梨木香歩
(なしきかほ)作品のページ No.3



21.エストニア紀行

22.鳥と雲と薬草袋

23.冬虫夏草

24.海うそ

25.丹生都比売−梨木香歩作品集−

26.西の魔女が死んだ−梨木香歩作品集−

27.私たちの星で(共著:師岡カリーマ・エルサムニー)

28.椿宿の辺りに 

29.歌わないキビタキ  


西の魔女が死んだ、丹生都比売、エンジェルエンジェルエンジェル、裏庭、からくりからくさ、りかさん、春になったら苺を摘みに、家守綺譚、村田エフェンディ滞土録、ぐるりのこと

 → 梨木香歩作品のページ No.1


沼地のある森を抜けて、水辺にて、この庭に、f植物園の巣穴、『秘密の花園』ノート、渡りの足跡、ピスタチオ、不思議な羅針盤、僕はそして僕たちはどう生きるか、雪と珊瑚と

 → 梨木香歩作品のページ No.2

 


          

21.

●「エストニア紀行 森の苔・庭の木漏れ日・海の葦 ★★☆


エストニア紀行

2012年09月
新潮社刊
(1400円+税)

2016年06月
新潮文庫化



2012/10/10



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バルト海東岸に南北に並ぶバルト三国のひとつ、エストニア共和国への紀行文。
エストニアの土地、森、そしてその地に生活する人々を訪ねての9日間の旅の記録です。同行するのは、仕事先の女性編集者、カメラマン、その他、その時々で通訳兼ガイドを務めるエストニア居住の日本人女性だったり、エストニア人の運転手、訪れた先でガイドを務めてくれるごく普通のエストニア人だったりします。

旅行者が一般的に見聞する風景の隙間を突いて、その奥にある日常の姿にしっかり触れている、という印象を受けます。その辺りが本書の貴重な処です。
森といっても極地に近い北欧の森ですから、そこから受ける雰囲気は冷涼です。東山魁夷画伯の北欧風景を描いた絵にもひんやりした雰囲気を感じたものですが、エストニアの森、自然にはそれを超えた冷涼さを感じます。
車で
首都タリンを離れれば、行く先で触れ合うのはその地で普通に生きる人々。その普通の家の食卓に招待されその料理を食するというのは、何と羨ましい経験哉と思います。
それ程厚くない一冊の中で色々なエピソードが語られますが、その中でユーモラスだったのは、
パルヌで泊まったホテルでのこと。梨木さんに割り当てられた部屋には物憂げな女の顔の絵が飾ってあり、怖くて中々寝ることが出来なかった、等々。後から振り返ってみれば、それもまた忘れ難い思い出となるのでしょう。

また、現地でカヌーに乗ったり、コウノトリの姿を探し求めたり(残念ながら梨木さんが訪れた直前に渡って行ってしまったらしい)。この辺りは、梨木さんの既刊エッセイ水辺にて」「渡りの足跡から連なるものを感じます。

繰り返し他国の支配下に置かれた歴史の中で脈々と生きてきたエストニアの人たちと冷涼な空気に触れることのできる本書は、他の紀行とは一線を画した存在感があります。お薦め。

※梨木さんが引用している絵本は、ヴィークランド「ながいながい旅」。

                

22.

「鳥と雲と薬草袋」 ★☆
 (文庫化時、「鳥と雲と薬草袋」と「風と双眼鏡、膝掛け毛布」の 2冊を合本)


鳥と雲と薬草袋画像

2013年03月
新潮社
(1300円+税)

2021年10月
新潮文庫



2013/04/22



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鳥や雲のように旅するが如く、日本各地の地名の由来を追ったエッセイ、名付けて“葉篇集”とか。

西日本新聞に2011〜12年連載したコラムエッセイ。テーマをと言われて、窓から見え、梨木さん自身大好きな鳥と雲(気象)の話に決めたのだという。
それに付け加えられた
「薬草袋」、梨木さんがいつも鞄に入れておくごちゃごちゃ袋のことだそうで、その中には常備薬、アドリア海の小さな島のおばあちゃんから貰ったハーブの束、旅の最中のメモも一緒に入っているのだとか。
薬草という名前を入れれば誰かに薬効を発揮しないとも限らない、そんな思いからの命名だそうです。

「まなざしからついた地名」、「文字に寄り掛からない地名」、「消えた地名」、それらに該当する地名はどれも奥ゆかしい。日本という国土の奥深さを感じさせてくれるようです。
それに対し、それらの後に登場する
「新しく生まれた地名」の何と無機質で面白みのない名前であることか。

