朝倉かすみ作品のページ No.1


1960年北海道生、北海道武蔵女子短期大学卒。2003年「コマドリさんのこと」にて第37回北海道新聞文学賞、04年「肝、焼ける」にて第72回小説現代新人賞を受賞し作家デビュー。09年「田村はまだか」にて第30回吉川英治文学新人賞、19年「平場の月」にて第32回山本周五郎賞を受賞。


1.
肝、焼ける

2.田村はまだか

3.タイム屋文庫

4.ロコモーション

5.ともしびマーケット

6.深夜零時に鐘が鳴る

7.感応連鎖

8.声出していこう

9.とうへんぼくで、ばかったれ (文庫改題:恋に焦がれて吉田の上京)

10.幸福な日々があります


少しだけおともだち、てらさふ、遊佐家の四週間、乙女の家、植物たち、たそがれどきに見つけたもの、少女奇譚、満潮、ぼくは朝日、平場の月

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にぎやかな落日

 → 朝倉かすみ作品のページ No.3

 


     

1.

●「肝、焼ける」● ★★            小説現代新人賞


肝、焼ける画像

2005年11月
講談社刊

(1500円+税)

2009年05月
講談社文庫化



2005/12/23



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北海道新聞文学賞を受賞した「コマドリさんのこと」、小説現代新人賞を受賞した「肝、焼ける」の2篇を含む短篇集。
収録されている5篇の中ではやはり上記2篇が秀逸ですが、他の3篇もなかなか捨て難い好作品ばかり。

表題作「肝、焼ける」は、稚内に転勤した7歳年下の恋人・御堂くんを真穂子が訪ねていく話。途中の銭湯や寿司屋での地元の人たちとの触れ合いがミソになっています。
「キモ、焼ける」というのはそこで出てくる言葉ですが、じれったいというような意味のようです。
稚内の恋人の気持ちがつかめない。でも年上である負い目故に問い詰められない。突然稚内を訪れることが良いのか、悪いことなのか、それも見当つかない。
深刻で重たい雰囲気になっても不思議ないストーリィにもかかわらず、軽やかで、ささやかなユーモア感すら漂います。
東京での逡巡、地元の人との触れ合いを経てやっと恋人の元に辿り着いた時、真穂子の気持ちは素直にすっきりとしたものになっている。その絶妙な味わいが魅力です。

「コマドリさんのこと」は、恋人として選ばれることはなかったが、「きっといい奥さんになれるよ」と言われ自分でもそれを信じて優等生を通してきたのに、いつのまにかオールドミスになってしまった駒鳥紀美子を主人公にした作品。
自分で考えていることと、周囲が感じていることに微妙なズレがあって、それがコマドリさんに、なぜ?なぜ? あれよあれよ をもたらしている訳ですが、そこに哀切とユーモアの両方を感じられるところに、本作品の味わいがあります。男性経験のないコマドリさんがいろいろ考えめぐらす、その中味は何ともはやユーモラス。つい、姫野カオルコ作品を連想してしまいます。

いずれもささやかなストーリィばかりですが、普遍的な内容とともに、軽やかさと切実感が絶妙のバランス感覚の上にのっているところに捨て難い味わいがあります。
微妙な味わいある作品がお好きな方に、是非お薦め。

肝、焼ける/一番下の妹/春季カタル/コマドリさんのこと/一入(ひとしお)

      

2.

●「田村はまだか」 ★★☆       吉川英治文学新人賞


田村はまだか画像

2008年02月
光文社刊

(1500円+税)

2010年11月
光文社文庫化



2008/04/23



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札幌はススキのとあるスナックに夜遅く流れてきた男女5人。小学校のクラス会の三次会だという。
荒天のため飛行機の運航が大幅に乱れ、到着が遅れている田村という同級生の一人を皆で待ちわびている、という舞台設定。
「田村はまだか」と待ちわびる間に、各人のエピソードが語られていくという趣向。

第1章の「田村はまだか」が文句なく秀逸、素晴らしい。
5人が待ち焦がれる田村久志、決して優秀な生徒でもリーダー的な生徒でもなかったらしい。家庭環境に恵まれていない所為か、いつむうつむき加減で無口な生徒だったらしい。
それなのに、皆の胸の中に鮮烈な思い出を残すエピソードがあったらしい。第一章ではまずそれが語られます。
その出来事を知って初めて、皆が「田村はまだか」と待ち焦がれる気持ちが理解できるのです。そして、「田村はまだか」という言葉が繰り返される度に、その言葉は一定のリズムを創り出し、次第に読み手の心にも鳴り響いて期待感を盛り上げていきます。そのリズム感が本書の妙味です。
そんな第1章に比べると、各自のエピソードを語る第2章から第5章は平凡としか思えない。
そこを最後に切れ味良くまとめ上げるのが最終章。予期せぬ出来事が起こり、田村は5人の元にそう簡単には行き着かない。。

本作品、小説ではありますが、かなり戯曲的。現れぬ一人を5人+マスターがいろいろ語り合いながら待ちわびる、そして最後にドンデン返しが用意されている、という処がまさにそう。
小気味良い芝居の、切れ味良い終幕、といった快感が本作品にはあります。お薦め!

