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7.観覧車の情事

レストランで食事を終え、アーロンが支払いをしているすぐ脇で、ティーダは何とはなしに、レジで売られていた携帯ストラップをいじっていた。
もちろん、ザナルカンドランドのイメージキャラクター『キマリ』のストラップだ。
その小さな『キマリ』人形を手の中でころころ弄びながら、そういえばさっき『キマリ』にはお世話になったな、などと思い出し微笑する。
と、アーロンがひょいっと脇からそのストラップを取り上げ、レジに出した。
「これも一緒に精算してくれ」
ティーダは驚いてアーロンを見上げる。アーロンはチラと視線を返し、
「…欲しかったんじゃないのか?」
「え」
「そんな風に見えた」
やがて包装されて戻ってきたそのストラップを、アーロンはぽん、とティーダの手の中に収めた。
ティーダはそれをしげしげと眺め、少し申し訳なさそうに首を縮める。
「…催促、してるみたいに見えちゃった?」
「お前が悪びれることはなかろう」
アーロンはやれやれと首を振る。
「欲しいのなら、買ってやろうと思った。悪かったか?」
「あ、ううん」
ティーダは慌ててかぶりを振った。
こういうシチュエーションには慣れていなくて、ひどく戸惑う。
「だったら、素直に喜べ」
ティーダはそっと包みからストラップを取り出し、指でつまんで目の前で軽く揺らした。
デフォルメされた『キマリ』人形が、コミカルにこちらを見つめる。
…初めて、だった。
初めてアーロンに、買って貰ったもの。
「…ありがと」
呟くように言って、急に嬉しくなった。
「有り難う、アーロン」
もう一度、今度はアーロンを見上げてそう言うと、ティーダはいそいそと自分の携帯電話を取り出した。
特にストラップの類の付いていない、年齢のわりに地味なその携帯に、買って貰ったばかりのキマリストラップを取り付けて、二三度軽く揺らしてみる。
「へへ」
揺れるストラップとアーロンの顔を交互に見ながら、ティーダは嬉しそうに笑った。
アーロンはゆっくり手を伸ばし、少年の肩を抱いた。


「そろそろパレードが始まるな」
レストランを出てしばらく歩いたところで、アーロンが辺りを見回しながら言った。
「…パレード?」
「ああ。ここのはかなり派手だぞ。人出も並ではない」
ティーダはアーロンを見上げ、しかしまたすぐ下を向きながら困ったようにつま先で地面を蹴った。
「見たい…けど、人混みは嫌だな…」
少年が極端に人混みを嫌うのを、アーロンは知っていた。
以前、興奮したファンにもみくちゃにされたことがあり、それが苦い記憶となっているのだろう。
(あの時は俺が付いていながら、酷い目に遭わせてしまった)
思い返すたび、アーロンの心に苦いものがこみ上げる。
「…ならば、高見の見物といくか」
「え?」
「こっちだ」

手を引かれてティーダが連れてこられたのは、巨大観覧車の前だった。
「すごい。真下から見ると、おっきいなぁ」
夜空にそびえ立つその巨大なサークルを振り仰ぎ、少年は感嘆の声を漏らす。
「…これに乗るの?」
「ああ。ここからならパレードが一望出来る。
…一周するのに30分以上かかるが、構わんな?」
「そんなに?すごい!楽しそう!!」
弾んだ声でそう言い、今度はティーダがアーロンの手を引っ張った。
「早く乗ろう!」


