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11.弱法師 12.ケッヘル 13.サイゴン・タンゴ・カフェ 14.悲歌(エレジー) 15.小説を書く猫 16.愛の国 17.男役 18.娘役 19.ゼロ・アワー 20.銀橋 |
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ダンシング玉入れ |
●「弱法師(よろぼし)」● ★★☆ |
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2007年02月 2022年04月
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かなわぬ恋を描いた中篇3作を収録、中山可穂版“現代能楽集”というべき一冊です。 「弱法師」は、光線によって輝きを変えるように、見方により様々な色合いをみせる一篇。不治の病をもつ義理の息子と義父との間の濃密な、そして危うい心情を描くかと思えば、少年は一気に昇華して別の次元に至ってしまうかのよう。少年と義父を描くストーリィなのか、それとも純粋な愛に殉じようとした少年の姿を描くストーリィなのか。主客が途中で転換するようで一概に決め付けることはできませんが、最後の消失感が鮮明。 かなわぬ恋を描く3篇といっても三者三様ですが、かなえられない恋の切なさが各篇にて迸っているように感じられます。そのうえ、順を追って読み進むにつれ、圧倒感は膨れ上がる一方。それこそが中山さんの真骨頂というべき処でしょう。 弱法師/卒塔婆小町/浮舟 |
●「ケッヘル」● ★★★ |
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2009年05月
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これまで中山可穂さんの作品は一通り読んできましたが、本書については迷っていました。 夫が秘書として勤める政治家の妻と熱烈なビアン関係に陥って駆け落ち、その末に日本にいられなくなりヨーロッパを3年間放浪した木村伽椰が主人公。カレーの海辺で一人指揮棒を振っていた遠松鍵人と伽椰が知り合うところからストーリィは始まります。遠松から日本での住居と仕事の世話をうけた彼女は、遠松の経営する風変わりな旅行社=アマデウス旅行社で添乗員の仕事をすることとなります。 上巻を読み終えた時点でなんとなく2つのストーリィの行き着くところが推測できるようになるのですが、それからの後半はまさに怒涛の渦に飲み込まれるかのよう。のめり込むようにして一気に読み上げました。 なお、モーツアルトの楽曲が常にストーリィと共に在りますが、私の如きクラシックの門外漢であっても本書を読むのに全く差し障りはありません。まずは物は試し。読んでみることをお薦めします。きっとすぐ惹き込まれることでしょう。 |
●「サイゴン・タンゴ・カフェ」● ★★☆ |
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2010年01月
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アルゼンチン・タンゴをモチーフに、様々に心揺れる女性たちの姿を描いた短篇集。 冒頭2篇は、男性からの仕打ちに苦しんだ女性の姿を描いたもので、ストーリィとしては腑に落ちないところがあるものの、若い美夏、中年の典子という主人公2人の姿がとても鮮烈、心に迫ってきます。 中山可穂さんというとビアン小説という思いがあるのですが、本書はとくにビアンを描いたものでなく、またビアンに囚われていない分、自由で伸び伸びした雰囲気を感じます。 軽やかな4篇+圧巻の1篇という構成。いやはや、堪えられない読み応えある、珠玉の短篇集です。 現実との三分間/フーガと神秘/ドブレAの悲しみ/バンドネオンを弾く女/サイゴン・タンゴ・カフェ |
●「悲 歌(エレジー)」● ★★ |
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2013年01月
