山口縣護國神社

山口県山口市

 

 

 

山口県戦没者の妻の碑

碑文

残されし 形身の子等と ともともに 天空の父よとどけと 白鳩の舞う

 

歩兵第四十二連隊慰霊碑

 

鎮魂 歩兵第四十二連隊史刊行記念

 

山口県少飛会「少飛」

 

拓魂

碑文

我らは若き義勇軍 われらは若き義勇軍 祖国の為ぞ 鍬とりて 万里涯なき 野に立たむ

いま開拓の 意気高し いま開拓の 意気高し

昭和13年 満蒙開拓青少年義勇軍の制度ができ 満洲の地に青少年を送った

山口県で応募する者 二千四百六十九名 あらゆる困苦に耐え訓練をかさね 希望に燃えて開拓の鍬を振った

昭和20年8月終戦により 開拓の夢はくだかれ 苦難は言語に絶した 異国に骨をうづめる者 三百有余名

茲に生還する者相図り 碑を建て 往時の気概をしめすと共に 亡き拓友の 遺徳をしのび 永遠の平和を祈る

 

戦争裁判 殉国烈士之碑

碑文

わが日本が自存自衛の為 興亡を賭して断固敢行した大東亜戦争は 利あらずして遂に敗れた その結果戦勝国は

いわゆる戦争裁判を強行し 敗戦国家の責任を多く個人に帰した しかも無実あるいは誤認あるをも顧みざる一方的

裁判により 死刑に処せられまた自決 獄死した山口縣関係者は ここに誌す三十三烈士に及ぶ 征戦幾春秋 万死

に一生を得て終戦を迎えたるも 突如戦争犯罪人の名のもとに囚われ 従容死についた諸烈士の哀情を憶う時 真に

断腸の念にたえず 実に戦争最高の犠牲というべきである これら烈士の遺芳を顕彰して永く後世に伝うるはわれわ

れの責務であり 祖国再建に寄与するゆえんである ここにおいて一同相図り広く県下並びに在京有志に訴え 県及

び関係市町村 自衛隊等の協力を得て これら烈士の碑をこの聖地に建立した 碑石は材を仁保経塚山の頂に求め

題字は県出身の元法相岩田宙造翁の揮毫にかかる もって芳名遺烈を千載に伝うるの資たらしめんとする

昭和三十二年十一月  山口県世話人会 山口県郷友会 山口県憲友会 法務関係者一同

 

山口県甲飛会 終戦六十周年記念植樹

 

 

 

靖國の祈り

更新日:2010/11/06