川上健一作品のページ No.1


1949年青森県十和田市生、県立十和田工業高校卒。高校時代は投手として活躍。上京後スポーツ小説を手がけ、77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」にて第28回小説現代新人賞を受賞し、作家デビュー。スポーツ小説を中心にした独自の作風に注目されるが、1990年
「雨鱒の川」刊行後体調を崩し執筆活動から遠ざかる。2001年、11年ぶりの書き下ろし小説「翼はいつまでも」にて復活、同作にて第17回坪田譲治文学賞を受賞。


1.
跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ

2.宇宙のウインブルドン

3.珍プレー殺人事件

4.ららのいた夏

5.雨鱒の川

6.このゴルファーたち

7.翼はいつまでも

8.ラストボール伝説

9.地図にない国

10.ビトウィン


四月になれば彼女は、渾身、ナイン、祭り囃子がきこえる、あのフェアウェイへ、月の魔法、朝ごはん、ライバル、トッピング

  川上健一作品のページ No.2

  


      

1.

●「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」● ★★  小説現代新人賞


跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ画像

1984年07月
講談社文庫他

2002年06月
集英社文庫
(552円+税)



2002/09/29

川上さんのデビュー作を含む、8作品を収録した短篇集。
8篇のうち、7篇がスポーツ小説で、川上作品の特徴をそのまま語った一冊とも言えます。
題材となるスポーツは、テニス、野球、ボクシング、ラグビー、アイスホッケー、野球、バスケットボールと、本当に多彩。
主だった作品は、主人公=試合中のプレーヤーですから、臨場感とともに、プレーしている当人たちの興奮度が強く伝わってきます。その辺りが本書の楽しいところ。

「オレンジ色のロリポップ」はちょっと異色。
「打ってみやがれ!」は、アメリカ野球小説の傑作、ラードナー「アリバイアイク」を思い出させられる一篇。
「タイトルマッチ」は、試合直前のチャンピオンを見守るトレーナーが主人公。フィクションと軽視できない要素があります。
「新顔」はロマンスを語ってユーモラス。ホームベース上の激突を描く「スーパー・クロス・プレー」は、迫力満点。
気持ち好さが残ったのは、次の3篇です。
「マッケンローのように」は、テニス試合で、相手の大人のきたなさに嫌気がさして泣きじゃくる少年を描いた作品。少年の清々しさは、他の青春作品に共通するものがあります。
「熱いトライ」は、かつてラグビー試合で事故死した父親と、試合中全く同じ状況に遭遇したラガーマンを描く一篇。「跳べ、ジョー!」と同じく、ちょっと感動的な作品です。

オレンジ色のロリポップ/マッケンローのように/打ってみやがれ!/タイトルマッチ/熱いトライ/新顔/スーパー・クロス・プレー/跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ

   

2.

●「宇宙のウインブルドン」● ★★


宇宙のウインブルドン画像

1986年06月
集英社刊

1988年07月
集英社文庫
(686円+税)



2002/09/18

痛快、抱腹絶倒のスポーツ小説!、テニス版。
「宇宙のウィンブルドン」というからSFかと思いきや、これは主人公の名前、即ち杉本宇宙という。
テニスクラブで、年中壁に向かってサーブの練習ばかりしている変な男の子がいる、と評判になったら、これがその宇宙。
たまたま練習にきたプロテニス選手を自慢のサーブで粉砕し、いきなりジャパン・オープンに出場して見事優勝。それによってワイルド・カードを手に入れ、なんとウィンブルドンへと出場してしまう。
ストロークもボレーも練習をしたことがないから、まるでできないけれど、自慢のサーブでトントンと勝ち抜いてしまうという、有り得ないストーリィ。
しかし、有り得るか有り得ないかはどうでもよく、とにかくメチャクチャ楽しいのです。なんといっても、宇宙のキャラクターが面白い! 
物怖じせず図々しく、人を喰った言動で、読み手を盛んに笑わせてくれます。おまけに、試合の傍らで女子選手を口説くのにも一生懸命。
そして最後のエピソードには、思わず大笑いしました。
ただ楽しんで笑い転げたかったら、是非お薦めしたい一冊。

ジャパン・オープン/ウィンブルドン

   

3.