1.田村はまだか/2.パンダ全速力/3.グッナイ・ベイビー/4.きみとぼくとかれの/5.ミドリ同盟/最終話:話は明日にしてくれないか

    

3.
「タイム屋文庫 ★☆


タイム屋文庫

2008年05月
マガジンハウス
(1500円+税)

2019年01月
潮文庫



2020/01/22



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本作品の刊行時、題名を見て読もうかどうか迷ったのですが、結局読まずじまいになりました。
今回、
深夜零時に鐘が鳴るの前編となる物語と聞き、読もうと思った次第。
一度すれ違った相手にまた再会したような気分で、楽しき哉。

主人公の
市居柊子(しゅうこ)は31歳、祖母の死去、浮気されて離婚した姉が子連れで実家に戻ってきたことを契機に、上司との不倫関係に終止符を打って退社、小樽の亡き祖母の家で貸本屋&カフェ<タイム屋文庫>を開業します。
貸すのは15年間に亘って蒐集してきたタイムトラベル小説、お客に提供する場所はレトロ感あふれた祖母の居間。
とはいえ、そんな商売で生活していける訳もなく、新聞配達、そして修業も兼ねたレストランでのバイトがまずは主体。

それでも、祖母のことを知る老人軍団やレストランの主人、行き先のないまま居候となった少女「リス」等々、いつの間にか柊子の行動は広がりをもっていきます。
しかし、柊子が貸本屋を始めた本当の理由は、高校時代の初恋相手であり、タイムトラベルものSFが大好きだった
吉成和久と再会。果たして柊子は吉成に再会できるのか。そして・・・。

なんとなくフワフワした小説だなぁという印象。
柊子が貸本屋を始めた理由も、採算が取れるのかという疑問も、吉成との再会も本当にあり得るのか等、非現実的。
それでも、いつの間にか<タイム屋文庫>に人が集まるようになり、柊子の手中には新たな幸せが・・・。

深い考えもなしに始めた仕事が、柊子の未来、幸せをもたらすことになる・・・その辺りが、フワフワと感じた理由です。
最後の展開はあっという間でした。


1.黒猫のひとまたぎ/2.龍の舌の先には/3.ツボミと柊子/4.プラスマイナス・ゼロ/5.時間旅行の本、貸します/6.ふりだしに戻る/7.いつかどこかで/8.夢のつづき/9.スイッチオン/10.たんぽぽ娘の末裔/11.永遠への扉/12.ラ・ヴィ・アン・ローズ

     

4.

●「ロコモーション」 

ロコモーション画像

2009年01月
光文社刊
(1500円+税)

2012年01月
光文社文庫

2009/04/01

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男の目を引き付けずにはおかない、“いいからだ”を持って生まれたアカリ
ひたすら目立たず、地味に生きてきた筈なのに、ちょっとしたことで歯車が狂い、アカリは心の平衡を失っていく。
まるで“いいからだ”を持って生まれたアカリが悪いように、どこまでも罰を受けねばならないかのように。
ただ一人できた友だちも、アカリを裏切る。男はただただ、アカリの心に付け込み、自儘にアカリをしゃぶり尽くす。
それらによってアカリは壊れ、どこまでも落ちていく。

読み始めた1頁目から、「これは合う!」と感じる本もあれば、「これは合わない!」と思う本もありますが、本書は後者。
そして最後の最後まで、冒頭の感覚が全く変わらなかった一冊。

どういう意味があるのか、その良し悪しを越えて、判らなかったし、判りたいとも思わなかったストーリィ。
最後に希望や好転があれば未だしも、女性をどこまでも貶めていくようなストーリィは、好きではないのです。

   

5.

