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「お前には、この花が似合うだろう。」
アーロンが選んだのは、大きく元気に咲く、大輪の黄色い花。
「ヒマワリ・・・という名だ。その名の通り、いつでも太陽に顔を向けて花を咲かせる。自分の身体で懸命に、あふれる光を全身で受け止めようとする。そんな花の言葉は『光輝』と『私はあなただけを見つめる』だ。」
その花は、若くとも懸命に生きるティーダにぴったりであった。
「へえー、なんかカワイイ花っスねぇ。」
ティーダは何だかうきうきしながら言う。彼は、アーロンを覗き込むような格好で、その明るい黄色の花を指先でなぞっていた。茎を支えているアーロンの無骨な指に、触るつもりもないのに触ってしまって、少年は一瞬ハッ、とする。でも動揺なんてしていない、とばかりに様子を普通にとりつくろった。
「・・・どうした?」
「なんでもないっス。それより、ちょっと傍に座ってもいいっスか?」
「ははは!珍しいもんだな!!」
ティーダは、快活に飛び跳ねるように、アーロンの傍に座る。小さな頃は毎日のようにこうしていたが、気がつけばもう、しばらく二人でじっくりと話したことなんてなかった。
「今日のアーロンって、なんか結構意外だなよあ。」
「どこらへんがだ・・・?」
「・・・うーん、こういうことは・・・口ではうまく言えないっス・・・。」
「堅物なオヤジだとばかり思っていたのに、結構遊びまわってたんじゃあないか、と思った・・・なんてところか?」
ティーダは、「図星!」といわんばかりに舌をぺろっと出した。二人は、こらえきれなくなって笑った。といっても、爆笑というよりは、照れ隠しのようなくすくす笑いだ。
「アーロン・・・。」
「ん・・・?何だ?」
「アーロンって、好きな女の人とかいなかったんスか?」
いきなりこう聞かれ、アーロンは思わず咳き込む。なにも驚いてむせるほどの質問ではないはずだが、まだまだガキんちょだと思っていた子からいきなり言われると、何となく気まずいのだ。
「・・・好きな女でも、できたのか・・・?」
「ん・・・好きと言えばそうだし・・・でも、自分でもよくわからない・・・。」
「ユウナの、ことか?」
「うん。でも、ちょっと・・・。」
「ちょっと・・・何だ?」
ここで、ティーダはちょっと言いよどむ。その目は急にふっ、と寂しげになり、遠くの地平線を見つめ出す。そのまま、すっ、と立ち上がり夕陽を見つめている。アーロンもティーダに合わせ、そっと立ち上がる。
「俺って・・・夢の世界の・・・住人なんだよな。この旅を終わらす・・・てことは、俺も、いなくなるんだ。俺一体・・・何のために生まれてきたのかな?俺、まだまだ生きたい!だって花はあんなに綺麗だ。あの夕陽だって、青空だって月だって星だって虹だって・・・みんな綺麗だ!!」
彼は、やわらかな金髪を振り乱すような動作をする。その細い金糸たちは、夕陽に照らされ、ひとつひとつが輝いていた。
「俺・・・もっとみんなと一緒にいたいんだ!あたりまえのように人を好きになって、あたりまえのように笑いあって・・・あたりまえのように、ブリッツボールをやっていて・・・なあ、アーロン!俺そんなこともできないまま・・・消えちゃうのかよ!!」
アーロンは、彼の言葉を黙って聞いている。
「ははっ・・・ユウナは、すごいよな。俺と同じ年なのに・・・なのに世界を救おうなんて・・・俺は、弱い人間っス。この前までユウナを救う、なんて言ってたのに、いざ自分のこととなると足がすくむんだ・・・。」
アーロンは、ティーダのすぐ後ろに立つ。そしてそのまま、ティーダの首や胸にゆるく両手をまわす。そして額を彼の頭に軽く触れさせた。
「泣き虫なのは、昔から変わらんな・・・。」
「・・・っんだよ!泣いてねぇよ。」
「甘えん坊なところも・・・結局ずっと変わってないな。」
ティーダは結局、ぼろぼろと涙を流して泣き始めた。
アーロンは、長い間そんなティーダを後ろから抱きしめていた。そんな彼自身の胸に去来するのは、昔の自分だ。そして二人の友のことだ。
