年余りの記憶喪失から回復したことを知った。以前の生活を取り戻した主人公を襲った恐怖とは? というストーリィです。
その3年間の謎を探るという視点でなく、「恐怖」という入り口から読者をストーリィの本筋に誘い込んでいく辺り、情緒描写に長けた作者の真骨頂というところ。
最初は空白の3年間の影におびえていた主人公が、何時の間にか勇気ある探求者に変わっている。そんなところもごく自然で、作者の冴えを感じます。
比較的短い長篇ミステリですが、それなりに納得できる好作です。

これが3年でなく25年も飛んでしまうと、主人公は過去より今をどうするかというのが最大の問題。それを扱った作品が北村薫「スキップ」

 

6.

●「夜は千の目を持つ」● 
 
原題:NIGHT HAS A THOUSAND EYES”

 

1945年発表

1979年07月
創元推理
文庫刊

 

1999/01/20

ある夜、青年刑事ショーンは川に身を投げようとしていた娘・ジーンを助ける。その娘は、父親が死を預言されたといって怯えていた。
ショーンはジーンの父を救うため警護に乗り出します。一方、他の刑事たちは捜査に向かう。本当に預言なのか、それとも何か事件の企みなのか。それもひとつの謎です。
圧巻は、預言された死に刻一刻と近づいていく場面の圧迫感です。
ゴールの時限を定めて緊迫感をつのらせていくのは、アイリッシュの得意の手法だと思いますが、そうとわかっていてもその渦中に放り込まれると、完全に作品の中に取り込まれてしまいます。
事件の真相、謎解きより、本作品の価値は登場人物たちとともに死の恐怖を共有することにあるように思います。

 


 

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