●「珍プレー殺人事件」●


珍プレー殺人事件画像

1987年11月
集英社文庫

 
2002/10/20

プロ野球公式戦の試合真っ最中、ロッカールームで東京ビーバーズ・球団オーナーが死体となって発見されます。
しかも、試合の直前チームの監督、主力選手等中心人物がオーナーに一人一人呼び込まれ、皆激昂していたばかり。
ピッチャー・三野田秀丸、キャッチャー・三島耕平の2人は、試合中だというのに、犯人探しを始めます。

本作品における中心人物となるのが三野田秀丸ですが、これがまぁ、ハチャメチャ、自分勝手、という人物。その秀丸が、滅茶苦茶な論理で犯人探しを展開するのですから、本作品については軽ミステリ、あるいはユーモア・ミステリと解すべし。
試合が終了後の後半も、秀丸は更に井上直子刑事まで自分のペースに巻き込み、型破りぶりは留まるところを知りません。
ただし、ミステリとしての出来はイマイチ。
面白味は、川上さんらしく、やはりプロ野球試合の様子にあります。とくに、試合そっちのけで犯人探しに夢中になり、いつのまにか完全試合が展開している、というところが愉快。

     

4.

●「ららのいた夏」● ★★★


ららのいた夏画像

1989年08月
集英社刊

2002年01月
集英社文庫
(667円+税)



2002/09/13



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爽快な青春ストーリィ。
楽しくて、気分が良くて、最後は涙無くして読めなくなっちゃう、という素敵な一冊。
本書の魅力は何といっても、走ることが大好きだという主人公・坂本ららの素敵なキャラクターに尽きます!

野球部ピッチャーの小杉純也が運動会マラソンでぶっちぎりのトップを走っていると、背後から軽快な足音が聞こえてくる。思わず振り返ると、スタイルの良い、きれいな女の子が走ってきた。純也はその子と走りながら言葉を交わす、というのが本ストーリィの出だし。
この主人公ららが、走る度、周囲の人に爽快な印象を振りまいていきます。「キャハハハ」、「デハハハ」という、些かの気取りもない笑い声。そして、いつも本当に嬉しそうな顔をして走っている、そんなららの青春記。
それと並行して、純也との爽やかなラブ・ストーリィも一緒に描かれます。後半、ドラフト指名されてプロ野球入りする純也も、なかなかの好青年です。
一番楽しいのは、ららと純也がフルマラソンに初出場して、ずっと一緒に走る部分。ゴール近くでは、ドキッとする部分があったりと、興奮することすら楽しい。
そして、圧巻となる国際マラソン、信じられないような結末と、ストーリィは一気に展開します。
一旦読み出したらとても止められない、魅力に溢れた作品!
ららという一陣の清風が吹き抜けたような、爽やかな読後感があります。まさに一気読み。自信をもってお薦めします。

運動会/ロードレース/駅伝/フルマラソン/国際マラソン/約束

      

5.

●「雨鱒の川」● ★★☆


雨鱒の川画像

1990年08月
集英社刊

1994年09月
集英社文庫

2002年03月
第3刷

(686円+税)


2002/10/06


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東北の小さな村を舞台にした、主人公と少女の純愛ストーリィ。今頃、なんて古風な、と感じるようなストーリィですけれど、読み手の心の琴線に触れてきます。
他のユーモラスな作品と異なり、ちょっとシリアスな作品。

主人公・心平は、母親と2人暮らし。川で魚を獲ることと、絵を描くことに夢中な小学校3年生。そんな心平といつも一緒にいる小百合は、聴覚が不自由な少女。しかし、お互いの心は通い合っていて、2人には何の支障もありません。
第1部に描かれるこの辺り、東北の自然の中で川遊び、絵描きを楽しみ、牧場では牛と戯れる2人の姿は、幼い頃への懐かしさ、郷愁を感じさせてくれます。
第2部はその10年後、心平は18歳になっています。大人に近づけば当然、2人の関係は幼馴染のままではいられない。まして心平は母親を亡くし、絵ばかり描いていて仕事もろくにできない青年。一方の小百合は村の酒造会社の跡取り娘。小百合の父親は、娘の縁談を一方的に決めてしまいます。
周囲の中で孤立する2人の純愛は、どんな結末を迎えるのか。それはもう、自身で読んでみてもらう他ありません。私としては、川上版ロミオとジュリエットを読んだような気分です。

本書の魅力は、豊かな自然の描写にもありますが、2人よりちょっと年上の英蔵という少年の存在が欠かせません。小百合をやはり愛しながら、切なさに耐えるという人物造形がお見事。心平、小百合に負けないくらい、英蔵も愛しい登場人物です。

※映画化 → 雨鱒の川

    

6.

