福井晴敏作品のページ


1968年東京都生、千葉商科大学中退。警備会社勤務の傍ら97年に初めて応募した「川の深さは」が、第43回江戸川乱歩賞の最終候補作品となる。98年「Twelve Y.O.」にて第44回江戸川乱歩賞、99年「亡国のイージス」にて日本推理作家協会賞・日本冒険小説協会大賞・大藪春彦賞、2003年「終戦のローレライ」にて第24回吉川英治文学新人賞を受賞。


1.
Twelve Y.O.

2.亡国のイージス

3.終戦のローレライ

4.6ステイン

5.平成関東大震災

       


 

1.
●「Twelve Y.O.」●     江戸川乱歩賞受賞

 

 
1998年09月
講談社刊
(1500円+税)

2001年06月
講談社文庫化

1999/11/27

著者の言葉として、「ハリウッド製冒険アクション映画に憧れ(中略)その醍醐味を表現する手段として小説を選んだ」と福井さんは語っていますが、 まさにその言葉通りの小説と言えます。
とても日本を舞台にしたストーリィとは思えないような、如何にもアメリカ的なサスペンス・アクション。近代兵器を駆使した戦闘シーンもたっぷり、という作品です。
主人公である自衛官・平貫太郎は、かつて栄光を目指したこともあったが、今は街中で自衛官募集に明け暮れる日々。ところが、かつての恩人・東馬修一に再会した直後から、あれよあれよという間に壮絶な戦いの渦中に巻き込まれてしまう、というストーリィです。
それは、電子テロリスト・トウェルブが、軍事大国アメリカに対して仕掛ける孤独な戦い。同時にそれは、彼を阻止しようとする自衛隊の諜報組織との戦いでもありました。
戦闘シーンの壮絶さは呆気に取られてしまう程なのですが、その一方で、何かわからないなぁ、という納得いかないものが常にありました。好みの違いと言ってしまえば、それまでなのですが。
主要登場人物のひとりでかつ最も興味深いのは、東馬理沙という少女なのですが、結局彼女のことがよく判らないままだったことの影響が大きいようです。
攻防場面のスケールの大きさは、カッスラー“ダーク・ピット”シリーズ並なのですが、ピットの方がもっと単純明快で、だからこそ存分に楽しめた、という気がします。
結論としては、私の好みに異なる作品でした。

  

2.

●「亡国のイージス」● ★★  日本推理作家協会賞・日本冒険小説協会大賞他

 

  
1999年08月
講談社刊
(2300円+税)

 2002年07月
講談社文庫化
(上下)

 

1999/12/08

前作「Twelve Y.O.」 に続くストーリィのようです。同じく、自衛隊という、矛盾をはらんだ存在を題材にしたサスペンス・アクション。ただし、登場人物は一切異なりますので、単独で読んでも支障はありません。
日本を守るべき最新のイージス・システムを搭載した護衛艦<いそかぜ>が、特殊破壊兵器をそのミサイル弾頭に詰め、首都東京を人質に日本国家を脅迫する、というストーリィ。
正直言って、最初の3分の1ぐらいまで退屈です。登場人物のひととおりの紹介に費やされていること、展開がはっきりしないのがその原因。
誰が主人公となるのか、脅迫側と防衛側のどちらに力点を置くのか、判りにくい。結局、双方ともを描こうとし、脅迫グループの心情への理解も求めているようですが、如何せん、脅迫側の行動は突拍子のないもの。その為に、かえってストーリィへの納得感を欠いてしまったように感じられます。
もっとも、護衛艦の戦闘行動に現実感を感じられないのは、本書で指摘されるとおり、自衛隊に対する当方の意識の薄さ故かも知れません。
後半に入ると、漸くストーリィに弾みがつきます。緊迫した戦闘場面に入るからで、当然のことながら手に汗握る展開となり、ダーク・ピットあるいはホワイトアウトを読んだ時のような興奮が蘇ってきます。なかなかに読み応えもありますが、正直なところ「ホワイトアウト」の方がもっと現実的で緊迫感があったように思う。
攻防部分も長すぎるし、本作品における敵役は、日本人にしろ北朝鮮の工作員にしろ幼稚な印象を受けます。(何を読んでもダーク・ピットを思い出してしまうのは、ピットシリーズに毒されているのかもしれませんが)
誰が主役となるのか、という説明はあえて伏せます。それが判る頃には、既にストーリィが佳境にはいっている筈です。

※ 映画化 → 「亡国のイージス

  

3.

●「終戦のローレライ」● ★★     吉川英治文学新人賞

 

 

2002年10月
講談社刊
上下
(1700円+税)
(1900円+税)

2005年1-2月
講談社文庫化
(全4巻)

 

2003/03/15

圧倒的な量感をもった長編大作。
太平洋戦争末期、日本の降伏はもはや時間の問題という時期に、ドイツ軍が開発した秘密兵器=超高感度ソナー“ローレライ”を海底から回収し、それをもって最後の特殊作戦に向かう任務を与えられた1隻の潜水艦があった。
1人の日系ナチス親衛隊将校を乗せたその艦は、戦利(戦利品という意味)潜水艦<伊507>。戦艦並みの大砲を備えた同艦は、ドイツ軍下では“シーゴースト”という異名で連合軍に恐れられた潜水艦。
“あるべき終戦の形”をつかみ取ることが、<伊507>の与えられた究極の任務。しかし、それは一海軍将校の個人の思惑から計画されたものであり、それは果たして海軍、日本国民が望むものだったのかどうか。

