中山可穂作品のページ No.2



11.弱法師

12.ケッヘル

13.サイゴン・タンゴ・カフェ

14.悲歌(エレジー)

15.小説を書く猫

16.愛の国

17.男役

18.娘役

19.ゼロ・アワー

20.銀橋


【作家歴】、猫背の王子、天使の骨、熱帯感傷紀行、サグラダ・ファミリア、感情教育、深爪、白い薔薇の淵まで、花伽藍、マラケシュ心中、ジゴロ 

中山可穂作品のページ No.1


ダンシング玉入れ

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11.

●「弱法師(よろぼし)」● ★★☆


弱法師画像

2004年03月
文芸春秋
(1524円+税)

2007年02月
文春文庫

2022年04月
河出文庫



2004/04/29



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かなわぬ恋を描いた中篇3作を収録、中山可穂版“現代能楽集”というべき一冊です。
濃密なビアンの恋愛を中心に描いてきたこれまでの中山作品からすると、打って変わった、一気に抜け出した、という印象を第一に受けます。そしてそこには、とまどいより、むしろすっきりした快さを感じます。中山さんが本書により新境地を開いて見せてくれたことは、ファンとして嬉しいこと。

「弱法師」は、光線によって輝きを変えるように、見方により様々な色合いをみせる一篇。不治の病をもつ義理の息子と義父との間の濃密な、そして危うい心情を描くかと思えば、少年は一気に昇華して別の次元に至ってしまうかのよう。少年と義父を描くストーリィなのか、それとも純粋な愛に殉じようとした少年の姿を描くストーリィなのか。主客が途中で転換するようで一概に決め付けることはできませんが、最後の消失感が鮮明。
「卒塔婆小町」は、墓地に住むホームレスの老婆が語り明かすという形式をとった、女性編集者と若い作家との息詰まるような関係を描くストーリィ。「弱法師」とは一変して判り易いストーリィともいえますが、その分ぐいぐい引きずり込まれます。この辺りは中山さんらしいところで、さすが。
そして「浮舟」は、薫子という、世界中を旅し“女寅”さんの異名をとる主人公の伯母を中心に据えた一篇。ミステリアスな雰囲気のうちに中山さん得意の展開に読者を引き込む一方、これまでにはない究極の愛の姿をみせつけるといった風で、言い尽くせない読み応えがあります。

かなわぬ恋を描く3篇といっても三者三様ですが、かなえられない恋の切なさが各篇にて迸っているように感じられます。そのうえ、順を追って読み進むにつれ、圧倒感は膨れ上がる一方。それこそが中山さんの真骨頂というべき処でしょう。
なお、中山可穂さんの新境地を示す一冊ですが、その中に懐かしさを感じたことも事実。「弱法師」には三島由紀夫「盗賊」を、「卒塔婆小町」には同「沈める滝」を、というように。三島にも「日本近代能楽集」という一連の作品があり、どこか通じるところがあるようです。

弱法師/卒塔婆小町/浮舟

   

12.

●「ケッヘル」● ★★★


ケッヘル画像

2006年06月
文藝春秋刊
上下
(各1762円+税)

2009年05月
文春文庫化



2006/07/20



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これまで中山可穂さんの作品は一通り読んできましたが、本書については迷っていました。
クラシックの作品番号を指す「ケッヘル」という言葉が私にとって縁遠いものであったことに加え、どんな作品なのか題名から少しも汲み取れなかったからです。図書館にたまたま入庫していたので借り出しましたが、読んで大正解。

