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最終話 「結末」 しばらく、動き出すことを躊躇う空間がそこにあった。 会場が一体となって、物語の最高潮に魅入っているかのような。 ティーダには、アーロンの胸から顔を上げる勇気が無かった。 ―――なぁ、アーロン。 もう、ダメかな?オレ、タレント活動、もう出来なくなっちゃうかな? そしたら、しばらくアーロンに養ってもらわなくちゃならなくなるなぁ。 でも心配しないで。オレ、ちゃんとバイトはするからさ、生活費の足しにしてくれよな…… これからのことが漫然と、ティーダの脳裏を巡る。 ―――だからこの手を離さないで。 ぽろぽろ、と、涙を落とすティーダの肩を、アーロンの腕がきつく抱き締める。 大丈夫だ、と。 その腕の温もり全てで、彼はティーダを愛し、守る。 もう、独りになど、しない。 世間から何を言われても、何が起ころうとも、もうティーダをたったひとり、ステージの上に置き去りになどしない。 今日のコンサートの一部始終を見て、感じたこと。 ティーダのあんな姿は、もう見たくはない。 俺がいる。俺が守る。 だからどうか、その羽根を伸ばして。 笑顔であって欲しい。 あの夜手を繋いで歩いた、17歳の笑顔で。 ――――ややあって。 パチパチ…と、小さな拍手の音が会場に響き渡った。 舞台袖のジェクトと、警備員のブラスカ、そして、会場の片隅で立ち上がった一人の少女―――ユウナが、ほぼ3人同時に手を叩いていた。 3人だけの小さな拍手が、静まり返った会場内に絶えることなく続いていく。 やがて拍手の波は、徐々に会場内に広がりを見せ始めた。 自分とアーロンとを包み込む拍手喝采に、ティーダは驚いて、眩しげに目を上げた。 「………?」 「見ろ。皆、祝福してくれている」 そう囁いたアーロンの顔を見上げ、それからゆっくり、少年は会場に目をやった。 「『Tidus』、ホントのこと言ってくれて、有り難う!!」 「苦しかったんだね、でももう、大丈夫だからね!!」 「私達が付いてるから!!」 ファン達から、次々に声援が投げかけられる。 舞台正面に陣取っていた記者達も、もはやつられたように、拍手の波に参加していた。 「皆、良く分かってんじゃねぇか」 いつの間にか舞台上に上がって来ていたジェクトが、マイクを片手に会場内へ言葉を投げかける。 「アイドル交際禁止なんざ、もう古いんだ。ウチの事務所は、そこんとこオープンなんだぜ? 『Tidus』の交際は、何しろこのオレが許してるんだからな!ヨロシクっ!」 更に大きな拍手が、会場に溢れる。 「ウチの社長って……ああいうの得意だよなぁ……」 舞台袖にいたルッツが、ぼそりと呟いた。 会場内にはカメラマン・ワッカも来ていて、今までひっそりとコンサート風景の撮影を行っていたのだが、彼はここぞとばかりにカメラをステージ上の『Tidus』に向けた。 ―――もう間もなく、最高の『Tidus』が撮れそうだ。 実は彼は、ここ最近の『Tidus』の写真に得心がいっておらず、写真集の〆切間際の今、何とか良い画が撮れないかと、日々頭を悩ませていたのだ。 『Tidus』が舞台上で告白を始め、記者やカメラマン達が一斉に舞台前に集結した時も、彼だけは持ち場を離れずカメラに手を伸ばそうともしなかったが、ここに来て、ワッカは初めて、自分がシャッタを切るべき最高の瞬間に巡り会えた、と感じていた。 舞台上のティーダは、再びアーロンを見上げた。 男はサングラス越しに穏やかにティーダを見つめ返し、静かに口を開いた。 「ティーダと『Tidus』は、もう別々でなくて良いんだ」 「アーロンのこと好きな『tidus』も、存在していいの?」 少年の問いに、アーロンはゆっくりと肯く。 「皆がそう言ってくれている」 初めて、ティーダは笑顔になった。目の端から、残りの涙が光って零れ落ちた。 「いい顔だ」 ワッカは微笑し、シャッタを切った。 その夜。 ティーダはアーロンに、都内にある一軒の家に連れていかれた。 小さな庭がついている、小綺麗な一軒家。 家の中に招き入れられ、ティーダはぱちぱちとまばたきを繰り返した。 「―――どうだ?一軒家にしては少し狭いが――――まあ子供もできんしな、丁度良いだろう」 「ここ、アーロンの、家?」 アーロンは僅かに頬を緩める。 「それ以外の何だと?」 