戦争という大きな枠組みの中、戦争に運命を翻弄された様々な人の思い・苦渋を凝縮するように<伊507>、そしてその乗組員たちの姿が描かれます。
単に潜水艦の戦闘ストーリィを描くのではなく、戦争・戦後の日本を総決算しようとする意気込みが、本作品にはあります。その意味で本書は福井さんの代表作と言えるでしょう。
しかし、それにしても長い。上下2段組で1千頁を超える大作。本書を読みとおすのは相当にシンドイ。正直言って、相当に読み飛ばしました。
圧巻は、自らの意思で作戦を決めた<伊507>と、それを阻もうとする米海軍の圧倒的戦力との攻防戦。亡国のイージスのような迫力があって、読み応えがあります。
そして読後印象に残るのは、<伊507>に同乗し、乗組員たちと生死を共にすることになった少女パウラの、鎮魂歌の如く広がる歌声です。

※ 映画化 → 「ローレライ

 

4.

●「6(シックス)ステイン」● ★★☆

 

 

2004年11月
講談社刊
(1700円+税)

2007年04月
講談社文庫化

  

2005/05/19

福井さん初の短篇集とのこと。もっとも、どの篇も短篇というよりは中篇というべき重量感を備えています。
内容は6篇とも共通していて、防衛庁情報局に所属する、あるいは所属していた男女に関わるストーリィ。

冒頭2篇を読んだ時点では、情報局にひとたび関わった人間の因業およびその任務の索漠さを描いた、情報部員特有のスリリングなストーリィと思われました。日本では一般に想像もし得ない、防衛庁の秘められた姿を描いた点に希少価値があるのかと。
しかし、そんな思いは、3作目の「サクラ」に至って吹き飛びました。ストーリィの中に人間味を強く感じられるようになったからです。
ストーリィ展開は確かにハードアクションですけれど、その中身はひとつの仕事に携わった人間たちの姿、思いを描いた作品であって、敵方との攻防は単なる舞台背景に過ぎません。
そして、もうひとつの素晴らしさは、篇を読み進む程に、後の篇になる程面白さが増してくるところです。
とくに、結婚して幼い子供がいながら復職した仕事先がなんと危険をはらむ防衛庁情報局だったなんて!、そんな女性情報局員の母子の想いを多重的に描いた「媽媽」、それを反映した「断ち切る」の篇は、まさに秀逸。
「短篇集」という言葉からは想像もできない、たっぷりとした読み応え、読み甲斐がこの一冊には用意されています。
そして読了時には、キリッとした気持ち良い読後感あり。

いまできる最善のこと/畳算/サクラ/媽媽/断ち切る/920を待ちながら

 

5.

●「平成関東大震災」● 

 

 

2007年08月
講談社刊

(720円+税)

2010年09月
講談社文庫化

   

2007/12/23

 

amazon.co.jp

いつかは再びM7以上の直下型地震が東京を襲う・・・。
私は東京生まれ、東京育ちなものですから、そう言われ続けてもう半世紀。そんな大地震が起きないようにと願い続ける一方、いい加減聞き飽きたなぁという気分もあるのです。
しかし、そんな油断こそが大敵。実際に起きた阪神淡路大震災や新潟中越沖地震とかを見て、そう感じます。

本書は2007年に東京湾北部でM7.3の大地震が起きたという想定の元に、どんな状況が起きるかを描いた“実用的シュミレーション小説”とのことです。
新宿都庁ビルに仕事で訪れていた中年サラリーマン、西谷久太郎が本書の主人公。彼が徒歩で墨田区京島の自宅まで帰る途中の一部始終、やっと帰り着いたその場所での出来事を描くとともに、各章に現時点の防災体制にかかる解説を加えるという構成。
(「西谷」に「久」をつけて「サイヤク」さんと呼びかける辺りにはつい笑ってしまいますが、冗談事で済まないのは当然のこと)
マニュアル本ですとどうしても手が伸びませんが、こうして小説の形になると手が伸びやすい。その点、時宜を得た出版なのではないかと思います。
ただし、文章で読んでもその悲惨さは伝わりにくいもの。実際に大地震が襲ったら、その被害状況は想像をはるかに超えたものとなるに違いないと思います。

まず考えることは、自分の身の安全、周囲の状況。次いで家族と実家の安否、何が何でも帰宅。そして、せちがらいことではありますが本書の主人公と同様、まだ借りたばかりのローンある自宅の心配になるだろうと思います。
会社で配られた「帰宅支援マップ」、いつも通勤鞄の中に入れてあります。今年は近所で行なわれた9月の防災訓練に参加しました。防災グッズ・・・引越以来どこかに放り込んだままになっているなぁ。
防災グッズもそうですけれど、いざという時の心の備えもしておくべきですね。本書を読んでそう感じました。

1.大地震発生!どうしよう・・・/2.線路も道路も通行不能!どうしよう・・・/3.コンビニで火事場泥棒に遭遇!どうしよう・・・/4.瓦礫の下から老婆の声!どうしよう・・・/5.町が、家が、燃えている!どうしよう・・・/6.築一年の我が家が倒壊!どうしよう・・・/7.生き延びた・・・で、これからどうしよう・・・。

  


 

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