●「ともしびマーケット」● ★★


ともしびマーケット画像

2009年07月
講談社刊

(1400円+税)



2009/09/03



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札幌のとあるスーパー、ともしびスーパーマーケット鳥居前店をキーにした、ほのぼのした味わいの連作短篇集。

スーパーが共通の舞台かというと、それ程でもありません。むしろ、各篇の主人公たちが通り過ぎる場所、と言う方が相応しい。
いわばバス・ステーションの如きものかなと思うのですが、単に通過点であるそれと異なり買い物をする場所ですから、そこにはやはり生活の臭いがあり、かすかながらも人生の一片がある。
スーパーマーケットを共通舞台に設定した良さは、そこにあります。
必ずしも順調とはいえない。それでも、ささやかなことで“いい日”だと思えることがあれば、それを積み重ねていくことで生きていくことができる。
そんなメッセージを感じる、ささやかな幸せを愛おしむストーリィ集。
冒頭の「いい日」でまずそのメッセージを感じ、次の「冬至」に登場する中年女性=門田新子がそれを象徴するような人物、という構成。
一篇、一篇、ありふれた日常ストーリィがバラバラに描かれていくという印象だったのですが、次第に各篇の登場人物たちが交錯するようになり、最後には何故か大勢で出揃い、ワイワイガヤガヤ。それもまたこうした群集小説の楽しさでしょう。

※なお、同じようにスーパーを共通舞台にした連作短篇集に野中柊「マルシェ・アンジュールがありますが、こちらは高級スーパーであって、内容もそれに相応しく夢に絡むストーリィ。
その点本書はごく普通のスーパーですから、庶民的なストーリィです。

いい日/冬至/平河/ピッタ・パット/232号線/流星/私/その夜がきて/土下座

              

6.
「深夜零時に鐘が鳴る ★☆


深夜零時に鐘が鳴る

2009年11月
マガジンハウス

2019年12月
潮文庫

(850円+税)



2020/01/23



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匂坂展子、29歳、独身、繊維商社勤務。舞台は札幌。
年の瀬、展子は街中で偶然、6年前に姿を消したままの
松本リコ、その元カレである根上茂と遭遇します。
それが何故か契機となり、展子はリコの行方を探し始めるというストーリィ。

するとどういう成り行きか、根上とその新妻である「
そら豆さん」(何故か展子を敵視)、根上との同棲前後にルームシェアをしていた<ミヤコちゃん>も加わり、あたかもリコの捜査チームが出来上がったという風。
そして<
えぐっちゃん>の正体がつかめたところから、リコの意外な面も明らかになっていくのですが・・・。

本ストーリィの前編となる物語が
タイム屋文庫とのこと。
主人公も、同じ北海道とはいえ札幌と小樽という違いがあるのにどこで繋がるのかと思っていたら、途中から登場してきました。
柊子が結婚した後「タイム屋文庫」を任されていた
みっちゃん、その繋がりで柊子、そして「リス」の話題も。

本来の目的とは違いながらも、その過程で偶発的に生まれたロマンス、幸せを手に入れるという展開は、「タイム屋文庫」と共通するものです。


サスペンスでも探偵業でもないのに、素人が人探しを始める、そこには相手への想い、友情が感じられます。
果たしてリコは見つかるのか?が興味どころですが、読み終えた後は何やらこれからの未来が明るくなったように感じられます。

1.吹雪のあと/2.ミツバチ・ベーカリー/3.喫茶「喫茶去」/4.チェブラーシカ/5.小鳥のハンカチ/6.タイム屋文庫/7.リコリスの法則/8.虹の化石/9.集合写真/10.黒い箱のなか/11.約束/12.深夜零時に鐘が鳴る

   

7.

●「感応連鎖」● ★☆


感応連鎖画像

2010年02月
講談社刊
(1500円+税)

2013年02月
講談社文庫化

2010/03/30

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どこか歪なところある、4人の女性を描いた連作短編集。

地方で名門といわれる私立の女子高校。その1年の時同じクラスになった3人、デブの墨川節子、ヤセの佐藤絵里香、美少女の島田由季子が中心。
偏執的な秋澤初美は、彼女たちの担任教師の妻。
そして最後は、前3篇の高校時代からずっと後、結婚後の島田由季子が墨川節子と佐藤絵里香のこと等を振り返る篇。
いずれの篇も、主人公は第一人称です。

この4人の歪さ、ウ〜ン、何と言ったらいいのか。
元々人間の本性には、そんなところが隠れ潜んでいると思うべきか。それとも本書に登場する4人が、かけ離れて異形なのか。
あるいは、高校生という子供の大人の端境期だからこそ増した歪さだったのか。
各々4人のキャラクターは独特で、興味深いことは興味深いのですが、さてその後に何があったのか、残ったのかというと、よく判らない。
同じ女性なら、何か判るのでしょうか。

墨川節子/秋澤初美/佐藤絵里香/新村由季子

  

8.