●「このゴルファーたち」● 


このゴルファーたち画像

1991年09月
集英社文庫

 

2002/10/26

ニューヨーク郊外にあるパブリックのゴルフコースを舞台にした短篇集。
このゴルフ場、冒頭の「フォアー!」では、追い込んだ凶悪犯を追跡して、頭上に警察ヘリは到来するし、ライフルをもって防弾ジャケットを着込んだ警官たちが金網沿いに立ち、フェアウェイをパトカーが横切っていくという、想像もつかないことが起こります。また、バンカーにはホームレスが焚き火で飲み食いした跡が残っていたりと、とんでもないコース。
でも、そんな如何にもニューヨークらしいコースに愛着を感じ、そこに集うゴルファーたちは、如何にもゴルフ好きな人間ばかりという雰囲気。その辺りが、本書の楽しいところです。

主人公はいずれも同一人物の「ぼく」。毎回の冒頭、クラブハウス食堂の従業員、スペイン系の娘マリア、そ父親とぼくとの間で交わされるやり取りもまた楽しい。
私はあまりゴルフに興味ないのですけれど、ゴルフ好きなら、もっと本短篇集は楽しめることでしょう。

フォアー!/アウト・オブ・バーンズ/サドンデス/ミスショット/ワン・ペナルティー/フックボール/プロフェッショナル

  

7.

●「翼はいつまでも」● ★★★       坪田譲治文学賞


翼はいつまでも画像

2001年07月
集英社刊

(1600円+税)

2004年05月
集英社文庫化



2002/09/22



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久しぶりに良質の本を読んだ、という気持ちです。
最初は、懐かしい中学校時代の物語から始まり、気持ち良く読み進んでいると、何時の間にか大きなうねりの中に巻き込まれ、押し寄せる感動に胸がいっぱいになる。そして最後では、感動が気持ち良く身体を突き抜けて昇華していく。本書は、そんな作品です。

少年物語の傑作は、幾つもあります。古く坪田譲治作品に遡らなくとも、私の好きなところで、灰谷健次郎「天の瞳森絵都「カラフルといった作品があります。ただ、こんなに気持ち良く、清々しい気持ちになる作品はあまりない、そんな思いです。
今月初めて川上作品を読み、続けて読んで本書が3冊目。本書は11年ぶりに書かれた作品ということですが、既にファンだった人にとって本書を手にした喜びは、さぞ大きかったことでしょう。

主人公は青森県十和田市の中学生、時代は1960年代です。
第1章は、野球部、同級の女子への淡い想い、父親との確執、横暴な教師への怒りと、誰しも思い出の中にあるようなストーリィ。そして、ラジオで聞いたビートルズの歌が、主人公に新しい勇気を与えてくれます。
第2章は、夏休みの十和田湖畔。一人キャンプに出かけた主人公は、そこで同級生の女の子に出会います。思いがけない出会いは主人公、そして少女に、一気に成長を遂げさせ、初恋をもたらします。夏の十和田湖という舞台が、リリシズムを高めていて、素晴らしく感動的。雷雨の場面が圧巻。

ストーリィ自体、格別のものはありませんが、感動は計り知れない。是非お薦めしたい一冊です。

お願い・お願い・わたし/十和田湖/終章

     

8.

●「ラストボール伝説」● ★☆


ラストボール伝説画像

2003年03月
恒文社刊

(1600円+税)



2003/03/17

「監督と野郎ども」(1986年集英社文庫)を加筆訂正した作品。

セ・リーグのお荷物球団・札幌ベアーズを描く、ただ単純に楽しいプロ野球小説。
毎年最下位に甘んじているベアーズに、セ・リーグ放逐の危機。球団オーナーが窮した挙句助けを求めたのは、6球団の監督を務めた経歴をもつ名物男にして76歳の老将・山形五右衛門
この山形老監督が相当にしたたか。クセ者揃いのベアーズ選手を手玉に取るかのように操っていきます。その結果、突然ベアーズが快進撃をし始めるのですから、まさにこれは物語。
山形老監督の采配は、本来の野球セオリーに反するようなものでしょう。しかし、だからこそ本ストーリィは面白いのです。勝ち負けだけでなく、山形老のそんなこだわりがあってこそプロ野球は面白くなるのでは、と感じざるを得ません。
この山形老監督だけでなく、操られる側の選手たちも楽しい。クセ者でありながらどこかバカ正直なところに親近感を覚えます。
プロ野球の楽しさここにあり、そんなプロ野球小説です。

ダイビング・キャッチ/二十七人目のバッター/泣くなピッチャー/四番バッターが恋をした/鉄子の部屋

 

9.

