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1.朗読者 2.逃げてゆく愛 3.帰郷者 4.週末 5.夏の嘘 6.階段を下りる女 7.オルガ 8.別れの色彩 |
「朗読者」 ★★★ |
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2000年04月 2003年06月
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すんなりと物語の中に入り込めたこと、昔馴染んだヘッセやカロッサに似たドイツ文学の味わいがあること、終盤に至って静かな感動が胸の中に打ち寄せてきたこと。それらの点を考え合わせると、本作品が世界的な好評を得たというのも当然のことと感じられます。 主人公のミヒャエル・ベルクは15歳でギムナジウムの生徒。そして、その恋の相手となるハンナ・シュミッツは、21歳も年上の36歳、市電の車掌として働いている女性です。 本作品は、ハンナとミヒャエルの間のことを明らかにしていくものでは決してありません。むしろ、お互いへの疑問は最後までそのまま残ける、と言って良いでしょう。 |
※映画化 → 「愛を読む人」
「逃げてゆく愛」 ★★ |
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2001年09月 2007年02月
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「朗読者」で名を高めたシュリンクの初の短篇集。短篇というより、むしろ中篇集と言う方が適当だろうと思います。 もう一人の男/脱線/少女とトカゲ/甘豌豆/割礼/息子/ガソリンスタンドの女 |
「帰郷者」 ★★☆ |
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2008年11月
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母ひとり子ひとりだった主人公ペーター・デバウアーは、編集の仕事をしていた祖父母の家で、見本刷りのある小説を読む。 結末が知れないまま、次いでペーター自身の父親のことが不明であることがはっきりしてきたことによって、まるでペーターは安着できる場所を失ったかのようです。その結果ペーターは、家庭ももたず、恋人と安定した関係を築けないまま、遍歴を繰り返すことになる。 本書読了後心に残るのは、故郷に帰ることができた人の幸せと、故郷に二度と帰ることができなくなった人の不幸です。 ※こうした物語を読むと、ドイツにおいては第二次大戦の、ナチスの贖罪が未だ終わっていないのかと感じます。大陸国のドイツと島国の日本では状況が異なるところ多いのかもしれませんが、そのことを思うといつも日本との違いを考えざるを得ません。 |
「週 末」 ★★ |
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元テロリストのイェルクが23年の服役を経て、恩赦で出所してきます。迎えに立ったのは彼の姉=クリスティーナ。 元テロリストと彼を迎えた知人たちがひとつ場所で過ごす、週末の3日間を描いた長篇小説。 |
5. | |
「夏の嘘」 ★★☆ |
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ふと隠していたこと、特に問題だと思うこともなく吐いた嘘、それらが明らかになった途端、大切な相手との関係が一変してしまう。 中でも秀逸なのは、真実と嘘のかけ違いによる困惑を描いた「バーデンバーデンの夜」と、孫娘と共にかつて学生生活を送った町へ旅した老女を描いた「南への旅」。後者は映画「ジュリエットからの手紙」とよく似たストーリイですが、本書では嘘が貴重なストーリィ要素となっています。 シーズンオフ/バーデンバーデンの夜/森のなかの家/真夜中の他人/最後の夏/リューゲン島のヨハン・セバスティアン・バッハ/南への旅 |
6. | |
「階段を下りる女 」 ★★ |
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2017年06月
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主人公であるドイツ人弁護士の“私”は、出張先のシドニーのアートギャラリーでシュヴィント作「階段を下りる女」の絵に再会します。その絵は、全裸の女性が今まさに階段を下りようとする姿を描いた作品。 そこから、主人公の40年にまたがる恋の物語が幕を開けます。 40年前、新米弁護士であった主人公が依頼を受けたのは、作者である画家カール・シュヴィントが、現在絵の所有者であるグントラッハから絵を取り戻そうとして揉めていた案件。 さらにそこに、グントラッハの若い妻イレーネが絡んでいた。イレーネは絵のモデルであると同時に、現在はシュヴィントの恋人であるという複雑な状況が絡んでいた。 そして主人公自身もまたイレーネに恋してしまう。 