●「声出していこう」● ★☆


声出していこう画像

2010年08月
光文社刊
(1500円+税)

2013年08月
光文社文庫化



2010/09/29



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通り魔事件の発生を背景に、その街に住む中学生から中年女性まで、6人の人生における状況を描いた連作短篇集。

6篇のストーリィから共通して感じるテーマは、人生において自分は主役になれるのか、ということ。

・中1の茂森正則、まだまだこれから。夢が描ける年代。
・高校生の辻村有紀子、ちょうど自分が人生のヒロインであることを実感できる世代でしょう(展開によって)。
・それが浪人生兼家業バイトの最上幹基になると、もはや夢は実態から乖離した妄想でしかありません。
・義母と同居する共稼ぎ主婦の安西奈緒美の場合は、自分の考え方一つでヒロインにも不運者にもなれる、というところか。
・フリーター暮らしで46歳に到達した工藤泰介、ようやくヒーローになれなかった現実を直視することができるようになった年代か。
・バツイチ、家族なしの働く50歳=倉持のぶ子、自分の気持ちの持ち方次第で満足もできるし、反対に不満も溜まるという年代。

現実を直視し、心の持ち様を切り替える、というのが幸せになるための近道であると思うのですが、年代によってそれは様々であるようです。
年代ごとの人生ドラマを楽しめた、というストーリィ6篇。
“通り魔”は、6人がそれぞれ自分を映す、鏡の役割を果たしているのかなと思います。

声出していこう/シクシク/みんな嘘なんじゃないのか/お先にどうぞ、アルフォンス/大きくなったら/就中−なかんずく−

       

9.

●「とうへんぼくで、ばかったれ」● ★☆
 (文庫改題:恋に焦がれて吉田の上京)


とうへんぼくで、ばかったれ画像

2012年05月
新潮社刊

(1500円+税)

2015年10月
新潮文庫化


2012/06/05


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主人公は、札幌居住の23歳、生娘の吉田苑美
百貨店に契約社員として勤めていた時、宣伝ポスター作成のためやってきた広告代理店の
榎又辰彦、42歳に恋してしまう。
榎又に恋した吉田がどういう行動を取るかというと、「会いたい」と「知りたい」気持ちで10割なんだと、まるでストーカーも同然。
さらに広告代理店が倒産して榎又が東京に移ると、その後を追いかけて自身も東京へ。そして榎又の勤務先近くの喫茶店でバイトを始め、榎又との再会を期す、という具合。

まぁ、恋に不慣れな23歳が突拍子もない行動に出る、という本ストーリィは、コミカルにして軽妙な味わいです。
それ程相手に夢中、きっかけさえ掴めばその結果は当然にして熱愛へ、とは行かないところが恋愛心理の面白いところ。
ストーカー的行動のスリリングさに比べれば、成就した後の恋愛などむしろ平凡、ということになるのでしょうか。

恋愛小説かと思えば、むしろ一方的な熱愛小説、と言う方が相応しいストーリィ。
主人公の陰に隠れた感じですが、郷里の友人=
前田、東京のバイト先で知り合った=春原理絵子の恋愛も絡め、三者三様の初恋愛ストーリィもあるからこそ、面白さが増すというもの。
恋愛とは、時に滑稽な真似も演じ、自分一人で舞い上がってしまうこともある。本書はそれをまさに地で行った恋愛譚。

金瓜/寝よだれ/あらかさま/じゃばら/ばかたれ/けだし君かと/すごろく/はしばしの/麝香

          

10.

●「幸福な日々があります」● ★★


幸福な日々があります画像

2012年08月
集英社刊

(1400円+税)

2015年08月
集英社文庫化

2012/08/21

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熟年離婚を選んだ女性の心の内を、10年前新婚の頃の1年間と別居後の1年間を対比しながら描いた作品。
連載時の題名は「10年日記」だったそうです。

今や熟年離婚と聞いても驚くことはなくなった現在ですが、離婚したいと突然言われた夫の身となれば、やはり信じ難い思いがするのは当然でしょう。
主人公の
森子(しんこ)は47歳の専業主婦。夫は大学教授で、ずっと友達付き合いのような仲の良さが続いていた夫婦。それなのに何故森子は離婚を決意したのかというと、友達としてはいいけれど夫としては好きではなくなったから、というのがその理由。
納得できないというその夫の気持ちは分かりますが、そこに至ればもはや理由も何もない、とも感じます。

この夫婦の場合は子供という枷が無かったことも一因でしょうけれど、10年前の様子と現在を比較してみると、何となく主人公の決意の理由が判るような気がします。おそらく、一方の当人である夫側は全く気づかず、妻側において急に我慢できなくなった、というものなのではないでしょうか。
何故なのか? 読んでその理由を考えてみるところに、本作品の意味があるようです。

              

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