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能楽三題を元にした、叶えられることのない、それでも尽きることない想いを描いた恋愛ストーリィ3篇。 隅田川へ飛び込み心中を図った女子高生2人。それをきっかけに写真家の道に戻った主人公は、死んだ娘への想いを今なお引きずりホームレスとなった父親に出会う、という「隅田川」。 と思っていたら上記2篇は前菜あるいはアントレに過ぎませんでした。3篇目の「蝉丸」こそメインディッシュ。 隅田川/定家/蝉丸 |
●「小説を書く猫」● ★★ |
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中山可穂さん、初のエッセイ集。 本書収録エッセイの大部分は、作品執筆前後のエピソード書き連ねたもの。 中山可穂さんの様々なエピソードが目一杯詰まったエッセイ集。ファンにとっては必読の一冊です。お薦め。 恋する猫/小説を書く猫/旅する猫/遊ぶ猫/猫の近況 |
16. | |
「愛の国」 ★★ |
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2016年01月
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「猫背の王子」「天使の骨」に続く“王子ミチル”三部作の完結編、長大な物語です。 冒頭、尼寺の満開の桜の下の墓地でまるで絵のように倒れていた女性が助けられます。一命を取り留めたものの、彼女は記憶を失っていた。 全体を通じ一言で言い表すならば、王子ミチルの贖罪と回想の物語。さらに踏み込んで言えば、王子ミチル三部作にとどまらず、これまでの中山可穂作品の総決算となる物語、と言って誤りではないと思います。 1.京都カワセミ同盟/2.タンゴレッスン/3.カミーノ |
17. | |
「男 役」 ★★ |
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2018年03月
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中山可穂版“オペラ座の怪人”、舞台は宝塚大劇場です。 宝塚研究科3年の永遠ひかるは、上級生をごぼう抜きして新人公演の主役に抜擢されたことに驚愕します。歓喜どころか恐ろしい、というのが正直な思い。 元伝説のトップスターと、引退直前の現役トップスター、そして将来のトップスターを目指す新人という組み合せは魅力に溢れるものですが、主眼は怪人の存在ではなく、宝塚のトップスターである“男役”にこそあります。 ※本ストーリィだけでも十分楽しめますが、「オペラ座の怪人」のガストン・ルルー原作、映画なら1925年版と2004年版。そして闘牛についてよく知っているとさらに楽しめると思います。 |
「娘 役」 ★★ | |
2018年07月
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宝塚「男役」に続いては、もう必然的と言う他ない「女役」。 主人公の一人は冒頭、宝塚劇場にて初舞台生として登場した野火ほたる。 本書では、そのほたるが宝塚の中で娘役として成長していく姿が描かれます。決して順調ではなく、途中挫折も味わい、路線から外れて別格扱いとなりながらも、ついに男役トップの相手方である娘一として舞台に上がる迄。 しかし、いくら様々な変遷がある宝塚の内幕ドラマを描くといっても娘役一人では弱々しい。 そこでそれに組み合わされたのが、もう一人の主人公、宝塚の世界とは全くかけ離れたヤクザの世界に身を置く片桐蛍一。 片桐蛍一、身の内に潜む凶暴な毒虫を抑えられずついにヤクザの組員に。仕える若頭からヒットマンを命じられ、大鰐組の組長を付け狙うのですが、何とその組長ワニケンが宝塚ファンであったとは。やむなく後を追いかけて宝塚劇場へ。 ところがそこで、初舞台生がラインダンスを演じている時に、一人からすっぽ抜けた靴が片桐の顔面に向かって飛んでくるというハプニング。凛とした風情を漂わせるその靴を手にした時から、片桐の人生に変化が生まれます。 2人の間に恋愛のような関係が生じる訳でも、お互いの人生が深く交差する訳でもありませんが、地道に娘役として成長していくほたるの姿と、余りに対照的な片桐蛍一の姿。 2人の姿が並行して進んでいくだけで、それぞれの姿が鮮やかに浮かび上がってくるように感じられます。 最後は思いも寄らない結末となりましたが、その情景もまた鮮やかで、陶然とさせられる思いです。 |
「ゼロ・アワー zero hour」 ★★ |
