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その後、時が経ち、ザナルカンド。 ブラスカやジェクトとの旅が、悲劇的な結末を迎えてしまったなんて、今だに信じられなかった。ジェクトとの最後の約束を守るため、アーロンは今、死んでもここに留まらなければならなかった。
この街は、意味もない飾りが多すぎる。過ぎ行く人々の数の多さに、そしてその無味乾燥な群集にとまどいを隠せなかった。その表情のない人々にまぎれるには、自分自身も表情を消さなくてはならなかった。 彼は、サングラスをかけ感情を隠し、外界と自分を遮断した。歩幅を大きくとり、なるべくここから早く抜け出すようにしようとした。
しかし、行くところはいつでも一つであった。いや、そこ以外は行く場所がなかった。友人の忘れ形見である子の住む家である。 そこしか行く場所がないというのに、今日ばかりは足が素直にそこに向かわない。あの子供がいまごろ一人で泣いているだろうと考えると、すぐに駆けつけてやりたい気もする。
しかし、こんな時は、やはりあれを持って行ったほうがいいだろう。アーロンは、雑多な商店の隅にある花屋を見つけ、そこに入っていった。彼は、時々花を買い、手土産にしているのだった。 彼は、今日の目的の花を店員に包んでもらいながら、店を見回していた。店員の女性は、ピンクのマニキュアをしている。いまさらながら、彼はジェクトに化粧をされた過去を思い出す。
(確かに・・・お前には、とっても面白かったろうよ!)
ここに来るまではあれが女性のする化粧の一種だということは知らなかった。ただでさえ世間知らずな彼は、完全にオヤジのオモチャにされていたわけで・・・こっちの世界に来てからというもの、アーロンは様々なことにおいて、それをつくづく思い知らされて青筋が立たない日はなかった。
アーロンは軽く「フン」と言いながら、左のディスプレイを眺めた。中には、キキョウやホタルブクロの花があった。これらは、ブラスカを思い出させるものであった。実は、旅の最後あたりからは彼の本性にうすうす気づいてはいたのだが、それでもやはり魅力的な人には変わりがなかった。欠点のない人間などいない。重要なのは、ブラスカが彼らしいことであった。 幻光虫がホタルブクロの花弁の中に入ると、幻想的な美しさがあった。この花は死者の魂が鎮まる前に、一時的に休む地点なのだろうと、スピラでは考えられていた。
そして、先ほどからする甘やかな香り。足もと近くの、金属の筒に入れられた花からの香りだった。白い花が重なるように連なった、花弁が肉厚な花。チュベローズ・・・この花はなぜか、ジェクトを彷彿とさせた。花言葉が『危険な快楽』というのもアレで、ぴったりだ。
「リボンの色は、お花と同じでよろしいでしょうか?」
「ああ・・・そうしてくれ。ただし、慎ましい感じにしてくれ。」
店員に話し掛けられ、アーロンは答えた。彼はじきに落ち着いた紺紫のリボンをした小さな花束を受け取り、会計をしてその店を出た。
「さて、ティーダの家に、行くとするか・・・。」
一人で泣いているであろう子供のもとへ、彼は心もち速く歩いていった。
大都会の隅にひっそりとある、共同墓地。アーロンは彼の裾で泣きじゃくる小さなティーダを見ていた。この小さな子は、母を亡くしたばっかりだ。行方不明の父に続き、後を追うようにして母もいなくなってしまっては、泣き虫の子でなくとも泣くのは無理もない。 この子は、これから一人で生きていかねばならないが、それにはまだあまりに小さく、無力すぎる。その力をつけるまで俺がこの子を見守り、護っていく。その実感が、今少しずつ湧いてきていた。
「さあ・・・お前の母さんの、最後の姿を見るぞ・・・。」
二人は、ゆっくりとティーダの母の棺に近づいていった。青白いが、まだ生きているかのような静かな表情を浮かべ、彼女は目を閉じていた。鋭い輝きを持つ透明な石のペンダントが、彼女の首から下がっていた。
ティーダによると彼女は、それを外した日は一日たりともなかったようだ。それはジェクトからのプレゼントなのだと、彼女自身から聞いたことがある。
「こうしてあの人から貰ったものを身に着けていれば、いつかあの人がひょっこり戻ってきてくれて、また会える気がして・・・。」
と言っていた。しかし、彼は戻ってはこなかった。