夫が秘書として勤める政治家の妻と熱烈なビアン関係に陥って駆け落ち、その末に日本にいられなくなりヨーロッパを3年間放浪した木村伽椰が主人公。カレーの海辺で一人指揮棒を振っていた遠松鍵人と伽椰が知り合うところからストーリィは始まります。遠松から日本での住居と仕事の世話をうけた彼女は、遠松の経営する風変わりな旅行社=アマデウス旅行社で添乗員の仕事をすることとなります。
それから、遠松鍵人の極めて特殊な生い立ちを描く過去のストーリィと、伽椰をめぐる現在のストーリィが代わる代わる描かれていきます。
2つのストーリィはどこで結びつくのか。それは皆目明らかにされませんけれど、そのどちらも単独のストーリィとして奥深く惹き付けられて止まない、ミステリアスでサスペンスチックな量感を備えています。
伽椰が添乗員としてウィーン、プラハに同行した個人旅行の顧客は相次いで不審な死を遂げる。一体彼らはどんな過去、秘密を抱えていたのか。そして伽椰の前に現れる謎の日本人女性ピアニスト。
一方、モーツァルトを愛する余りに転落の道を歩んだ指揮者とピアニストである未婚の母との間に生まれた鍵人は、母親からピアニストとしての英才教育を受け、母親の死後は突然に現れた父親にさらわれるようにして放浪生活の中で特異な音楽教育を受けていく。その鍵人の人生はいったいどこへ行き着くというのか。

上巻を読み終えた時点でなんとなく2つのストーリィの行き着くところが推測できるようになるのですが、それからの後半はまさに怒涛の渦に飲み込まれるかのよう。のめり込むようにして一気に読み上げました。
安易な推測からは予想もつかない展開、主ストーリィを軸に幾つもの愛憎ドラマを併せ呑んで織り上げていくような奥行きある展開。すこぶる読み応えがあります。
伽椰はお決まりの如くビアンですけれどそれは主要素にならず、本作品は人間の根源に迫るような大きなストーリイとなっています。また登場人物も多く、各々がそれなりの魅力を備えているところもこれまでの中山作品に比較して格別な点。ですから、本作品は中山さんの代表作になると言って間違いないでしょう。
2人の主人公、伽椰と鍵人は耐え難い状況に追い込まれた人物ですが、それでいて本書には不思議と陰鬱さは薄く、むしろ改めて希望を見い出すような明るさがあります。それはモーツァルトの実生涯と彼の楽曲の関係と似たものかもしれません。

なお、モーツアルトの楽曲が常にストーリィと共に在りますが、私の如きクラシックの門外漢であっても本書を読むのに全く差し障りはありません。まずは物は試し。読んでみることをお薦めします。きっとすぐ惹き込まれることでしょう。

  

13.

●「サイゴン・タンゴ・カフェ」● ★★☆


サイゴン・タンゴ・カフェ画像

2008年02月
角川書店刊
(1700円+税)

2010年01月
角川文庫化



2008/03/27



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アルゼンチン・タンゴをモチーフに、様々に心揺れる女性たちの姿を描いた短篇集。
前半3篇はアルゼンチンが、後半2篇はベトナムが舞台。

冒頭2篇は、男性からの仕打ちに苦しんだ女性の姿を描いたもので、ストーリィとしては腑に落ちないところがあるものの、若い美夏、中年の典子という主人公2人の姿がとても鮮烈、心に迫ってきます。
「ドブレAの悲しみ」は猫を主人公とした点で異色ですが、最後に強烈なひねりが効いていることと、自虐的なユーモアに思わず笑ってしまいます。
それにしてもまぁ、主人公の猫が最後に落ちた恐ろしい運命というのがアレとは・・・・。
「バンドネオンを弾く女」は、軽やかでユーモアのある作品。ただし、その中にも女性の哀しさと強さが垣間見られるところが見逃せない特徴です。