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2019年12月
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今回は殺し屋を主人公にしたストーリィと聞いて、少々困惑する思いあり。 中山可穂さんと言えば当初はビアン、その後も宿命的で狂おしい恋情を描いた作品が多いというイメージですから、誉田哲也作品のような殺し屋、殺しのストーリィとなれば意外な感じを覚えるのも当然でしょう。 しかし、後半、ストーリィの舞台をアルゼンチンのブエノスアイレスに移し、主人公2人がそれぞれ胸に抱えた狂気を発散させるかのように狂おしくタンゴを踊る場面を見ると、「サイゴン・タンゴ・カフェ」に連なる、あぁやはりこれは中山可穂作品に他ならない、と感じた次第です。 殺し屋<ハムレット>が依頼を受けて新垣一家を皆殺しにする。ところが、たまたま10歳の娘=広海は合宿で家を留守にしていたため難を逃れます。 その広海は、ただ一人の身内であり、アルゼンチンでクリーニング屋をしている祖父=新垣龍三に引き取られ、ブエノスアイレスに引っ越します。 そして数年後、広海は祖父の口から、祖父が昔殺し屋だったこと、息子一家の殺害は自分に対する復讐であることを告げられ、自らハムレットに復讐することを誓います。 祖父の死後、広海は殺し屋組織に身を投じ、殺し屋<ロミオ>としてハムレットに近づくチャンスを窺うことになります。 ストーリィの大筋を語ってしまいましたが、それは本作品を楽しむ妨げにはなりません。 本書の読み応えは、サスペンスより、息苦しいまでに狂おしく、迸り、一気に駆け抜けるような熱情の吐露にあるのですから。 決して楽しくはありませんが、病みつきになりそうな読後感ある作品です。 ※シェイクスピア・ファンとしては、人殺し組織のメンバー各人の暗号名がシェイクスピア戯曲の登場人物名であるところが楽しい。また、重要な脇役と言うべきか、猫アストルの存在が絶妙の膨らみを本ストーリィに与えています。 |
「銀 橋(ぎんきょう)」 ★★ | |
20231年04月
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「男役」「娘役」に続く“宝塚”シリーズ第3弾。 今回もフィクションではあるものの、前2作のように如何にもフィクションといったストーリィ展開はなく、宝塚のトップスターたち、その他数多くの団員やスタッフ、宝塚を支えるファンたちをすべて包含するかのように描いた、集大成といって良い巻。 中心的な登場人物となるのは2人。 一人は、初めて宝塚の舞台を見た時に<専科>の「アモーレさん」こと愛河凛に魅了され、3度目の受験で宝塚音楽学校に合格、やがてその見栄えする容姿と演技力を認められ将来の男役トップも嘱望できると期待されながら、あえて師と仰ぐ愛河凛と同じ専科の道を選んだ「ジェリコ」こと鷹城あきら(本名:えり子)。 もう一人は、音楽学校時代にえり子と掃除コンビ(「分担さん」と言う関係とか)を組んだ、“娘役喰い”と酷評された「レオン」こと花瀬レオ。 前2作にも期待の若手として登場した花瀬レオですが、本巻では月組→花組を経て、ついに落下傘という形で宙組の男役トップに就きます。 集大成というに相応しく、本巻では多くのタカラジェンヌたちが綺羅星の如く登場します。 40年も宝塚の舞台に身を捧げた愛河凛、前2作に登場した「パッパさん」こと如月すみれ、その相手娘役だった花添くらら、レオと同期の野火ほたる、学年差10年もありながらレオの相手娘役に抜擢された早桃水香(さももみずか)、等々と。 一人一人、様々なタカラジェンヌの生き方があり、その姿があります。考え方に違いがあっても共通するのは、全身全霊を舞台に打ち込み、情熱と魂を篭めて宝塚の舞台を引っ張り、ファンを魅了しようとする姿勢。 いやー、真に圧巻、宝塚の真髄を堪能した思いです。 私自身、宝塚をある種の世界と特別視するつもりは全くありませんが、その舞台を観たことがないのもまた事実。 それでも、本書を読む中で、陶酔するような気分を味わい、楽しめたことも事実です。 “宝塚”三部作、読み切って、今はもうただ満足。(笑顔) ※なお、題名の「銀橋」、宝塚大劇場と東京宝塚劇場に設けられている弓状のエプロン・ステージのことで、トップスターしか歩けない場所なのだそうです。 |
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