「ティーダ・・・花を・・・。」
大きな目に涙をいっぱい溜めた少年は、かわいらしく小さく、可憐にそよぐ花束を母の胸に手向けた。重さに耐え切れなくなった涙が彼女の胸に落ち、ペンダントの石が涙をはじいた。 アーロンは、少年を少しだけ自分のほうにひきよせた。すると少年は、ここぞとばかりに声をあげて彼にしがみついてきた。
(きっとお前が・・・彼女に捧げたいのは・・・あの花だろう?ワスレナグサだ。『私を忘れないで』と、いつも叫んでいたお前の言葉は彼女にうまく届いていたか・・・俺にはわからないが・・・、変わらぬ想いで、おまえはいつもそう感じていたはずだ。)
そして彼は顔をあげ、もはや還らぬ女性を見る。
(貴女が異界に行っても、この子を忘れることなどないだろうが・・・忘れないでいてやってくれ、と俺からも願う。)
ちいさく無力な子供は、彼に身を寄せて激しく泣いている。できることなら、泣くことで自分の存在がなくなってしまえばいいと考えているみたいに。
(ジェクトと貴女に誓う。俺は何をおいてもこの子を護る。そして決して、生まれてきたことを後悔するような生き方は、させない。)
土に埋もれていく彼女の棺を見つめながら、彼はそう考えていた。
彼はここで、目を覚ました。
「ああ・・・また眠ってしまったな・・・。」
どうも俺は昔から、不覚にも眠ってしまう時があるらしい。その上最近では、気を抜くとすぐそうなってしまうようだ。この身体を保つのもエネルギーと精神力がいる。自分はこの世の住人ではないという絶望感・孤独感・無力感を抱えながら、生きている人間と同じように振舞う、というのは牢獄に閉じ込められているのと同じなのだ。
俺の・・・限界も近いかもしれない。アーロンは、軽く目を閉じ、そしてゆっくりと目を開く。すると・・・
「あ、アーロン!起きたっスか〜?」
目の前に、夕陽を背にした少年の姿があった。彼は大きなバスケットを抱えて、いつのまにかアーロンのすぐ傍に立っていた。そのバスケットの中には、平原に咲く花々がたくさん入っていた。
「・・・何だ?その花は・・・?」
「あ、これっスかぁ?じつはもう、みんなは飛空挺のほうに戻ってるっスよ。んで、アーロンがなっかなか起きないもんだから、俺がアーロン連れて行く係になったんっス。んで・・・」
「・・・もっと、簡潔にしゃべらんか。」
「・・・うっス。まあとにかくこの花は、いつも飛空挺のみんなにお世話になってるんで、配ろうかと思って。だってオッサン、なかなか起きないんだもん。」
彼はその金髪を風になびかせ、暖かな光に1本1本の髪の毛を光らせていた。今まで親のないこの子を見守って、一生懸命護ってきたが、この子はこんなにも明るく生命力の溢れた子に育っている。
「オッサンには、これがお似合いっすよ。」
手に取ると、花も茎もぱさぱさと乾燥した花だった。ぴらぴらとした花のような部分が、明るい紫色をしている。
「名前はよく知らないっスけど、いつまでも枯れないっス。」
「これは・・・スターチスだ・・・『永遠に変わらず』という意味がある。」
「へぇ・・・アーロンって、何でそんなこと知ってるっスか?」
「もとはといえば、ジェクトが女に花を贈るために知っていたのを聞いたんだ。あのジェクトのほうが、よっぽど似合わんさ。」
永遠に変わらず・・・か。きっとその言葉は、俺がずっとこの子を見守っているからなのかもしれない。何しろ、その執念が並じゃあないから、こうしてこの世界に留まっているのだから。
「そのほかは・・・菜の花、『快活』だな。クロッカス、『青春の喜び』。サルビア、『尊敬』・・・だ。」
「へえ・・・いろんな意味があるっスねぇ。何だか、面白いっス。今まで興味があまりなかったけど、今度から使ってみるっす。
「黄色のチューリップなんか、人に贈るなよ。『望みのない恋』だからな。黄色のバラも同じだ。『嫉妬』や『倦怠』という意味だ。赤いバラなら『熱愛』っていう意味だがな。」
「・・・なんか、ちょっと不気味っスよ・・・いいオヤジが・・・。」
「・・・悪かったな・・・。」
「ま〜た、拗ねてるっスね?悪かったよ、言い過ぎたっスよぉ。」
そしてお互いが顔を見合わせると、少しばつが悪そうに笑いあった。
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