しかし、主人公とイレーネの縁は、突然にして立ち切られてしまう。 ストーリィは三部構成。 第一部は、若き主人公とイレーネの出会い、そしてシドニーでの絵との再会。 第二部は、現在オーストラリアの海岸近くの家に住むイレーネとの再会が描かれますが、同時にシュヴィントとグントラッハとの再会にも繋がります。 第三部は、イレーネを介護しながら、主人公と彼女が2人だけで過ごす日々が描かれます。 シドニーでの絵の再会から、僅か2週間ほどの物語。 人生を賭けるような恋とは、長い時間を超えて成就するものなのか、と思うような恋愛ストーリィ。 その意味では作者の初期名作「朗読者」によく似ています。 「朗読者」ではアウシュヴィッツが鍵になっていたのに対し、本書では介護問題が取り上げられているように思います。それは時代の変化の故、と言って良いのでしょう。 いつも通り肌触りの良い作品。読了後の余韻が何とも快い。 |
7. | |
「オルガ」 ★★☆ |
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2020年04月
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またシュリンクかと思いつつ、それでも読み出せば強く惹き付けられてしまうのがシュリンク作品で、今回もそれは変わらず。 何よりシュリンク作品に惹きつけられるのは、その女性主人公の人物像にあると言って過言ではありません。 本作の主人公は、ポーランド系ドイツ人女性のオルガ・リンケ。 19世紀末から20世紀という時代を、毅然として生き抜いたその生涯は見事という他ありません。 貧しい生まれのうえ、両親の死により厳格な祖母の元に引き取られ、恵まれない状況で育ったオルガ。 豊かな農園主の息子=ヘルベルト・シュレーダーと出会い、やがて2人の関係は遊び仲間から恋人関係へと発展します。しかし、ヘルベルトの両親は二人の仲を許さず、ヘルベルトは入隊して独領南西アフリカへ。そして遂には、北極探検に出掛けたまま消息を絶ってしまう。 本作は、そのオルガの生涯を三部に分けて、それぞれ別の角度から描き出しているところが素晴らしい。 第一部では客観的な視点から。第二部では、50代で失聴して教職を解雇され、牧師一家に裁縫師として雇われたオルガのことを、その息子で親しい間柄となったフェルディナンドの視点から描かれます。 そして第三部は、そのフェルディナンドが入手した、北極探検に出掛けたヘルベルト宛に郵便局留めでオルガが出した多くの手紙を以て、オルガの内心が綴られます。 この三部構成、段階を踏んでオルガという女性の足跡から、その胸の内へと、段階を踏んで内面に近づいて行くようで、実に読み応えがあります。 そして最後、驚くような事実がオルガの手紙から明らかになります。 オルガという女性の見事さは、どんなことがあってもヘルベルトへの恋心を変えることはなかったことにありますが、それ以上に見事だったのは時代の熱狂に浮かされず、しっかりとした政治信条を貫いていたこと。 ヘルベルトや、オルガが面倒を見た少年アイクが、ドイツの領土拡大や冒険、ナチス党等に浮かされていた姿と対照的です。 オルガという女性の強さの魅力、三部構成による語りの魅力、それに加えてちょっとしたミステリ要素。 是非お薦めしたい佳作です。 第一部/第二部/第三部 |
8. | |
「別れの色彩」 ★★ |
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2023年02月
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老境に達したとき、思い出すのは過去における人との別れ、なのでしょうか。 そこにはきっと、忘れがたい、あるいは忘れられない思い出があり、そこには悔恨や寂寥感も混じっているのでしょう。 そうした味わいの短編集、9篇。 作者自身、そうした年代に至っていることもありますし、シュリンクだからこそという処もあり、どの篇にも深い味わいを感じます。 なお、過去の思い出だけではなく、現在進行中の篇もあります。 だからこそ、私を含め年配者である読者にとっては共感するストーリィもあります。 その中で印象に残った篇は、 ・冒頭の「人工知能」。若い頃に自分が友人に対して行った裏切り行為を懸命に弁明しているという観あり。しかし、それが明らかになったとき何が起こるのか、という恐怖感がそれと拮抗します。 ・「姉弟の音楽」も忘れ難い。若いころの痛みと悔いが蘇るストーリィです。 ・「愛娘」:この結末には驚かされますが、恐怖感と甘美な感覚が入り乱れ、惑わされる部分に魅力を感じるストーリィ。 ・「老いたるがゆえのシミ」:過去の美しい思い出だけで充分、それ以上の何を望む必要があるのか、と感じるところ。 ・「記念日」:気持ち分かるなぁ。でも、若返ることができないことも含めて自分でしかない、と思う次第。 人工知能/アンナとのピクニック/姉弟の音楽/ペンダント/愛娘/島で過ごした夏/ダニエル、マイ・ブラザー/老いたるがゆえのシミ/記念日 |