並べてみると私が好きなのは「峠についた名まえ」より「岬についた名まえ」。若い頃の一人旅も峠より岬を訪ねることが多かったように思います。リストアップされている5つの岬名の内4つは訪ねたことがありますし。
楽しさを感じたのは
「晴々とする「バル」」。音を聴くだけでも楽しいと思いませんか。由来のある名前だというのですからそれがまた楽しい。

地名を訪ねて各地を旅した気分になる一冊。

タイトルのこと/まなざしからついた地名/文字に寄り掛からない地名/消えた地名/正月らしい地名/新しく生まれた地名/温かな地名/峠についた名まえ/岬についた名まえ/晴々とする「バル」/いくつもの峠を越えて行く/島のもつ名まえ/あとがき

      

23.
「冬虫夏草(とうちゅうかそう) ★★


冬虫夏草画像

2013年10月
新潮社刊
(1500円+税)

2017年06月
新潮文庫化



2013/11/24



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主人公と自然との不思議な邂逅く家守綺譚の続編。
亡き友人の実家の家守となった駆け出し文士の
綿貫征四郎、愛犬ゴローの姿がずっと見えず気にしていたところに聞いた、ゴローらしき犬の目撃情報。
きっと何かの事情で帰れなくなっているのだろう。ゴローを探し出して連れ帰ろうと、綿貫は鈴鹿山中に分け入ります。

前作「家守綺譚」が家を中心とした物語だったのに対し、本書は家から出て山中に分け入る物語ですから、ストーリィの広がりが楽しめます。山中や集落の宿に泊まったり、河童の少年に出会ったり、イワナ夫婦が営む宿屋の話を聞いたりと、まさに道中記。
それでいて、この摩訶不思議で温かいファンタジーな雰囲気は、綿貫が暮す家の世界から延長していて、ずっと繋がっているようです。
その道中において亡き友人の
高堂や、学者である友人=南川との遭遇もあり。

本書においては冒頭と最後の僅かしか出番はありませんが、その人望は綿貫をはるかに凌駕している、という犬=ゴローの存在感があってこそ本書は楽しい。目的と終着がきちんと用意されているのですから。
また本書には、夏・冬と姿を自在に変えながらも生き続けているものたちへの愛情および慈しみが感じられて快いのです。

クスノキ/オオアマナ/露草/サナギタケ/サギゴケ/梔子(くちなし)/ヤマユリ/茶の木/柿/ショウジョウバカマ/彼岸花/節黒仙翁(ふしぐろせんのう)/紫草(ムラサキ)/椿/河原撫子/蒟蒻/サカキ/リュウノウギク/キキョウ/マツムシソウ/アケビ/茄子/アケボノソウ/杉/タブノキ/ヒヨドリジョウゴ/樒(しきみ)/寒菊/ムラサキシキブ/ツタウルシ/枇杷/セリ/百日草/スカンポ/カツラ/ハウチワカエデ/ハマゴウ/オミナエシ/茅

        

24.
「海うそ ★★☆


海うそ画像

2014年04月
岩波書店刊
(1500円+税)



2014/05/06



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昭和初期、南九州の離島=遅島を、恩師の研究を補完しようと人文地理学の研究者である秋野が訪れます。
島に滞在して調査しようとする秋野の前に、島はいろいろなと多様な姿を見せます。
島の中央部である山中は、修験者たちが修行した場所。
カモシカが静かに佇んでいたり、平家武者の落人伝説があったりする上に、本土とはまるで異なった神秘的な姿を遅島は秋野の前に見せます。住民の暮らしぶりも独自のルールに基づいているようで、秋野には興味深いばかり。
遅島で言われる
「海うそ」とは、カワウソに対するニホンアシカのことと思いきや、どうも島から見える蜃気楼のことだったらしい。
しかし、ふとした偶然から50年後に再び遅島を訪れた秋野の眼には、全く姿を変えてしまった、変えられてしまった島の姿が映ります。

神秘的とさえ言って良い遅島の様子は、神々しいばかりに感じられます。それなのに、50年後の遅島はどこにでもあるような小島に過ぎない姿。
そうした変化を批判すべきものなのかどうか。島民にとって便利になった面もある故に部外者がどうこういえませんが、だからこそ過去のものとなった遅島の姿が、記憶の中で愛おしいものとして甦るような気持ちになります。
いろいろな土地を描いた梨木作品の中でも、特に印象的な一冊。

        

25.
「丹生都比売(におつひめ)−梨木香歩作品集− ★★


丹生都比売画像

2014年09月
新潮社刊
(1500円+税)



2014/10/21



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中編小説「丹生都比売」を中心にして、掌篇・短篇8作品を加えた作品集。
1994〜2011年の作品を収録した、初めての作品集とのことです。
なお、丹生都比売については、私としては再読。