…膝が擦れ逢うくらいに、アーロンが近い。
小さなその箱の中で向かい合って座り、ティーダは少しドキドキした。
ゆっくりゆっくり、地上が遠ざかっていく。
慣れない雰囲気にソワソワしていたティーダだったが、やがてすぐに、眼下に広がっていく景観に夢中になった。
「すごい!いい眺め!」
窓ガラスに両手をついて、身を乗り出す。
「カメラとか…あればよかったなぁ…」
もちろん、初めから観光目的で来たわけでは無かったから、そんな用意があるはずもなく。
ティーダは一生懸命、眼下の景色を記憶に焼き付けようと瞳をこらす。
美しいパレードのライト。装飾の施された馬車や、ダンスを踊る人の列。
徐々に高度が上がるにつれて見えてきた、遊園地の外を走る私鉄の駅。夜の街。
小さな子供のようにそれらをじいっと眺めているティーダを、アーロンは黙って見つめていたが、やがて、
「…もう、取ったらどうだ」
「え?」
何のことかと、ティーダはアーロンを振り返る。
「これを、だ」
と、アーロンは手を伸ばして、ティーダがかぶっていたぶかぶかの帽子をひょいと取り上げた。
次いで少し身を屈めるようにして、両手でそっと少年のサングラスを外す。
「あ…」
その手が少し頬に触れ、ティーダはドキリとした。
その柔らかな髪と、澄んだ蒼い瞳がアーロンの前で露わになる。
「地上から離れた観覧車の上でまで、『Tidus』である必要など、無いだろう?」
…ダメだ、涙が出る。
最近めっきり涙腺の緩いティーダは、アーロンの言葉に、急に目頭が熱くなった。
視界が歪む。きっと今まばたきしたら、涙がこぼれる。
アーロンはそんなティーダの様子を察したのか、ぐいと少年の腕を掴んで引き寄せ、その身体をひょいと自分の膝の上に座らせた。
「…っ」
弾みで、堪えていた涙が、ぽろっとティーダの頬を伝う。
「アーロン…バランス…悪いよ、こっちに二人も座ったら…」
泣き笑いのような声でティーダはアーロンに訴えたが、後ろから抱き締める腕は更に強さを増し、それ以上何も言えなくなってしまった。
やがてことん、とアーロンの胸に頭を預ける。
「…何があった?」
初めて、アーロンが訊いてきた。
「逃げ出さねばならんほど、お前を苦しめているのは何だ」
ティーダは堪らず嗚咽を漏らす。
…話したら。
全部、話したら、アーロンは救ってくれる?
もう戻りたくない。芸能界辞めてアーロンと二人で、どっか小さな街で暮らしたいって…
そう言ったら、アーロンは、オレを救ってくれる?
「…大したこと、無いんだ」
しかし少年の口から出てきた言葉は、極めて軽い口調だった。
「ちょっとだけ、さ、新しいマネージャーと上手くいかなくて、さ。
アーロンが、恋しくなった。
子供みたいなんだ……オレ」
そう言ってティーダは幼い子供のようにアーロンの胸に頬を擦り寄せた。
やっぱり、言えない。
今の状況から救って欲しいなんて、そんな大変なこと、アーロンに頼めない……
「…何を隠している?」
「隠してなんか…」
「お前は嘘は言っていない。…だが、隠し事をしている」
言いながらアーロンは、少年が羽織っていた薄目の上着を後ろからぐいと掴んで引き下ろす。
「…っあ」
肩がはだけ露わになったその細い首筋に、未だ消えない生々しい紅い痕を認め、アーロンはそこに自らの唇を押し付けた。
「ん…」
ティーダは堪らず身じろぐ。
「新しいマネージャーか」
そのまま背中へと舌を這わせながら、アーロンは声を殺して問う。
「お前をこんな身体にしたのは、そいつか」
「大したこと、無いんだよ、ホントに」
ティーダは心持ち息の上がった涙声で、精一杯強がろうとする。
「ちょっとガマンすれば、すぐ、終わるし…」
「……馬鹿が……」
アーロンの手が、袖無しのシャツ一枚になったティーダの胸元に滑り込む。
「ッあ」
「我慢など…するな。俺が、させない……」
そのまま片方の手でティーダの胸の突起をまさぐりながら、もう片方の手でそのズボンを下ろしにかかる。
「…あっ…アーロン…ダ…メ…見え…ちゃうよ…っ」
両隣の観覧車の客を指して言っているのだろう。ティーダは窓の外に視線を這わせ、僅かに抵抗した。
「大丈夫だ」
観覧車内は夜のパレード観覧用に明かりが落とされ薄暗くなっており、目を懲らしでもしない限り、隣から見られる心配は無かった。
「…で、も…っ」
ズボンを脱がせてしまうと、アーロンは膝の上からティーダを下ろして直に座席に座らせ、自分は床に膝をついて少年の腿に舌を這わせた。
そこにも、アーロンの知らない、紅い痕。
「…あ…っ…は…」
与えられる快感に、ティーダの細い脚がガクガク震える。
「何処か遠くで…」
ティーダの中心を口に含みながら、アーロンが囁くように言った。
「あ…ッ……ん…?な…に…」
身を捩ってのけ反りながら、ティーダは先を促す。
「一緒に暮らそう」
涙の溜まった目で、ティーダは自分の脚の間のアーロンを見下ろす。
「……いい、の?」
「いいも何も、俺がそうしたいと思った。お前が嫌でも、無理矢理連れていく」
大粒の涙が、ティーダの頬を伝う。
「行く…オレ、アーロンと、行く…」
「…こっちもな」
そう言って、アーロンはティーダ自身に軽く歯を立てた。
「ば…かぁ…ッ」
放たれた精を口で受け止め、アーロンは両手でティーダの脚をぐい、と高く抱え上げた。
「あ…っ…アーロ…ン…」
幸か不幸か、シーモアによって慣らされた身体は、既にアーロンを欲して小刻みに震えている。
「俺が、欲しいか、ティーダ?」
「う…ん、ほ…しい…っ…は…やく…ぅ…ッ」
グイッと、ティーダを座席に押し付けるようにして、アーロンは少年の身体へのしかかった。
「あん…っ…んッ…アーロン…ッ」
アーロン自身を深々とくわえ込み、ティーダは座席に爪を立てて身を捩る。
「も…っと…動い…てッ」
「好き者め…」
アーロンはそう言って少し人の悪そうな笑みを浮かべ、一旦ズルズルと途中まで引き抜き、またグイッと突き入れる。
「あッ……はぁ…んッ」
激しく―――強く。
求め合う二人には、互い以外の何も、映らなかった。
「アー…ロンの…携帯…鳴ってる…」
「構うことはない……」
そう言って、アーロンは締め付けてくるティーダの内を、更に激しく貫いた。



