梨木香歩
(なしきかほ)作品のページ No.2



11.沼地のある森を抜けて

12.水辺にて

13.この庭に

14.f植物園の巣穴

15.『秘密の花園』ノート

16.渡りの足跡

17.ピスタチオ

18.不思議な羅針盤

19.僕は、そして僕たちはどう生きるか

20.雪と珊瑚と


西の魔女が死んだ、丹生都比売、エンジェルエンジェルエンジェル、裏庭、からくりからくさ、りかさん、春になったら苺を摘みに、家守綺譚、村田エフェンディ滞土録、ぐるりのこと

 → 梨木香歩作品のページ No.1


エストニア紀行、鳥と雲と薬草袋、冬虫夏草、海うそ、丹生都比売−梨木香歩作品集−、西の魔女が死んだ−梨木香歩作品集−、私たちの星で、椿宿の辺りに

 → 梨木香歩作品のページ No.3

 


      

11.

●「沼地のある森を抜けて」● 


沼地のある森を抜けて画像

2005年08月
新潮社刊

(1800円+税)

2008年12月
新潮文庫化



2005/09/20



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題名、そしてからくりからくさに連なるという帯の宣伝文句からして情趣ある不可思議な物語を予想していたのですが、それとはちょっと異なる展開。
結局、あまり納得感がないままに読み終わってしまい、梨木作品の割には物足りない思いが残りました。

主人公は、一人住まいの独身OL・上淵久美。やはり独身OLだった叔母の時子が亡くなった後、上の叔母である加世子に説得され、時子のマンションと共に先祖伝来のものというぬか床を引継ぎます。
放って置くとうめくというこのぬか床、そのぬか床から次第に不思議なことが起こります。
まずぬか床の中に卵ができたと思ったら、その卵が割れて影の薄い人間のようなものが出て来ます。最初は男の子、次いでカッサンドラと名乗る口達者な女。そうした奇妙な出来事は、実は子供の頃から自分の家で繰り返されていたらしいと久美は思い出します。
第1、2章のそんな不可思議な出来事をそのまま肯定してしまえば、それなりに面白そうな物語になっていたと思うのですが、ストーリィは久美の先祖が島から持ち出してきたというそのぬか床の謎を追う展開になっていきます。
結局は、性の営みによる種の継続以外に酵母の活性化による種の継続も行われていた、ということを描いたストーリィ。生命の継承という観点に立てば両者ともそう変わるところはないのだという、科学的な納得がストーリィの落とし所。
しかし、それではなぁ・・・。小説という観点からすると余り納得のいかない決着。
「かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話」という題の3章は、主ストーリィと関連があるようですが、別の異世界を描いた章。雰囲気的には楽しめるのですが、では何だったのかというとこちらもよく判らない。
作者の意図と読み手の期待感がすれ違ったような気がする作品なのです。

フリオのために/カッサンドラの瞳/かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話1/風の由来/時子叔母の日記/かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話2/ペリカンを探す人たち/安世文書/かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話3/沼地のある森

  

12.

●「水辺にて」● ★☆


水辺にて画像

2005年11月
筑摩書房刊

(1400円+税)

2010年10月
ちくま文庫化


2007/01/05


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川、湖にカヤック(極北等に住むイヌイットが工夫した小舟)を浮かべ、水面を滑るように漕いでいくと、そこには地面の上から見るのとは違った景色が見えてくる。
そんな雰囲気が基調にあるエッセイ本。

確かにその通りでしょう。水面近くにいると目線は低く、周囲は静かで木々や風や鳥の様子がよく見えるようになる。その辺りのことは、カヌーイストである野田知佑さんのエッセイにも書かれていること。
野田さんのエッセイはあくまでアウトドア派ですが、梨木さんが書き綴ると同じエッセイでも味わいはぐんとちがったものになります。
水辺近くに身を置くと、思い出すこともあればいろいろと連想が連なっていくこともある。その意味で本書は、瞑想的であり、人が殆ど登場しないこともあってとても静的です。
連想は日本にいる今と、英国の各地を巡った思い出とを軽々と繋ぎ、うっかりしていると何時、何処にいるときの話なのかと戸惑うこともしばしば。
そうした瞑想・連想の中から梨木さんのストーリィ世界が生まれることもあるのだろうと思えば、本書に納得感を覚えるのです。

風の境界1〜2/ウォーターランド1〜2/発信、受信。この藪を抜けて/常若の国1〜3/アザラシの娘1〜3/川の匂い 森の音1〜3/水辺の境界線/海からやってくるもの/「殺気」について/ゆっくりと/隠国の水1〜2/一羽で、ただただじっとしていること

  

13.