元々梨木作品に惹かれて読み始めたのはファンタジーな作品からでしたが、その一方で紀行作品からは静謐な雰囲気を感じることが多く、梨木作品はそうした2面がある、というのが私の印象です。
本書に収録されている掌篇作品に共通するのは、取り残されてしまったような寂寥感、それも清涼な印象です。
ストーリィとも言えないほど短い篇であるだけに、その印象が際立ちます。梨木さんの原点がそこに現れていると感じる次第。

それは「丹生都比売」の主人公、後の天武天皇と持統天皇の子である草壁皇子についても共通します。
歴史に題材をとった作品ですが、実際に持統天皇がどういう行動をとったのかは別として、そもそも父母とは道を同じくしない諦念が静謐に感じられること、またひとり草壁皇子だけが丹生都比売と通じ合った様子が描かれ、忘れ難い作品です。

「夏の朝」も、親には見えない友人を持つという点では「丹生都比売」と共通しますが、6歳の夏ちゃんを主人公にしたファンタジー風の作品。
しかし、自分しか知らない友人を持つというのは、もしかすると孤独、寂しさの裏返しなのでしょうか。

月と潮騒/トウネンの耳/カコの話/本棚にならぶ/旅行鞄のなかから/コート/夏の朝/丹生都比売/ハクガン異聞

           

26.

「西の魔女が死んだ−梨木香歩作品集− ★★☆


西の魔女が死んだ

2017年04月
新潮社刊

(1500円+税)



2017/05/18



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名品西の魔女が死んだの、「梨木香歩作品集」と銘打っての再刊。
私としては16年ぶりの再読です。
中学生である孫のまいが、英国人のおばあちゃんの元でしばらく暮らした、短いけれど中身の濃い日々を描いたストーリィ。
やっぱり良いですねー、この作品は。主人公のまいも、まいのことをしっかり見つめているおばあちゃんも、2人の共同生活ぶりも、大好きです。

本書は、上記表題作の他、それに連なる3篇を収録。
「ブラッキーの話」:祖父母が飼っていた犬=ブラッキーの思い出を、母親とまいが語るストーリィ。
最後の一幕が、「西の魔女」に連なる一篇として相応しく、好きです。
「冬の午後」:小6の冬休み、まいがおばあちゃんの元で暮らした時のことを描いたストーリィ。
まいとおばあちゃんの関係、「西の魔女」の原点がここにある、という印象です。
「かまどに小枝を」:まいがおばあちゃんの元を去った後の静かな日々を描いた、書下ろし篇。読了後の余韻が何とも快い。

「西の魔女が死んだ」と合わせ、上記3篇を読めたのは、とても嬉しいことです。


西の魔女が死んだ/ブラッキーの話/冬の午後/かまどに小枝を

              

27.

「私たちの星で」(共著:師岡カリーマ・エルサムニー) ★★☆


私たちの星で

2017年09月
岩波書店刊

(1400円+税)



2017/10/15



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約1年半、10回にわたる梨木さんと師岡さんとの間で交わされる往復書簡集。

内容は、日本人であると同時に世界に広がる水脈があるのではないかと考える梨木さんが、イスラムのことを学びたいと、ムスリムである師岡さんにイスラムや異文化について問い掛ける、それらにムスリムの目から見える景色を師岡さんが答える、というもの。

外国への旅経験の多い梨木さん、世界中を飛び回っている観のある師岡さんというお二人の往復書簡においては、世界のあちこちでのエピソードが語られ、今や世界は広く繋がっているのだなと感じさせられます。
ただし、それ以上に感じさせられることは、世界は広く多様な文化、多様な考え方があるということ。
そんな世界で人々が共存していく道は、多様な文化があることを認め、異文化を排斥するのではなく、異文化を理解し寛容することにあるのだと、心から感じさせられます。

航空機トラブルでロンドンに一泊せざるを得なくなった梨木さんが出会ったムスリムの運転手、アジア人女性のホテル受付が明るく感じが良かったのに対し、ホテルのコンシュルジュだという英国人中年男性の不機嫌そうな表情は、象徴的なものとして印象に残るエピソードでした。
ただ、相手の国に入り込む側と、それを受け入れる側では、寛容の程度に違いが生じるのもある程度はやむを得ないことではないか、とも感じます。

師岡さんがNYで民泊した先のゲイ男性が、偏見を持たれない側同士としてムスリムである師岡さんに示した親近感、ユダヤ人女性がムスリムである師岡さんに共感を求めてきた出来事もまた、含蓄のあるエピソードです。

また、信仰について語る中で、信仰というものの中に“意地”が入り込むこともあるのではないかというやり取りには、目を引かれました。

知的好奇心を引きずり出すような往復書簡。お薦めです!