「アーロン、どうして出ない!?」
アーロンの携帯へ電話をかけていたブラスカは、呼び出し音が10回続いたところで、苛々と人差し指でテーブルを叩いた。
「お父さん?」
見守っていたユウナが心配そうに父の顔をのぞき込む。
「参ったな……」
ブラスカはそれでもまだ数度電話をかけ続けたが、一向に繋がらない。
と、傍の机で警備員室の電話が鳴った。
仕方なく携帯を切り、その電話に出る。
「はい、警備員室」
「こちら入場門ですが…。マスコミが園内に入りましたので、ご報告します」
「…何ですって?」
顔から血の気がひいた。
電話の声は申し訳なさそうに、
「…渋ってはみせたんですけどね、こちらとしても、入場を断る明確な理由がありませんで…」
―――まずいことになった。
「あ、それとですね、エイブスプロダクションの関係者だという方も一緒に入場されてますんで」
そう言って、電話は切れた。
ブラスカは受話器を持ったまま、果たしてどうすべきかと必死に思考を巡らす。
「おとう…さん?」
「行こう、ユウナ」
ブラスカは戸惑うユウナの手を取り、足早に警備員室を出た。
手元の携帯で、休み無くアーロンの番号へかけ続けながら、パレードの人混みを縫うようにして進む。
広い園内に、この人出だ。そう簡単に、アーロン達を探し出せそうも無かった。
しかし、それはマスコミ側にとっても同じはずだ。
どうにか、持ちこたえてくれれば……。
ブラスカが祈るような想いで歩いていくその前を、何人かの男達が、凄まじいスピードで横切った。
「観覧車だ!」
その中の一人が、大声で叫ぶのが聞こえた。
「ちょっと前に観覧車に乗ったって話だ!!」
それに呼応するように、更に何人かが駆け抜ける。
「お父さん、あれ、マスコミ…!」
ユウナがぎゅっと、ブラスカの腕を掴んだ。
観覧車…!
「…よりによってそんな逃げ場の無いところに…」
ブラスカは唇を噛み、ユウナの手を掴んで走り出した。
今はマスコミの後を追うことしか、彼らには出来なかった。