中山可穂さんというとビアン小説という思いがあるのですが、本書はとくにビアンを描いたものでなく、またビアンに囚われていない分、自由で伸び伸びした雰囲気を感じます。
そうして5篇のうち4篇までは、これまでの中山作品にはない軽やかさが感じられて楽しく読み進んだのですが、さすがに中山さんはそのままでは終りにしません。
最後の「サイゴン・タンゴ・カフェ」はそれまでの4篇とはがらりと異なり、底知れぬ深さを感じさせるストーリィです。
ハノイの街の片隅にあるカフェ。一見年齢・国籍とも不詳と思われたその女主人は、20年前消息を絶った作家=津田穂波だった。
その穂波がついに語り明かした女性編集者との熱愛、そして失踪の経緯。
謎めいた雰囲気から始まり、スリリングさを常に湛えて、女性同士の間に結ばれた深い愛情と強い信頼、そして解きほぐせぬ関係故の哀しみを描いた1篇。ビアン特有の底知れない情愛を描きながら、従来作品のような狂おしい性愛ではなく、昇華する清冽な恋愛を感じさせられます。そこが何とも言えぬ魅力。まさに名品と言うべき味わいです。

軽やかな4篇+圧巻の1篇という構成。いやはや、堪えられない読み応えある、珠玉の短篇集です。

現実との三分間/フーガと神秘/ドブレAの悲しみ/バンドネオンを弾く女/サイゴン・タンゴ・カフェ

  

14.

●「悲 歌(エレジー)」● ★★


悲歌画像

2008年09月
角川書店刊
(1500円+税)

2013年01月
角川文庫化



2009/10/02



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能楽三題を元にした、叶えられることのない、それでも尽きることない想いを描いた恋愛ストーリィ3篇。

隅田川へ飛び込み心中を図った女子高生2人。それをきっかけに写真家の道に戻った主人公は、死んだ娘への想いを今なお引きずりホームレスとなった父親に出会う、という「隅田川」
辺鄙な海辺に立つリゾートマンションで事故死した作家、その部屋に泊まり込んだフリーライターの主人公は、作家が秘めていた狂おしい恋の顛末を知る、という「定家」
想いは強かれど、報われることなく現世ではすれ違ったままに終わったという観ある恋心。
中山さんがこれまで多く描いてきた熱愛とは違いますが、抑制された雰囲気がそれはそれで味わいある2篇。

と思っていたら上記2篇は前菜あるいはアントレに過ぎませんでした。3篇目の「蝉丸」こそメインディッシュ。
師と仰ぎ敬慕していた音楽家がその妻と共に自殺。残された逆髪(ガミ)蝉丸という異母姉弟の2人を博雅は支え続ける。やがて逆髪が作詞作曲、博雅がアレンジして蝉丸がカウンターテナーで歌うという蝉丸バンドが人気を博しますが、不意に3人の関係は破綻するというストーリィ。
叶えられない想い、だからこそ口に出せない恋、それでも生涯に一度と言うべき尽きない想い、それ故に哀しみを帯びた想い。
理屈を越え、常識に反し、大事な人間に悲しみを与えると判っていてもどうしようもない想い。
熱情に駆られて走り出すのではなく、むしろ熱情は抑えられ、危ういバランスの上で様々な想いが縺れ合い、凌ぎを削っているという関係。
最後の展開には複雑な思いを抱かざる得ませんが、狂おしく、尽きることない想いとは、そうなる他ないと観念するしかないのかもしれません。まさに圧巻。

隅田川/定家/蝉丸

    

15.

●「小説を書く猫」● ★★


小説を書く猫画像

2011年03月
祥伝社刊
(1400円+税)



2011/04/05



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中山可穂さん、初のエッセイ集。
「待望の・・・」かというと、率直に言ってそうではない。
というのは、エッセイ集が出るなんて、全く予想していなかったからです。そもそも、出るならもっと早く出て不思議なかった筈でしょう。
マイノリティ故に、自分のことは語りたがらない作家かなと思っていたのですが、実は中山さん、そうではなかったようです。
そんなところでの初エッセイ集。とくに期待もせず読み始めたのですが、やはり「待望の」と言うべきエッセイ集であったと、心から反省した次第。
冒頭エッセイ
「この世界には好きになってはいけないひとが多すぎる」から、何故ビアン小説が書かれたのか、中山可穂さん自身においてはどうだったのか、実体験があるのかどうか、それが全て語られているからです。
もっとも、私が各エッセイを読んでいなかっただけのことであって、エッセイそれ自体は既に書かれていたもの。それが15年間かかって、ようやく一冊にまとめられた、というだけのこと。