●「この庭に−黒いミンクの話−」●(絵:須藤由希子) 


この庭に画像

2006年12月
理論社刊

(1300円+税)

2007/01/09

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からくりからくさのラストでマーガレットが産んだ赤ん坊、ミケルを主人公にした物語とのこと。
小説というより、大人のための絵本と言う方が適切でしょう。
(最後の部分は「ネタバレ」になりますのでご注意!)

北の地の雪に囲まれた家の中に篭って日々を過ごしているミケルが主人公。
オイル・サーディンの缶詰を食べながら酒を飲み過ぎた所為か、体内からサーディンの群れが泳ぎ出す姿を夢想する。
次いで逃げ出したミンクの襟巻きを探しに来た少女、泳ぐサーディンを食べてしまう黒いミンクの姿。
妄想といって良いストーリィですけれど、そんな中に回復していく兆しが感じられ、ホッとするところがあります。

最後の数頁で、それらは皆ミケルが高熱を出して寝込んでいる間にみた夢だったと明かされます。
「からくりからくさ」の4人が、子供のミケルを加えてまだ同居を続けていると知ることができたのは、嬉しいこと。

 

14.

●「f植物園の巣穴」● ★☆


f植物園の巣穴画像

2009年05月
朝日新聞出版

(1400円+税)

2012年06月
朝日文庫化



2009/05/26



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主人公はf植物園に勤める技官。
放って置いた歯が再び痛み出し、堪らず近所の歯科医院に出かけると、院長の妻は前世に犬だったとかで、忙しくなると時々犬に戻ってしまうという。
そこから次第に主人公は、少しずつ異様な世界に入り込んでいきます。
隠り江の中に入り、さらに川の水の中に入り込んでいく。
子供の頃に実家に居たねえやの千代、亡き妻の千代の姿が入り混じり、ナマズ神主にも出会い、やがて知り合ったカエル小僧と連れ立って千代の姿を探す。
どこまで事実でどこから事実でないのかも定かでなく、話は飛び飛びし、何のストーリィを読んでいるのか判らなくなる。
それは当然なのです、何故ならそれらは巣穴の中に落ちて見た夢の中のことなのですから。

最初からそうだと言ってもらえればもう少し読みようがあったと思うものの、後にして判るからこその妙味、と言えばそうなのかもしれません。
それなのにネタバラシしてしまうことは、これから読む人の興を削ぐことなのかもしれませんが、それはそれとして。

よく判らないまま読み終わろうとしていたところ、最後の僅か5頁で、優しく吹き付けてきた風がそれまでの鬱陶しさをきれいに吹き払い、温かい景色を目の前に繰り広げて見せた、という風。
得体の知れない異世界があったからこその爽やかさであり、そのための異世界だったのかもしれません。
一度読み始めたからには途中で放り出したりせず、是非最後まで読み終えてください。印象はガラリと変わる筈。
こうした作品を生み出す梨木さん、曲者なのです。

  

15.

●「『秘密の花園』ノート」● ★★


秘密の花園ノート画像

2010年01月
岩波書店刊
(560円+税)


2010/10/16


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ズバリ、バーネットの名作秘密の花園にかかる、梨木香歩さんによる案内本、解説本です。
「岩波ブックレット」のNo.773。このシリーズ初めて手に取ったのですが、薄い小冊子で、まさしく教科書ガイド、といった風。

何も解説本を読まなくったって、「秘密の花園」の素晴らしさは十分味わえる、というのは事実でしょう。
でも、何故素晴らしいと感じたのか、どうして感動したのか。その理由、ストーリィに潜む作者の仕掛けが、梨木さんの解説を読むことによってつぶさに知ることができます。そして、そのことによってまた「秘密の花園」への愛情がさらに大きく膨らむ、ということなのです。

インドにいた頃のメアリと、ヨークシャに来てから変わり始めたメアリを象徴するものは何か。
姉マーサ、弟ディコン、2人の母親スーザンというサワビー一と庭師のベンは、それぞれメアリとどういう位置づけにあるか。
庭とメアリの類似性は何か、等々。

「秘密の花園」ファンに是非お薦めしたい一冊。僅か70頁というこの薄い一冊を読むだけで、さらに同作品を読む楽しさが広がる筈です。

  

16.