・・・人間はどうして、「悲しい」という感情など持って生まれてきたのか。ただ生まれて、死ぬだけでいいのではないか・・・そんな何万回も考えてきたことが、彼自身の心によぎる。
「お前はさっき・・・いろんなものが美しいと言ったな。その目で、その美しいものをたくさん見ておけ。今でき得るだけ、あがけ。自分が何も残せなくても・・・何も変えられなくとも、お前は今生きているんだ。」
俺のようには、なってほしくないんだ・・・その言葉だけは、アーロンの口から出ることはなかった。その言葉を出してしまえば、自分の言葉が軽い嘘のように、吹き飛んでしまうように思えたからだった。
「アーロン・・・ごめ・・・あんた・・・だって・・・辛かっ・・・。でも、こんな・・・言えるのは・・・いなく・・・て」
「言葉に・・・なってないぞ。」
ティーダはアーロンのほうに振り向き、その首にがむしゃらにしがみついた。その手を離したら、もう二度と会うこともできなくなるかのように。ティーダの右手は自分の左手をかきむしって、血の気が引いて白くなった部分と、痕になって残ってしまうだろう赤い部分とに分かれていた。まるで、誰も踏んだことのない雪の上に、静かに鮮血色のボタンの花が落ちているように。
アーロンは、その固くなった指を解かせてやりたかった。ティーダは思いやりがあり気丈なほうだが、まだ17だ。それに、感情の密度が人より濃い。今は人一倍やけつくような痛みに晒されているだろう。このままでは、自分で自分を壊してしまいかねない。
アーロンは、ティーダの顔を両手で包み込んだ。ティーダはそれにハッとして、固くなった指を自分ではほどけぬまま、少しだけ身を離し、アーロンの顔を見据える。
「辛いだろう・・・だから今は何も考えるな。何もかも、明日になってから考えろ。何もかもだ、いいな。」
そんなことを言われても、ティーダは考えることをやめることはできない。アーロンはそれを感じ取ると、いきなりティーダに顔を近づける。そのまま二人の距離が縮まると、二人の唇が重なった。
ティーダは最初少し抵抗する気配を見せたが、もはやそんな気力もなく、すぐに力が抜けてきた。あんなに固く結んでいた手も自然とほころび、長い接吻のうちに自然と手がアーロンの背中を抱きしめていた。ティーダは泣きながら、懸命にそれに応えていた・・・。
「あら、アーロンさん。ティーダはどうしたんですか?」
ルールーが、飛空挺に戻ってきたアーロンに尋ねる。他の皆は、リンさんのお願いにより、飛空挺にいるアルベド人たちに言葉を教えているところだ。ルールーは帰りの遅い二人が気になって、一人廊下に出ていたところ、ちょうどアーロンに会ったのだ。
「途中、モンスターに襲われた。俺の不覚で、ティーダが気絶してしまったんで、あのまま寝かせてやりたい。」
「そうですか・・・心配ですね。気絶するのは時には危ないですからね。」
「ああ・・・これは俺のミスだから、今夜は俺がティーダの看病をするさ。」
「わかりました。それではお願いします。」
アーロンは、ティーダの部屋のドアをそっと開ける。見ると、精神的に激しく疲れたためか、涙の痕が完全に乾かぬまま寝息をたてて眠っている。しかしその表情は、先ほどまでの絶望の表情ではなく、落ち着いたものとなっていた。
アーロンは、ベッドの端に腰掛けながら、ティーダの額に冷えたタオルを乗せる。今まで、孤独だった子供。誰にも共有できない辛さを抱え、限界まで走ってくるしかなかった子供。今は、まだ歩けもしない。けれどきっと、明日からはまた元気に走っていくだろう。この子は、強い子に育ったからだ。
俺の人生は辛くないものではなかった。しかし俺には、あの二人がいた。
俺があの二人から受けたかけがいのないものに比べれば、この十年間の苦労は苦労ではなかったと・・・今では、考えている。
これからは・・・俺がこの子に何かを与えてやりたい。
俺は・・・感謝する。あの二人に、そしてお前に。人間が孤独なものだというのならば、せめて今は、寄り添っていようではないか。
アーロンは、昔の旅と同じような明るい月光に照らされた部屋の中を歩いた。そしてティーダの枕もとの机に置いてあった花瓶に、ある花を挿した。
いつまでも・・・見つめているよ。
太陽のような、大輪のヒマワリの花を・・・。
(おわり) |