本書収録エッセイの大部分は、作品執筆前後のエピソード書き連ねたもの。
猫背の王子」、「感情教育」、「白き薔薇の淵にて」、「マラケシュ心中」、「ジゴロ」、「弱法師」、「ケッヘル」、「サイゴン・タンゴ・カフェと、ファンにとってはとても嬉しい、読んで楽しいものばかりです。
とくに
「感情教育」、中山さんが実体験した熱愛を基にした小説とあり、さもありなんと、改めて納得します。

中山可穂さんの様々なエピソードが目一杯詰まったエッセイ集。ファンにとっては必読の一冊です。お薦め。

恋する猫/小説を書く猫/旅する猫/遊ぶ猫/猫の近況

     

16.

「愛の国」 ★★


愛の国画像

2014年02月
角川書店刊
(2100円+税)

2016年01月
角川文庫化



2014/03/28



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猫背の王子」「天使の骨に続く“王子ミチル”三部作の完結編、長大な物語です。
前作から19年ぶり、三部作の予定とは知らなかったので、えっと驚きが先に立ちました。とはいえ、三部作である以上、読まずにはいられません。

冒頭、尼寺の満開の桜の下の墓地でまるで絵のように倒れていた女性が助けられます。一命を取り留めたものの、彼女は記憶を失っていた。
舞台となる日本国は、
愛国党なる右翼政党が政権を握り、まるで疑似ナチス、ファシスト政権といった攻撃的姿勢を露わにし、社会的弱者、とくに同性愛者を目の仇にして血祭りに上げていた、という仮想設定。
第一章「京都カワセミ同盟」は、正体が明らかになったミチルと反愛国党側の人々との出会いを描いた篇。
そして
第二章「タンゴレッスン」は、ミチルを極限状況に置き、生と死のどちらを選ぶかを試すような篇。
そして
第三章「カミーノ(巡礼)」は、ヨーロッパの巡礼道を辿るミチルを描く篇。

全体を通じ一言で言い表すならば、王子ミチルの贖罪と回想の物語。さらに踏み込んで言えば、王子ミチル三部作にとどまらず、これまでの中山可穂作品の総決算となる物語、と言って誤りではないと思います。
3章に分かれていますが、まるで3つの物語が別々に蠢いているような印象を受けます。
第1章、第2章は始まりと途中の階段、そして頂上となる第3章において命を削った恋の激しさ、生涯をかけた恋の崇高さが描かれ、恋こそ生きることの証あるいはエネルギーといった中山可穂作品の真骨頂が本作品に全て注ぎ込まれている、と感じます。
中山可穂ファンであれば、是非、本作品を読み逃しすることありませんように。

1.京都カワセミ同盟/2.タンゴレッスン/3.カミーノ

      

17.

「男 役」 ★★


男役

2015年02月
角川書店刊
(1600円+税)

2018年03月
角川文庫化



2015/03/13



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中山可穂版“オペラ座の怪人”、舞台は宝塚大劇場です。

宝塚研究科3年の永遠ひかるは、上級生をごぼう抜きして新人公演の主役に抜擢されたことに驚愕します。歓喜どころか恐ろしい、というのが正直な思い。
まして、その演目が時を同じくして引退する月組のトップスターで絶大な人気を誇る
如月すみれが闘牛士を演じる「セビリアの赤い月」と同一演目となれば。
緊張する余り大きな失敗を犯す処だったひかるを度々救ってくれたのは、宝塚大劇場に存在するという伝説の怪人、劇団員が親しみをもって呼ぶところの
“ファントムさん”に他ならなかった。さてその正体はというと、50年前に上演中の事故で急死したトップスター・扇乙矢らしい。
ストーリィは、主役という重責に押し潰されそうになりながら必死にトップスターへの階段を登ろうとするひかると、彼女を温かく見守るファントムさんとすみれの3者にスポットを当てた形で進んでいきます。