【師岡カリーマ・エルサムニー】
1970年生、文筆家。東京で日本人の母とエジプト人の父との間に生まれる。小学生の頃父親の祖国であるエジプトに移り同地で成長。カイロ大学政治経済学部卒業後、ロンドン大学で音楽士を取得、その後日本に。現在執筆活動の傍ら、NHKラジオ日本でアラビア語放送アナウンサーを務め、獨協大学・慶應義塾大学でアラビア語の非常勤講師。

               

28.
「椿宿の辺りに(つばきしゅく) ★★


椿宿の辺りに

2019年05月
朝日新聞出版

(1500円+税)

2022年07月
朝日文庫



2019/06/04



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f植物園の巣穴の姉妹編ストーリィ。
同作で主人公だったのが
佐田豊彦、本作の主人公である佐田山幸彦(通称:山彦)からすると、豊彦は母親の大伯父である、という繋がり。

皮膚科学研究所の研究員である佐田山幸彦は三十肩で苦しんでいたところ、やはり身体に痛みを抱えている従妹の
海幸比子(通称:海子)から、鍼灸師の<仮縫治療院>を勧められます。
さっそく出向いたところ、院長の妹である
亀子(かめし)から、死期間近の祖母=早百合の願いを叶える為、佐田家の出身地である「椿宿」へ行き、お稲荷さんに油揚げを供えることになります。

日本神話の山彦・海彦のもじり、もう一人
鮫島宙(そら)山彦の登場、霊感があるらしい亀シと一緒に「椿宿(旧場所名)」へ向かうと、その途中で宙彦の母親=竜子と妻の泰子に出会う。
そしてそれから、山彦と竜子、亀シの3人で椿宿に残る佐田家の古家屋へと向かう、というストーリィ。

主人公である山彦が、海子や亀シ、鮫島母嫁らに翻弄され続けながら進んでいく様子が、その背景に漂う不思議感と相まって、肌触り良くユーモラス。
どういうストーリィなのか、どういう意味があるのか、その点ははっきりつかめないながらも、なんとなくコミカルで楽しさがじわりじわりとこみ上げてくる感あり。そこが本作品の魅力。


冬の雨/従妹・海子、痛みを語る/祖母・早百合の来客/椿宿への道/竜宮/竜子の述懐/椿宿への道・二/宙幸彦の物語/椿宿/潜んでいるもの/先祖の家/画期的な偉業/兄たちと弟たち/塞がれた川/宙幸彦の手紙/宙幸彦への手紙

                  

29.
「歌わないキビタキ−山庭の自然誌− ★★


歌わないキビタキ

2023年09月
毎日新聞出版

(1800円+税)



2023/10/18



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梨木さんのエッセイを読むのは、何と20年ぶり。
本書、21年刊行
「炉辺の風おと」に続く、毎日新聞<日曜くらぶ>掲載分、<サンデー毎日>連載エッセイ「新・炉辺の風おと」2020年06月〜23年03分までを掲載したものとのこと。

ひさしぶりに梨木さんのエッセイを読んでみると、梨木さんが自然の植物や鳥などの向き合う姿に、人間と同じ生き物と対峙しているんだというスタンスが感じられて、何やらホッとさせられます。気持ちが和らぐ、と言って良いかもしれません。

八ヶ岳にある山小屋だけでなく、東京の自宅でも触れ合いはあるようです。
マンション住まいですと庭もありませんから、まず考えられないことなのですが、梨木さんが見ている世界が自分とはちょっと違うのかな、とすら感じます。

なお、そうした中でも、社会の出来事と無縁ではありません。
コロナ流行への用心もありますし、ロシアのウクライナへの軍事侵攻についても無関心ではいられません。
そして、安倍首相の狙撃事件。安倍首相に関する梨木さんの一言は、私も共感する処で、ちょっと注目。

いずれにせよ、梨木さんが目にする、鳥や動物たちの姿に、こうした自然との触れ合いが本来あって当然だったのだよね、と感じさせられました。


第一章 2020年6月−9月
個性は消えない/バランスを視ること/うつくしい保険
第二章 2021年4月−8月
鉄人の日々/群れにいると見えないこと/半返し縫いの日々/アマチュアの心
第三章 2021年9月−12月
長い間、気づかずにいたこと/自然界では一つとして同じ存在はないということ/森の道 人の道
第四章 2022年1月−4月
晩秋と初冬の間/敗者の明日/準備はできつつある/雪が融け 水が温み
第五章 2022年5月−9月
失ったものと得たもの/滴るように伝わる/目的は、「変化」そのもの、なのか
第六章 2022年10月−2023年3月
歌わないキビタキ/秋はかなしき/あるべきようは

      

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