●「渡りの足跡」● ★★          読売文学賞(随筆・紀行賞)


渡りの足跡画像

2010年04月
新潮社刊
(1300円+税)

2013年03月
新潮文庫化



2010/05/29



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梨木さん自ら、鳥の渡りを追ったエッセイ。

単なるバード・ウォッチングの観察エッセイではありません。梨木さんの目は、鳥たちを人間と同じようにとらえています。
いや、もっと正確に言うならば、同じ生き物として鳥たちを眺めている、という風。
ですから、話は鳥の渡りだけに留まらず、太平洋戦争時に米国で強制収容所に収容されるといった苦渋を舐めた日系移民たちのことにも及びます。
海を渡り、別の土地を目指すという行為(渡り)は、鳥も人間も同じ。そして常に渡りには危険が伴う。
それでも敢えて渡りに挑むという冒険行為に、鳥と人間の区別なく、梨木さんは称賛を送っています。

梨木さんは鳥の渡りを追って、自らもカムチャッカ半島まで足を伸ばします。そして、知床で見たオオワシの姿を、この土地でも見い出すのです。思わず、梨木さんと一体になって興奮してしまう場面。
また、何故かコースを違えて走った
オオアシトガリネズミの姿、その運命を語った部分、宙にまっすぐ伸ばされた小枝のような後ろ足が、とても印象的。

鳥の渡り、鳥や小動物たちの人生ドラマに、違う場所に移り住んだ人々の勇気あるドラマを重ね合わせたエッセイ本。
家守綺譚とか、これまで不可思議な物語を幾つも奏でてきた梨木さんらしい一冊です。

風を測る/囀る/コースを違える/鳥が町の上空を通過してゆく/渡りの先の大地/案内するもの/もっと違う場所・帰りたい場所

 

17.

●「ピスタチオ pistachio ★★


ピスタチオ画像

2010年10月
筑摩書房刊
(1600円+税)

2014年11月
ちくま文庫化


2010/10/29


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本書の舞台はアフリカ、ウガンダ。

主人公はフリーライターの「」こと山本翠
愛犬マースを動物病院に連れて行った際、偶然ナイロビで知り合った男性の本を見出す。折も折、棚にウガンダ取材の話が舞い込んでくる。
現地に至った棚は、双子の妹を探すナカトという現地女性と知り合い、それから不思議な体験をすることになります。

まるで符丁が合うかのように、棚とアフリカの関わりが急速に中待っていく中、不思議な出会いが棚を待ち受けているという展開は 、梨木さんらしいストーリィ。
舞台がアフリカという点が珍しく感じられます。

アフリカの大地を舞台にした不思議な出会いと言っても、その背後には人と人、さらには人と生き物の関わりを深く感じます。まるで悠久の世界観を語っているようなストーリィ。
得も言われぬ生命の繋がりを感じるところが、本作品の妙味。

※なお、題名の「ピスタチオ」は、ナッツのピスタチオのこと。

         

18.

●「不思議な羅針盤 

不思議な羅針盤画像

2010年12月
文化出版局刊
(1500円+税)

2015年10月
新潮文庫化

2011/01/21

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2007〜09年雑誌「ミセス」に連載されたエッセイの単行本化。
友人たちと近況について語り合っているかのような気分になれるエッセイ、とのこと。

そう、身近な周辺事で、ふと気が付いたことについて語っているという感じです。

いかにも梨木さんらしいなと感じる点は、ほぼ共通して、梨木さんとその対象物との関わり具合、という視点があること。
相手は花だったり、植物だったり、猫だったり、犬だったりと。それを膨らませていくと、梨木さんの小説世界に通じていく、という気がします。

   

19.