狭い観覧車の中で、二人は繋がったまま、しばらく抱き合っていた。
「…オレ、さ」
アーロンの首に手を回して抱き付きながら、ティーダが口を開いた。
「アーロンと、ちゃんとベッドで、したこと、ない」
少し拗ねたようなその口調に、アーロンは口元を緩める。
「一緒に暮らせば、いつだって出来る」
その言葉が告げた余りにも幸せな未来を感じて、ティーダはもう一度ぎゅっとアーロンの首に抱き付き、自分の胸をアーロンの胸に重ねた。
「―――うん、そう、だな」

服を身につけ、ようやく落ち着いた二人は、アーロンの携帯が再び鳴り出したことに気が付いた。
そういえば先程から間断なく鳴り続けていたような気がする。
「アーロン、いい加減出てあげなきゃ」
ティーダが少しからかうように言うとアーロンは苦笑を返す。
「分かっている」
恐らく仕事関係の電話だ。ブラスカだろうか?
ティーダの身体に夢中で上司からの電話をおろそかにするなど、全く年甲斐のないことだ。
そう思いながら電話に出る。
「はい」
『アーロンか!?やっと繋がった!!』
受話器の向こうで、多少うわずった感のある上司の声が響き、アーロンは怪訝そうに眉を顰めた。
「何か…ありましたか?」
ブラスカが取り乱すなど、ただごとではない。
『今、観覧車の下にいる。…マスコミも…一緒だ』
アーロンは息を呑んだ。
一瞬で今置かれている状況を悟り、言葉を失う。
傍でティーダが、キョンとした無邪気な顔でアーロンを見つめている。
『…やはり、乗っているんだな、これに…』
ブラスカの声のトーンが下がる。
「…はい…。後10分ほどで、下に着きます」
『すまない。私にはもうどうにも出来ない…』
アーロンは一瞬、返す言葉が浮かばず、目を泳がせ窓の外を見た。
…本当に…この人は最後まで、素晴らしい上司だった。
「…とんでもない。貴方には本当に良くして頂いた。…感謝しています」
絞り出すようにそう言い、アーロンは自分がどうすべきか、観覧車を降りたとき、ティーダが最も傷つかずに済む方法は何か、必死で思いを巡らし始めていた。
『何か、考えはあるのか、アーロン?』
「最善の行動を…取るつもりでいます」
そう言って、アーロンは電話を切った。
「何?何の電話?」
ティーダが不思議そうにアーロンの顔をのぞき込む。
「何でもない」
感情があまり顔に出ない自分を、この時ほど有り難いと思った事はない。
「そう?何度も鳴ってたから、急用だと思った」
ティーダはそう言って、無邪気に笑う。
「閉園まで、一緒にいられるよな」
それには答えず、アーロンは手を伸ばし、黙って少年を抱き寄せた。
「何?アーロン…」
ティーダは幸せそうにその胸に顔を埋める。
…抱き締める腕に、力がこもる。
この時、アーロンは既に、自分の取るべき行動を決めていた。
そうすることが、この状況下で、この腕の中の少年を救う唯一の手段だと、そう思った。
(……どうか)
ティーダの髪に唇を押し充てながら、アーロンは願う。

―――どうか俺がいなくても、幸せに、なって欲しい――――


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