アニータ・シュリーヴ作品のページ


Anita Shreve 米国マサチューセッツ州生。タフツ大学卒。ハイスクールの英語教師をしている時に発表した短篇にてO・ヘンリ賞を受賞。その後、アフリカ、ケニアに暮らし、ジャーナリストとして働く。89年処女長篇 "Eden Close"を発表、現在まで8つの長篇を発表している。現在マサチューセッツ州ロングメドウ在住。

 
1.
パイロットの妻

2.いつか、どこかで

 


   

1.

●「パイロットの妻」● ★★★
 
原題:"The Pilot's Wife"    訳:高見浩

 
パイロットの妻画像
 
1998年発表

2001年08月
新潮社刊

(2000円+税)

2005年12月
新潮文庫化

 

2001/10/11

 

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作品自体とは別のことですが、本書カバーの写真が素敵です。海辺にたつ家のテラスを手前にして、前面いっぱいに夕陽に染まりつつある空が広がります。この表紙からだけでも本書に惹かれてしまいます。
小説自体も、その表紙から受ける印象と同じように、静かな拡がりをもった作品です。

ストーリィは、パイロットである夫の操縦する航空機が爆破墜落したという知らせが、残された妻・キャスリンの元へ未明届けられるところから始まります。衝撃に耐え、一人娘マティと共に悲しみを深くする様子が、回想を織り交ぜながら静かに語られていきます。
それにしても、“パイロットの妻”とは何と格好の題材であることでしょう。航空機というのは飛んで当たり前ですが、同時にいつ墜落しても不思議ないもの。地上を走る乗り物とは、その点で大きく異なります。したがって、パイロットの妻は常にその危惧にさらされている、何時その知らせが届いても不思議ない、という境遇にある訳です。その一方、国際線パイロットである夫は、英米2国間を定例的に行き来し。家庭から離れた別の時間を多く過ごしている人間です。
そんな2人の人間関係をそのまま表すかのように、事故原因が究明されるにつれ、キャスリンのまるで知らない夫・ジャックの姿が浮かび上がってきます。
果たして自分は夫のことをどれだけ知っていたのか、ひいては人間は他人のことをどれだけ知ることができるのか、或いは知らずにいるのか。それはジャックとの間のみならず、キャスリン、祖母ジュリア、娘マティの間についても言えることです。

夫の操縦する航空機の墜落という衝撃的な出来事にも関わらず、激情に走ることなく、キャスリンの心の内が深く、そして静かに描かれていきます。その静かさが読んでいてとても快い。
そして、いつの間にか深く惹きつけられ、没頭して読んでいる自分に気がつきます。

名品と言うに相応しい作品、お薦めできる一冊です。

   

2.

●「いつか、どこかで」● ★★
 
原題:"TWhere or When"    訳:高見浩

 
いつか、どこかで画像

 
1993年発表

2004年10月
新潮社刊

(1900円+税)

 

2004/11/22

不景気のため破産に追い込まれようとしている中年男性チャールズ・キャラハン。その彼がふと目にしたのは、かつて恋した少女の現在の写真だった。
その瞬間から、短い夏キャンプの時に出会った14歳の少女ショーンの姿が彼の脳裏に蘇ってきます。手紙を交し合った後に再会した2人は、31年間の空白を埋めるように愛し合う。しかし、束の間に燃え上がった恋情は、やがて現実に向かい合わざるを得ない時を迎えます。

本書は、シュリーヴの訳本2冊目。ただし、パイロットの妻以前に発表された作品であり、「パイロットの妻」の好評によりそれ以前の作品も訳されるに至ったということでしょう。
要は不倫ストーリィなのですが、硬質で透明なシュリーヴの文体故に、不倫というどろどろした印象はありません。主人公2人がそれぞれの妻・夫に対して意外とストイックであるのもその一因です。
お互い現在の生活に閉塞感を抱えているが故の現実逃避という面もない訳ではありませんが、未完のままになっていた少年少女時代の恋を完遂するという雰囲気の方が強い。
誰しも心に思い出として残しているだろう恋心。その想いを蘇らすというストーリィですから、ノスタルジーに惹かれつつ、つい共感を覚えてしまう。熱い恋情がどこかひんやりとしたシュリーヴの文体で語られる処にも、本作品の魅力があります。
ストーリィは三人称による男性側視点と、一人称による女性側視点により交互に描かれ、さらに31年前の出会いも並行して描かれます。ひとつのストーリイの中に複数の時間帯が流れているような展開も快い。
少年と少女の恋の爽やかさ。31年後にその時の想いを引き継ぐような2人のひたむきさ。その余韻が胸に残ります。

  



新潮クレスト・ブックス

  

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