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花ノコトバ」3   

そして、しばしの時が経ち・・・。

目が覚めると、思いの外、周りが暗くなっていた。

 

 (ああ・・・だいぶ寝過ごしてしまったな・・・。)

 さすがにそろそろ起きるか・・・と、彼はベッドに上半身を起こし、左足を床に下ろす。

 とたんに、足の下で何かを踏む感触。そして、微かな甘い匂い。彼はぴくりと反応し、一瞬身を固くしたが、すぐに足の下にあるものが植物だということだけはわかった。

 

 (何だ?油断は・・・ならないな。毒性のあるものでも投げ込まれたか・・・?)

 

 花束に毒を仕込んで人を殺す、という物語を読んだことがある。菫の花束を恋人から受け取った女が、花の香りをかいで死んでしまうのだ。相手の男に心を寄せるもう一人の女が仕組んだ悲劇。

 

 それと同じように、何か変なものでも仕込まれている可能性がある。

 世界を救うために旅を続けている召還士一行が命を狙われる筋合いはないが、そうと知らない物盗りならやりかねない。

 

 ブラスカ様が、心配だ。

 彼は、神経を研ぎ澄ませ、剣の柄を握る。だが、部屋に人の気配はない。彼は手元にあるランタンに火種を入れて、それを掲げ挙げた。

 

 「・・・?・・・」

 

 彼は、驚いて目を開く。部屋の中には、様々な植物がちりばめられていた。ランタンの火の色でオレンジ色に染まったそれらは、様々な、花。

 

 よく見ればそれは、色も種類もとりどりな花たちであった。自分の周りに配された、敵意があるとも思えぬ可憐なものたち。アーロンはそれを見て、しばらく呆然としていたが、やがてこれがどういうことが思い至ると、つかつかとドアに近づく。そして、ドアを勢いよく開き・・・。

 同時に、ドアの外から自分の顔に向かって、色とりどりの何かが飛び込んできた。

 

 「うわっぷ!!」

 

 アーロンは一瞬目を閉じ、自分の髪に張り付いたそれを指で取った。目を開いて見ればそれは、真紅のバラの花びらであった。そこに飛び込んできた、傍若無人ないつもの声。

 

 「よおー!やっぱり花が似合うじゃねえか、アロちゃーん!!」

 

 ああ、やっぱり。

 

 「この悪戯は、やはりお前かジェクト・・・。」

 

 ドアの外に立っていたのは、相も変わらずいつものにやにや笑いを浮かべた獣のように逞しい男であった。

 

 「悪戯とは、人聞きが悪ぃじゃねーか?」

 

 彼は、いつものようにずかずかと部屋に入ってくる。

 

 「一体、何だって言うんだこれは!!」

 

 「ま・・・ま、そう怒るなって。確かに、悪戯心は起こしたけどよ・・・怒ることはねえじゃねえかよ。お前だって、花は嫌いじゃねえんだろ?」

 

 花は嫌いじゃないが、悪趣味な冗談は嫌いだ・・・アーロンはそう言いたかったが、ぶすっとして黙っていた。

 

 「だから怒んなってよー。せっかくのプレゼントだってのによー。」

 

 ジェクトは言った。いつものことながら、どうやら悪気はないらしい。とはいっても、だからこそ始末が悪いんだが。

 

 「賊でも・・・入ったかと思ってな。ブラスカ様が心配になった。」

 

 「ああ・・・んなわきゃねーだろー?花だぞ、花。この世界では、賊もこんなもん使うのかよー?大体、オメーに気配を悟られずに部屋に入れるのなんてそういやしねえよ。それに、ブー様は、俺が摘んできた花を受け取ってご満悦だぜ?」

 

 一気にまくしたてられて話の接ぎ穂がない。それに、ブラスカ様が無事だと言われ、彼はやっと安心した。

 

 「ま・・・、ご無事・・・か。」

 

 軽くそう呟くと、ジェクトに怒るのもばからしくなってきた。彼はベッドに背をもたれて床に座り込んだ。

 

 「どうしても花の似合わない男が、持ってくるなどと普通は考えん。」

 

 アーロンは苦笑をしつつジェクトに答えた。どうも自分は心配性で、過剰に反応しすぎるきらいがある。こんなことでぴりぴりするのも大人気がなかったと、やっと心の余裕が出てきた。

 

 「ザナルカンドでは、不機嫌な女には花を贈る習慣があってな。」

 

 「・・・おれは、女か・・・。」

 

 アーロンは、くっくっと笑う。この男がすることは、いつも意外の連続だった。その大概は怒りの対象だが、時に興味深いこともしてくれる。

 

 「2・3日前、ブー様が花の名前をどっかの言葉で言ったろう?」

 

 「ああ・・・。」

 

 「あれは、ザナルカンドの言葉なんだぜ。」

 

 意外な言葉に、アーロンはジェクトに問い掛ける。

 

 「だってあれは、アルベドにある古文書の中の言葉だろう?」

 

 「そう・・・らしいよな。でも、思い出させるんだよな。あれは、俺の故郷の習慣だって。花が意味を持つことまでそっくり同じだ。ザナルカンドってとこには花は少ないんだが、だからこそ人にそれを贈る習慣が発達したんだ。」