「―――高かったんじゃないの?」 少年は心配顔だ。 「まあそこそこな。ローンで買った」 「オレ――――出そうか?」 アーロンはそっと、ティーダの髪に触れる。 「お前なら、一ヶ月で稼げる額だろうな。―――だが」 少年を抱き寄せながら、彼は続ける。 「全て俺が払う。お前の為に買った家だ。安月給でも、ちゃんと払ってみせるさ」 「アーロン…今、何の仕事してるの?」 それには答えず、アーロンはティーダの唇を自らのそれで塞いだ。 「ん……」 少年が微かに漏らした甘い声に煽られ、アーロンは更に深く、舌を絡める。 「ふぅ……ん…ッ」 アーロンの首に腕を回してぎゅうっとしがみつくようにしていたティーダは、やがてカクン、と膝を折った。 「どうした?これだけでもう腰砕けか?」 少し笑いを含んだ声が耳元で聞こえたが、ティーダは恥じらう様子も見せず、素直に肯く。 「アーロン、しよ」 アーロンは自分に抱き付いてくる少年の小さな身体を大切そうに抱き締めた。 「ベッドで、な」 そう言うと、彼はヒョイっとティーダを抱え上げ、真新しいベッドの置いてある寝室へと運んで行った。 柔らかいシーツの感触が背中に伝わる。 ベッドに横たえられ、アーロンによって半分服を脱がされた形になったティーダは、ふよふよした不思議な感覚の中にいた。 裸の背中に伝わるシーツの質感が妙に扇情的で、先程のキスで程良い興奮状態にあったティーダの欲望を更に煽る。 やがてアーロンの舌が胸の敏感な部分に下りてきて、ティーダの身体はビクン、と跳ね上がった。 「あ……っ……そこ……っ」 「いいのか?」 「う…ん、うん……っ」 アーロンは尚も執拗に同じ部分を舌で嬲り続けながら、少年の下腹部にも手を這わせる。 全身の感覚がアーロンから与えられる快感に向かっていくようで、ティーダは堪らず、僅かに腰を振った。 「あ…ッ……ん」 先走りの液で濡れそぼった指先を少年の双丘へと滑り込ませると、そこはすんなりと、二本の指をくわえ込む。 「ひぁ……ッ…ぁ…」 「久々だからな……今日は、少し激しいぞ」 そう言い放ち、ぐちゅぐちゅ…と粘着質の音をたてながら、アーロンは巧みに指を動かし、そこを掻き回す。 「んぁ……ッ…あッ……い…い……っ……もっ…と、激しくして……ッ」 ベッドの上だということの開放感から、ティーダは激しく身を捩り、これ以上無い程乱れた。 アーロンは激しく抜き差しを繰り返す。 「や……ッ……アーロ…ン……も……欲し……」 哀願するティーダの、熱にうかされたような表情に誘われるまま、アーロンは少年の足を抱え上げ、精液で奥まで濡れたその部分に、ズッ、と押し入った。 「あ…ッ…あッ!」 ティーダの内壁が、きつくきつく、アーロンを締め付ける。 「感じているな?」 覆い被さるようにして囁いたアーロンの言葉に、ティーダは自分も激しく腰を振って応えた。 「う…ッん…いい…ッ…キモチ……いいよぉ……ッ」 そのまま貪るようにアーロンの唇を求める。 アーロンはぐい、とティーダの身体を抱き起こした。 「あ…あッ…!」 繋がった部分が卑猥な音を立て、擦れ逢うその快感に、ティーダは我を忘れて甘い喘ぎを漏らす。 そのままぎゅっとアーロンの首に腕を回し、ティーダは腰を振り続けた。 既に少年は、何度も達していた。 「今日は随分と積極的だな」 自分も絶えずティーダに快感を与えてやりながら、アーロンが囁く。 「…は…ッぁ……ッ…わ…るいかよッ」 「いや。もっと顔を見せてくれ……」 そう言って、アーロンはティーダの頬に唇を寄せた。 その夜は二人とも、明け方まで眠ることは無かった。 翌日、『Tidus』の移籍記念コンサートの様子は、新聞やTVで大きく報道された。 もはや移籍記念などではなく、事実上、熱愛発覚イベントとなってしまった訳だが、どのメディアも、アイドルとマネージャーの切ない恋物語として、好意的に報道していた。 恐らく、ティーダとアーロンの迫真の告白が効いたのだろう。 ジェクトが報道陣に対してかなり目を光らせたことも、それなりに影響力があったようだった。 もちろん、この報道にガッカリして離れたファンも少なからず存在したが、それも些細なことだった。 『Tidus』には既に、実力派タレントとしての不動の人気が形成され始めていたのだ。 その日社長室に呼び出されたティーダは、ほんの少し不機嫌なジェクトに出迎えられた。 「恋人の家から通勤とは、大胆じゃねぇか」 ティーダは頬を染めて俯く。 