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13.混乱、そして…

ステージから降りたティーダに、記者達が一斉に駆け寄った。
それに便乗するように、ステージ近くにいたファン達も、どっとこちらに押し寄せる。
前方に見えていたアーロンの姿は、もはや人垣に隠れて消えていた。
(…アーロン…)
我も我も、と押し寄せる人々に、足がすくみそうになるのをティーダは必死で堪えていた。
人混みは、嫌いだった。
自分の居場所がなくなるような気がして、怖かった。
抗えない向かい風に晒されているような気がして、息が詰まった。
でも…。
ティーダは俯いてぎゅっと目を閉じる。
この混乱に乗じて、アーロンがここから逃げてくれれば。
彼を救うためならば、これくらい我慢できる。
「『Tidus』くん、やっぱりまだ好きなんじゃないの!?」
どこからか、棘のある声。
ティーダは俯いたまま、力無く首を横に振る。
誰かに髪を引っ張られた。
もはやティーダは、人並みに揉まれて身動きが取れない。

―――アーロン。
ネクタイ、して来てくれたの、嬉しかった。
コンサート、始めから見ててくれたの?
……だったらもっと、頑張ったのにな……。

胸の奥に、恋する想いが溢れて、消えた。

痛かった。引っ張られた髪も、心も。
痛くて痛くて――――泣きそう……

――――と。
「!?」
不意に脇から伸びてきた手に強く腕を掴まれ、ティーダはビクッと身を震わせた。
「な、に……!?」
そのまま抱きかかえられるようにして、人混みから連れ出される。
すぐ傍の階段を上がり、ティーダは再び舞台上の人となった。
その余りの素早さに記者達も咄嗟に動けず、ただじっと、ステージに上った二つの人影を凝視する。
ティーダはじっと俯いていた。
顔を見なくても、後ろから自分を支えるように抱くその人物が誰なのか、彼にはすぐに分かった。
「お前は本当に―――無茶ばかりする」
耳元で囁かれたその声に、気張って強ばっていた身体から、急速に力が抜けていく。
「ふ…う……ッ…」
堪えきれずに、喉の奥から泣き声が漏れた。
逃げて欲しかったのに……何でこんなことしてるの?
ねえアーロン、何で?
「無事で、良かった……」
アーロンはぎゅっと、後ろからティーダを抱き締める。そこは、ステージの上だというのに。
みんなが、見ているのに。
ティーダは震える手で抗おうとしたが、力強いアーロンの腕はびくともしない。
「――お前にばかり、辛い思いはさせない」
そう小さく囁くと、アーロンは震えて泣き続ける少年を胸に抱いたまま、きっ、と目を上げ、会場を睨むように見渡した。
「ティーダを愛している」
しん、と静まり返っていた会場に、その低い声が凛と響く。
「愛している……」
抱き締める腕に、力が籠もった。
「ッぅ……」
ティーダは堪らずしゃくり上げる。

――――アーロン。

少年の胸に、アーロンへの想いが溢れ出した。
短かったけれど、2人で過ごした時間。
送り迎えの車の中で交わした言葉。
いつもスタジオの隅で見守ってくれていた。
素っ気なく見える態度でも、何より優しかった瞳。

アーロン―――アーロン

「も…、オレ……嘘、つけないよ…」
嗚咽混じりに、ティーダは口を開く。ぼろぼろと涙が零れた。
「嘘なんか、つけない、よぉ………
アーロンのこと、好き………好き……!」
ティーダは夢中で身体をアーロンの方に向け、彼の胸に、むしゃぶりつくように顔を埋めた。
ステージの上なのに。オレの、仕事場なのに。
こんなこときっと、絶対許されないのに………!
――――でももう、止まんない。
これ以上嘘をついたら、心が壊れてしまう……
「素直に、なったな」
愛おしげに少年の身体を抱き、アーロンは子供をあやすように何度かその背を軽く叩いた。
「それでいい……」
やがて彼は目を上げ、再び会場に向き直る。
「書くなら、好きに書けばいいさ」
記者達を威嚇するようなその態度は、観覧車前広場でのあの時を思わせたが、
それと決定的に異なっていたのは、今、彼の胸の内がどこまでも深く澄み渡っていたことだ。
「これが、俺とティーダの真実だ」

会場は、しん、と静まり返っている。物音一つ、聞こえない。
ティーダはその静寂が怖くて、ぎゅっとアーロンにしがみついた。



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