元伝説のトップスターと、引退直前の現役トップスター、そして将来のトップスターを目指す新人という組み合せは魅力に溢れるものですが、主眼は怪人の存在ではなく、宝塚のトップスターである“男役”にこそあります。
皆の憧れであり、トップスターとしての重責と陶酔を味わいながら、男役からの引退という宿命から逃れることはできない。宝塚の男役トップスターであるからこそのドラマには、興奮尽きない読み応えがあります。
それにしても、
恩田陸「チョコレートコスモスといい、本書といい、舞台、演劇を題材にした作品となるとどうしてこんなにもワクワクしてしまうのでしょう。本作品でも読み始めの冒頭からすぐ、ワクワクしてくる気分を抑えきれませんでした。

※本ストーリィだけでも十分楽しめますが、「オペラ座の怪人」ガストン・ルルー原作、映画なら1925年版2004年版。そして闘牛についてよく知っているとさらに楽しめると思います。
なお、闘牛に関する文学名作なら、ヘミングウェイ
「午後の死」「危険な夏」を超えるものはまずありません。

        

18.
「娘 役 ★★


娘役

2016年04月
角川書店刊

(1600円+税)

2018年07月
角川文庫化



2016/05/27



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宝塚男役に続いては、もう必然的と言う他ない「女役」

主人公の一人は冒頭、宝塚劇場にて初舞台生として登場した
野火ほたる
本書では、そのほたるが宝塚の中で娘役として成長していく姿が描かれます。決して順調ではなく、途中挫折も味わい、路線から外れて別格扱いとなりながらも、ついに男役トップの相手方である娘一として舞台に上がる迄。
しかし、いくら様々な変遷がある宝塚の内幕ドラマを描くといっても娘役一人では弱々しい。
そこでそれに組み合わされたのが、もう一人の主人公、宝塚の世界とは全くかけ離れたヤクザの世界に身を置く
片桐蛍一

片桐蛍一、身の内に潜む凶暴な毒虫を抑えられずついにヤクザの組員に。仕える若頭からヒットマンを命じられ、
大鰐組の組長を付け狙うのですが、何とその組長ワニケンが宝塚ファンであったとは。やむなく後を追いかけて宝塚劇場へ。
ところがそこで、初舞台生がラインダンスを演じている時に、一人からすっぽ抜けた靴が片桐の顔面に向かって飛んでくるというハプニング。凛とした風情を漂わせるその靴を手にした時から、片桐の人生に変化が生まれます。

2人の間に恋愛のような関係が生じる訳でも、お互いの人生が深く交差する訳でもありませんが、地道に娘役として成長していくほたるの姿と、余りに対照的な片桐蛍一の姿。
2人の姿が並行して進んでいくだけで、それぞれの姿が鮮やかに浮かび上がってくるように感じられます。
最後は思いも寄らない結末となりましたが、その情景もまた鮮やかで、陶然とさせられる思いです。

                 

19.

「ゼロ・アワー zero hour ★★


ゼロ・アワー

2017年02月
朝日新聞出版

(1800円+税)

2019年12月
徳間文庫



2017/03/04



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今回は殺し屋を主人公にしたストーリィと聞いて、少々困惑する思いあり。
中山可穂さんと言えば当初はビアン、その後も宿命的で狂おしい恋情を描いた作品が多いというイメージですから、誉田哲也作品のような殺し屋、殺しのストーリィとなれば意外な感じを覚えるのも当然でしょう。
しかし、後半、ストーリィの舞台をアルゼンチンのブエノスアイレスに移し、主人公2人がそれぞれ胸に抱えた狂気を発散させるかのように狂おしくタンゴを踊る場面を見ると、
サイゴン・タンゴ・カフェに連なる、あぁやはりこれは中山可穂作品に他ならない、と感じた次第です。