「あのさ、親父……」 ティーダが何か言おうとするのを、ジェクトは手で遮り、 「言いたいこたぁ分かってる。あいつと、一緒に暮らしたいんだろ?」 「うん……」 少年はばつが悪そうに肯く。 「いいぜ、暮らせよ」 ティーダはパッと顔を上げた。 「いいの!?」 さも嬉しそうなその顔に、ジェクトは少し顔をしかめながら続ける。 「そのかわり、俺から資金援助は一切しねぇからな。 あいつの安月給とお前の稼ぎでやってけよ」 「当ったり前!親父の援助なんか必要ないって!」 ぴょん、と飛び跳ねんばかりの勢いで、ティーダは胸を張った。 そんなティーダが、アーロン宅のダブルベッドが実はジェクトが贈ったものであったということを知るのは、もっとずっと後の話。 やがてティーダはふと、真顔になった。 「そういえばさ…。アーロンて、やっぱそんなに安月給なの?どんな仕事してんだろ?」 心配顔の息子を、ジェクトはニヤニヤと見つめていたが、 「教えてやろうか?」 「えっ?親父、知ってんの?」 「まあな」 そう言って、ジェクトは近くの扉に向かって軽く手を挙げた。 「紹介するぜ。お前の、新しいマネージャーだ」 (………え?) ティーダは目をしばたたかせ、ジェクトが示した扉を凝視した。 ドクン、と、我知らず胸が高鳴る。 ―――だって、そんな、まさか………… 果たして、扉の向こうから現れたスーツ姿の男は―――― 「アーロン……」 ティーダは呆然とその姿を見つめる。 アーロンは口元に微笑を浮かべてティーダを見つめ返した。 「社長のコネでな、今日からお前のマネージャーに就くことに決まった。よろしく頼む」 「そんな…だって、アーロンそんなこと一言も―――」 事態が飲み込めず、ティーダは酷く混乱していた。 だってアーロン、今朝、ルッツとガッタが迎えに来てオレが出掛けて行くのを、玄関で黙って見送ってたじゃん!? アーロンは尚も微笑を絶やさない。彼にこういったことは珍しく、余程この状況を楽しんでいるようだった。 「驚かそうと思っていたのだが。少々悪ノリし過ぎたか」 脇でジェクトもニヤニヤと肯く。 「ま、そーゆうことだ」 ティーダは半眼で二人の男を睨んだ。 「二人して……最悪のオヤジコンビっスね!!」 かくして、『Tidus』はマネージャー・アーロンと「再会」した。 早速、本日最初の仕事に向かうため、ティーダはアーロンと二人、事務所の駐車場へと向かった。 そこに見覚えのある黒塗りの国産車が停めてあるのを見つけ、ティーダは笑顔になる。 「また、これで移動するんだ」 「ボロ車で悪かったな」 「誰もそんなこと言ってないッス」 ころころと笑いながら、ティーダは助手席に乗り込む。 続いて運転席に座ったアーロンをちらりと見て、 「アーロン、またネクタイ買ってあげるね」 今日もまた、アーロンはあの黒いネクタイを締めていた。 「別に必要ない。これ一本で充分だ」 アーロンは言いながらエンジンをかける。 「だってさ、やっぱ、たまには違うネクタイしないと、ちょっとヘン。一応、天下のスピラプロのマネージャーなんだしさぁ」 そう言って、ティーダはしばらく頬に手を当てて何やら考えている様子だったが、やがて手を打って肯いた。 「じゃあ、オレ、アーロンとのH・20回記念日に、ネクタイプレゼントする♪」 「……ほう。それは17日後になるわけか?」 「そうだなぁ。忙しくて1日2回はできないもんね」 幸せだった。ふわふわした楽しい気持ちになって……。 ティーダはやがて車の中で眠りに落ちた。 温かくて優しい眠りだった。 数日後。 『Tidus』の初写真集『Soleil』の刷り上がり見本が、スピラプロに届けられた。 表紙の写真は、デビュー間もない『Tidus』を写した、ワッカ最大の傑作と誉れ高い作品だったが、特に目を引いたのは、中表紙を飾った、小さな写真だった。 『真珠の微笑』と題されたその写真は、あのコンサートでティーダが見せた、心からの笑顔を写したものであった。 アーロンへの愛、ファンへの感謝、そして自らの再出発を誓った、美しい笑顔。 ……少年の全ての喜びも哀しみも、この笑顔へと還るのだ。 《完》 アイドルティーダの物語はこれにて終幕です。 ここまでお付き合い下さり本当に有り難うございました>< |
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