下冷泉持為 しもれいぜいもちため 応永八年〜享徳三年(1401-1454)

正二位大納言為尹の二男。下冷泉家の祖。為之の弟。子に政為がいる。御子左家系図
 
左中将の後、文安五年(1448)、非参議従三位に叙せられる。参議・侍従・権中納言・治部卿を歴任。享徳三年(1454)八月、権大納言に至った直後、病により出家し、同年九月一日薨じた。五十四歳。
 
祖父為邦に養われ、冷泉家の歌学を相伝する。将軍足利義持に寵愛され諱を賜って持和を名のる(持為改名は文安頃と言う)。後小松院にも信任されたが、将軍義教には忌避され、後小松院崩後の永享六年(1434)、その怒りに触れて出仕を止められた。内裏歌壇からも遠ざけられ、新続古今集に入撰ならなかった。嘉吉元年(1441)、義教が死去すると共に復帰し、一条兼良の庇護を受けて歌壇で活躍。嘉吉三年の「前摂政家歌合」「文安詩歌合」、宝徳二年(1450)の「仙洞歌合」、同三年の「百番歌合」に出詠した。『持為卿詠』『持為卿詠草』『持和詠草』等の名で伝わる日次詠草が伝存する。また『為富集』の名で伝わる歌集は持為の家集であることが明らかにされている。著書に『古今和歌集解』『古今和歌集抄』。正徹と交際があった。門弟には木戸孝範がいる。

永享九年正月一日、北野参詣よみ侍る

春ながら今年の空は初雪にふりはへ神のめぐみをや見ん(永享九年詠草)

【通釈】春になるままに、初雪が降った――今年は、この空のように「ふりはへ」(ことさら)神の御慈悲を見ることだろう。

【語釈】◇ふりはへ ことさら・わざわざ、といった意味の副詞。「降り」と掛詞。

【補記】京都北野天神に参詣しての詠。三年前の永享六年(1434)、作者は将軍足利義教の怒りに触れて出仕を止められ、その後長く沈淪を余儀なくされた。

【参考歌】承均法師「古今集」
桜ちる花の所は春ながら雪ぞふりつつきえがてにする

早春

冴えかへり立ちつる春や時つ風霞みもあへぬ空に吹くなり(永享九年詠草)

【通釈】冷たく澄み切って立春を迎えたよ。季節の風が、霞みきらない空に音立てて吹くことだ。

【補記】北野天神に参詣しての「聖廟法楽」十首。

浦秋夕

憂き秋の涙もみちぬ和歌の浦や磯がくれなる宿の夕しほ(永享九年詠草)

【通釈】辛い秋の涙もわが目に満ちた。和歌の浦の磯隠れにある小屋にまで満ちて来る夕潮と共に。

【補記】永享九年七月十日の作。「和歌の浦」は和歌の聖地とされた紀伊国の歌枕であるが、ここでは海辺の地に流謫されたかのごとき風情を詠み、歌人としての不遇を暗示している。

【参考歌】飛鳥井雅有「隣女集」
和歌のうらや磯がくれなるあしたづの鳴くねもけふぞ人にしらるる

浅雪

つもるべき雪のゆくへはしら雲にかげみぬ庭のありあけの月(永享四年詠草)

【通釈】どれほど積もるか、雪の行末は知らず――白雲に覆われているはずの有明の月の光が庭に射している。

【補記】うっすらと庭に積もった雪を、有明の月の光が射していると見なした。雪と月光を掛詞「しら雲」で連結してみせた巧緻な修辞は、冷泉家の歌風の特色をよく表わしている。同題の歌に「名にしおふかげあらはれて雪にさへうづもれはてぬ山の井の水」「ははそはら秋につれなき色ならでちりにし枝をそむる雪かな」と瀟洒な趣向を見せる。

【参考歌】坂上是則「古今集」「百人一首」
朝ぼらけ有明の月とみるまでに吉野の里にふれる白雪

絶久恋

面影ぞなほ身にちかき秋をへて人はふりにし蓬生(よもぎふ)の月(永享九年詠草)

【通釈】面影だけがなお我が身のそばを離れない――そんな秋を幾つも経て、私はすっかり古びてしまった、蓬の茂る荒れた宿にいて――照る月は昔と変わりはしないのに。

【補記】かつての恋人の面影は若いまま、蓬生に射す月の光は不変のまま、捨てられた我が身だけが年老いてゆく。

【参考歌】遍昭「古今集」
里はあれて人はふりにしやどなれや庭もまがきも秋ののらなる

旅宿夢

臥しわびぬ我がふるさとを思ひ草をばながもとの夢もつたへよ(百番歌合)

【通釈】臥しているのも辛くて堪らない。故郷を慕い、思い草のように思い屈して――尾花の根もとで見た夢はどんなに悲しかったか、家族に伝えておくれ。

【語釈】◇臥しわびぬ 「わぶ」は動詞連用形について「…するのに耐えられなくなる」程の意。◇おもひ草 ナンバンギセルのことかと言う。薄の根などに寄生する。項垂れて物思いに耽っているように見えるのでこの名があると言う。◇をばな 穂の出た薄(すすき)◇夢もつたへよ 故郷を懐かしむうつつの思いだけでなく、見た夢の辛さも伝えよ、と神に請う。

【補記】宝徳三年(1451)八月十一日、飛鳥井雅世(祐雅)を判者とした「百番歌合」(群書類従208)。判者自身の「さめてこそかぎりしらるれ草枕夢のうちなるむさしのの原」と合され、「あしからざるべし」の判詞で勝。

【本歌】作者不詳「万葉集」
道の辺の尾花がもとの思ひ草今さらさらに何か思はむ


最終更新日:平成16年12月24日