殺し屋<
ハムレット>が依頼を受けて新垣一家を皆殺しにする。ところが、たまたま10歳の娘=広海は合宿で家を留守にしていたため難を逃れます。
その広海は、ただ一人の身内であり、アルゼンチンでクリーニング屋をしている祖父=
新垣龍三に引き取られ、ブエノスアイレスに引っ越します。
そして数年後、広海は祖父の口から、祖父が昔殺し屋だったこと、息子一家の殺害は自分に対する復讐であることを告げられ、自らハムレットに復讐することを誓います。
祖父の死後、広海は殺し屋組織に身を投じ、殺し屋<
ロミオ>としてハムレットに近づくチャンスを窺うことになります。

ストーリィの大筋を語ってしまいましたが、それは本作品を楽しむ妨げにはなりません。
本書の読み応えは、サスペンスより、息苦しいまでに狂おしく、迸り、一気に駆け抜けるような熱情の吐露にあるのですから。
決して楽しくはありませんが、病みつきになりそうな読後感ある作品です。

※シェイクスピア・ファンとしては、人殺し組織のメンバー各人の暗号名がシェイクスピア戯曲の登場人物名であるところが楽しい。また、重要な脇役と言うべきか、猫
アストルの存在が絶妙の膨らみを本ストーリィに与えています。

          

20.
「銀 橋(ぎんきょう) ★★


銀橋

2018年09月
角川書店

(1600円+税)

20231年04月
角川文庫



2018/10/16



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男役」「娘役に続く“宝塚”シリーズ第3弾。

今回もフィクションではあるものの、前2作のように如何にもフィクションといったストーリィ展開はなく、宝塚のトップスターたち、その他数多くの団員やスタッフ、宝塚を支えるファンたちをすべて包含するかのように描いた、集大成といって良い巻。

中心的な登場人物となるのは2人。
一人は、初めて宝塚の舞台を見た時に<専科>の
「アモーレさん」こと愛河凛に魅了され、3度目の受験で宝塚音楽学校に合格、やがてその見栄えする容姿と演技力を認められ将来の男役トップも嘱望できると期待されながら、あえて師と仰ぐ愛河凛と同じ専科の道を選んだ「ジェリコ」こと鷹城あきら(本名:えり子)
もう一人は、音楽学校時代にえり子と掃除コンビ(
「分担さん」と言う関係とか)を組んだ、“娘役喰い”と酷評された「レオン」こと花瀬レオ
前2作にも期待の若手として登場した花瀬レオですが、本巻では月組→花組を経て、ついに落下傘という形で
宙組の男役トップに就きます。

集大成というに相応しく、本巻では多くのタカラジェンヌたちが綺羅星の如く登場します。
40年も宝塚の舞台に身を捧げた愛河凛、前2作に登場した
「パッパさん」こと如月すみれ、その相手娘役だった花添くらら、レオと同期の野火ほたる、学年差10年もありながらレオの相手娘役に抜擢された早桃水香(さももみずか)、等々と。

一人一人、様々なタカラジェンヌの生き方があり、その姿があります。考え方に違いがあっても共通するのは、全身全霊を舞台に打ち込み、情熱と魂を篭めて宝塚の舞台を引っ張り、ファンを魅了しようとする姿勢。
いやー、真に圧巻、宝塚の真髄を堪能した思いです。

私自身、宝塚をある種の世界と特別視するつもりは全くありませんが、その舞台を観たことがないのもまた事実。
それでも、本書を読む中で、陶酔するような気分を味わい、楽しめたことも事実です。
“宝塚”三部作、読み切って、今はもうただ満足。(笑顔)

※なお、題名の「銀橋」、宝塚大劇場と東京宝塚劇場に設けられている弓状のエプロン・ステージのことで、トップスターしか歩けない場所なのだそうです。

      

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