 

 ジェクトはそこで少しの間部屋を歩き回ると、いくつかの花を持ってアーロンの傍にとすんと腰をおろした。その中から華やかな、まるでエネルギーそのものを噴出しているような花びらを持つ二つの花を手に取ると、

 

 「例えば、好きな女にはカンナやサルビアだ。『情熱』とか『燃える思い』って意味だ。赤っていう色自体がそういうイメージなのかもな。」

 

と言う。こいつは時々、なかなかに面白いことを言う。

 

彼が次に手にしたのは、スカートを広げて踊り、回っている少女のような、黄色の花。

 

 「俺様はもてたからな。花を贈ることはけっこう多くやってたんだぞ。ダンスパーティーの時は、オンシジウムだ。『私と踊って』と言う意味があんだぜぇ。もちろん、おれの希望を断る女なんていなかったぜ。」

 

 「ははは・・・ずいぶんな自信だな。その割にはたくさんの女に花を贈ってた、

って言うんだから、おまえのその性格でだめになったのも多いんだろ?」

 

 「・・・生意気なこと、言うじゃねーか。堅物のくせに。」

 

 ジェクトはいくつかの花を手に取る。

 

「叶わぬ想い・・・ってのも、なかなか粋なもんだぜ。ずうっと昔、子供の頃、綺麗な女に白バラを贈ったことがある。『私はあなたにふさわしい』ってな。・・・結局、贈り返されたのはスイセンだった。」

 

「それで、意味は、何だったんだ?」

 

「・・・それがな・・・『うぬぼれ』だってよ・・・。」

 

 アーロンは、声をあげて大きく笑った。全く・・・この男は今までなかなかに楽しい人生を歩んできたに違いない!

 

 「笑うなよぉ!俺様がこのことを話したのは、これが初めてなんだぞ!ありがたく思えっつーの!」

 

 「押しつけがましいぞ、ジェクト!」

 

 次にジェクトが手にしたのは、瑞々しい花弁を持った花。花びらが下にたれ下がっている様子がとてもかわいらしい。

 

 「お前、知ってっか?ザナルカンドでは、ブリッツボールの試合をする前に、選手や観客が勝利を祝って身体をキャンバスにして、いろんな絵を描くんだ。ペインティング、って言うんだぜ?」

 

 そういえば、こいつは時々、頬や胸にわけのわからない紋様を書いている。あれは、勝利祈願のおまじないだったのか。

 

 「お前にも、少し書いてやるよ。」

 

 ジェクトは、手の中で赤い花の花弁だけをちぎり、しばらく汁を出すようにもんでいた。ジェクトの手は、淡くピンクに染まっている。

 

 「おい、手ぇ出せや。」

 

 ジェクトはアーロンに言う。アーロンは特に疑いもなく、右手を差し出す。するとジェクトは、差し出された指先の爪に、その淡い色を乗せていく。

 

 「・・・爪に、色をつけるものなのか・・・?」

 

 「ああ・・・この花はホウセンカ、て言う名だ。種を弾いて飛ばす性質があってよ、触れるとすぐに弾ける。『私に触れないで』ていう意味はそこから来てるんだ。おい、次は左手だ。」

 

 「けっこうきれいに、染まるもんなんだな。」

 

 「おうよ。まあだから・・・そうそう、魔除けになるわけだ。もっとも、これは洗うとすぐ落ちちまうから、気分だよ気分。明日からも、旅をガンバローぜ。・・・よし、これで終わり、っと。」

 

 アーロンの両手の爪は、淡い桃色に綺麗に染まっていた。

 

 「なんだか・・・面白いもんだな。こうして見ると。」

 

 ジェクトは、なぜかさっきからニヤニヤとしている。それはいつものことだが、なんだかいやな予感がする。何か企んでいるような、そんな気配だ。ジェクトが喜ぶことで役に立つことは、ほぼ皆無だからだ。

 

「何を・・・企んでるんだ?ジェクト?」

 

 「人聞きが悪ぃな。ただ俺は、お前が面白い奴だ、って思ってるだけだ。」

 

 「面白い・・・?いつも俺のことを堅物と言ってるくせにか?」

 

 「ああ。ひっじょーに面白い。」

 

 ジェクトは、問いかけるアーロンの目を見つめながら答えていたが、いきなり仕上げとばかりに、桃色をその無骨な指に乗せてアーロンの唇を撫ぜた。

 

 「可愛く仕上がったぜ、アロちゃん!」

 

 アーロンは、何がなんだかよくわからないうちにジェクトが自分に唇を重ねてきたのを感じた。しかも何か味わうように、上唇をついばまれている。

 

 ・・・・・・・・・しばしの、沈黙・・・・・・・・・

 

 「ジェクト・・・!!」  「んー?」

 

 「お前、ちょっと反省の気持ちがあるかと思えば!殺すー!」

 

 「だから、ちょっとした冗談だってー!」

 

 その夜も、宿屋は大騒ぎにならざるを得なかった。当然、また宿屋から賠償金を請求され、旅はますます赤貧になっていったのだった。


 


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