●「僕は、そして僕たちはどう生きるか ★★


僕は、そして僕たちはどう生きるか画像

2011年04月
理論社刊
(1600円+税)



2011/05/08



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14歳のコペル君、染織家の叔父さん=ノボちゃんから、清浄なヨモギの生えているところを知らないかと聞かれ、思い出したのはユージンの家のこと。
元代々裕福な農家だったため、敷地は広大、まるで森のように自然がそのまま残っているという家。しかし、両親離婚後、ユージンは小学6年生の途中からバッタリ登校を止めてしまっているという状況。
コペルが久々にユージンの元を訪れ、さらに幼馴染であるその従姉
ショウコまでやって来ます。3人が揃ったところで、ふと昔みたいに葉っぱご飯を食べないなと希望が一致し、庭から3人で草々を集め早速ご飯作りにと作業が進みます。
そこにノボさんが現れ、さらに予想もしなかった人物まで登場、というストーリィ。
梨木さんらしい、自然の草木を主として扱った展開は、まるでファンタジー世界のようです。

でもそれはあくまで舞台設定にしか過ぎません。
そうした昼食、野外パーティのような舞台に4人+αも加わり、話が弾んでいく中で、「どう生きていくか」というテーマに触れられていきます。
ユージンは何故不登校になったのか、そこにどんな決意があったのか、そしてその是非は・・・・。

本書は、人が生きていく上での究極のテーマに触れた作品。
でも、こうしたテーマを扱った作品は決して珍しいものではありません。
そのなのに本書に魅せられるかのように惹かれる理由は、まるで人里離れて孤立した場所のような、かつ人と自然が共存しているようなユージン家の内で、年齢を超えた真摯な語らいがあるからでしょう。
梨木さんらしい魅力ある、少年少女の視点からみた“どう人は生きていくべきか”を問うた物語。最近のイジメ問題の根本にも繋がるストーリィだと思います。お薦め。

    

20.

●「雪と珊瑚と ★★★


雪と珊瑚と画像

2012年04月
角川書店刊
(1500円+税)

2015年06月
角川文庫化



2012/05/19



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最初の1頁を読んだだけで、主人公の珊瑚、そして珊瑚を主人公とする本ストーリィに強く惹かれました。その辺りは流石。

珊瑚は、母親が失踪し高校中退して以来一人で生きてきた女性。20歳で結婚したものの1年で離婚、今は赤ん坊のを抱え、仕事探しの前に託児所探しをしている身の21歳。
どこも無理と言われ途方に暮れる珊瑚がふと見つけたのは、「赤ちゃん、お預かりします」という貼り紙のある一軒家。
その家の主、
薮内くららという初老の女性と知り合ったことがきっかけとなり、珊瑚の前に新しい道が開けていきます。
パン屋でのバイト仲間、くららを通じて知り合った人々から様々に助けられながら、やがて惣菜販売&カフェの店をオープンするという、若いシングルマザーのビルドゥングロマン。

何より良いのは、珊瑚そして雪の、母娘の成長ストーリィとなっているところです。
雪に関しては、お座りができるようになったところから始まり、ハイハイ、つかまり立ち、初めての言葉と、赤ん坊の成長過程そのものなのですが、赤ん坊なりの主張をしていて、存在感たっぷり。
堀江敏幸「なずなに比肩する、物言わぬ主役です。
一方の珊瑚、これまで誰にも頼らずに生きてきたことから、人々の好意に頼っていいのだろうか、頼って大丈夫なのだろうか、人に頼る生き方をしたくないという思いに揺れながら、一歩一歩前に進んでいきます。人から学んだこと、知り得たことを着実にものにして自分を成長させていこうとする珊瑚の姿勢には、恵まれた若者像にはない真摯さが感じられて、見とれるばかりです。
そして珊瑚と雪、お互いだけが頼りというような母娘の強く繋がり合う姿は、見ていて感動ものです。
何故惣菜カフェなのか、その動機、そして野菜を中心に据えた各種惣菜の材料・料理方法部分も、料理好きの方には興味尽きないところだと思います。

都合が良過ぎる、現実はこんなにうまくいくなんてことはない、という常識論を振りかざすのは野暮というもの。本書の魅力は、あくまで珊瑚と雪という母娘の清冽なビルドゥングロマンにあるのですから。

     

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