●「地図にない国」● 


地図にない国画像


2004年07月
双葉社刊

(1700円+税)



2004/07/22

スペインはバスク地方のパンプローナ。そこで行われるサン・フェルミンの祭り(牛追い祭り)が本小説の舞台。
題名の「地図のない国」とは、このバスク地方のことです。

牛を街路に放ち、闘牛場までその牛の前を人が駆け抜けるという派手な趣向(エンシエロ)が有名な祭り。
主要な登場人物である日本人観光客たちは、デッドボールで怪我し復帰を逡巡しているプロ野球選手・三本木慎(主人公)、作家である谷田部を中心にした女優、編集者、カメラマンたちのグループ等の面々。その他、日本人闘牛士も登場します。
本の帯には「大人のための青春小説」とありますが、それよりヘミングウェイ「日はまた昇る」の現代・日本人版という雰囲気です。谷田部の仕事がヘミングウェイの足跡を辿ることにあるというのですから、そもそもの初めからヘミングウェイを意識したストーリィ。
お祭り騒ぎに盛り上がる雰囲気を楽しむ一方で、バスク独立運動という政治問題を付け加えたストーリィ構成。
あまり心に留まるという要素は薄く、恋愛ごとも含め、結局はお祭りストーリィに終始したという印象です。

【参考】バスク地方
ピレネー山脈を挟み、スペインとフランスにまたがる地域。人口の約3割がヨーロッパ語群と系統の全く異なるバスク語を話し、分離独立を求める気運が強い。フランコ独裁政権下で弾圧され、過激派がテロ活動を盛んに行った経緯あり。

        

10.

●「ビトウィン」● ★★


ビトウィン画像


2005年03月
集英社刊

(1400円+税)

2008年08月
集英社文庫化



2005/05/10

雨鱒の川のあと肝臓を悪くして、川上さんは翼はいつまでも迄の10年間執筆活動から離れていたそうです。
その雌伏の10年間は、失意の時どころか、貧乏生活ではあるものの家族3人で楽しく愉快な地方生活を送っていたらしい。
本書はそんな南アルプス山麓の高原での日々を大らかに語ったエッセイ本です。

とにかく定収入がなく、執筆活動もまるでしなかったというのですから、赤貧生活であったというのも当然でしょう。でも、それ故の暗さが川上さんにも家族にも全くないところが、呆れるくらいに素晴らしい。
当初は1、2年休養のつもりだったそうですが、働かず楽しく暮らす生活にはまり込んでしまい、あっという間に10年経ってしまったということらしい。
そんな川上さんに家出してまでついて来た16歳年下の奥さんの、貧乏生活を歯牙にもかけないといった風が凄い!
そしてそれ以上に、一人娘のズキ(本名:沙月)ちゃんが凄くいい! 明るく感情をストレートに表現するズキちゃんは、本エッセイの中でも群を抜く魅力的な人物です。
川上家では、川上さんが川で釣り上げてきたイワナ3匹がご馳走だったというのですから、この3人の生活ぶり、ちょっと想像もつきません。
そんな貧乏生活でも愉快だったのは、川上さんを取り巻く奇人変人仲間のお陰だったらしい。

本書の中では、ズキちゃんの健気さが発揮される「小さな駅」が素晴らしい。それと「父親自慢大会」も。
また、小説家デビューの経緯と「翼」執筆を始めた頃を語った「午後のティータイム」、その後の「涙のプレゼント」が小説家・川上健一を語っていて忘れ難い章です。
川上ファンには是非お薦めしたいエッセイ本です。

ビトウィン生活/選挙はフェスティバルだ!/釣りの神様/至高の闘い/海へ/小説の順位/松茸クラブ大冒険/虫歯男/小さな駅/午後のティータイム/ステキな出会い/父親自慢大会/涙のプレゼント/ベスト・ワン/あとがき

 

川上健一作品のページ No.2

   


  

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