新三十六歌仙 撰者不明「新三十六人撰」による

公任の三十六人撰に倣い、後鳥羽院から藤原秀能まで、鎌倉時代初期・中期の歌仙三十六人の歌を十首ずつ選んだ、歌仙形式の秀歌撰。撰者不明。宗尊親王を「鎌倉宮」と称していることから、宗尊親王が将軍となった建長四年(1252)以降の成立と思われる。『八雲御抄』などに伝わる藤原基俊撰「新三十六人」(散佚)とは別のものであることは言うまでもない。底本は『新編国歌大観』所載のテキストを用いたが、読みやすさを考慮して用字は改めたところがある。序文は省略した。

後鳥羽院 土御門院 順徳院 後嵯峨院 雅成親王 宗尊親王 道助親王 式子内親王 九条良経 九条道家 西園寺公経 源通光 西園寺実氏 源実朝 藤原基家 衣笠家良 慈円 行意 源通具 藤原定家 八条院高倉 俊成卿女 宮内卿 藻壁門院少将 藤原為家 飛鳥井雅経 藤原家隆 藤原知家 藤原有家 藤原光俊 藤原信実 源具親 藤原隆祐 源家長 鴨長明 藤原秀能


新三十六人撰

後鳥羽院御製

ほのぼのと春こそ空に来にけらし天のかぐ山霞たなびく
桜咲く遠山鳥のしだり尾のながながし日もあかぬ色かな
み吉野の高嶺のさくら散りにけり嵐もしろき春のあけぼの
秋の露やたもとにいたくむすぶらん長き夜あかずやどる月かな
吉野山さくらにかかるうすがすみ花もおぼろの色は見えけり
露は袖にもの思ふころはさぞな置くかならず秋のならひならねど
秋更けぬ鳴けや霜夜のきりぎりすやや影さむし蓬生の月
我が恋は真木の下葉にもる時雨ぬるとも袖の色に出でめや
たのめずは人をまつちの山なりと寝なましものをいざよひの月
袖の露もあらぬ色にぞ消えかへるうつればかはる歎きせしまに

土御門院御製

雪のうちに春は来ぬとも告げなくにまづ知るものは鶯のこゑ
埋れ木の春の色とやのこるらむ朝日がくれの谷のしら雪
伊勢の海のあまの原なる朝霞空にしほやく煙とぞ見る
見わたせば松もまばらになりにけり遠山桜咲きにけらしも
秋もなほ天の川原にたつ波のよるぞみじかき星合の空
おしなべて時雨るるまではつれなくて霰におつる栢木の森
逢はでふる涙の末やまさるらむ妹背の山の中の滝つせ
春のはな秋のもみぢのなさけだにうき世にとまる色ぞすくなき
白雲をそらなる物とおもひしはまだ山こえぬ都なりけり
秋の夜もやや更けにけり山鳥のをろのはつをにかかる月かげ

順徳院御製

風吹けば峰のときは木露おちて空よりきゆるはるのあは雪
花鳥の外にも春のありがほにかすみてかかる山のはの月
しら雲や花よりうへにかかるらむ桜ぞたかきみ吉野の山
難波江の潮干のかたやかすむらん蘆間にとほきあまの釣舟
あすか川ふちせもえやはわぎもこがうちたれがみの五月雨のころ
暁と思はでしもやほととぎすまだ中空の月に鳴くらむ
明石潟あまのとま屋のけぶりだにしばしぞくもる秋の夜の月
風さゆる夜はのころもの関守は寝られぬままに月や見るらむ
水ぐきの岡のあさぢのきりぎりす霜のふりはや夜寒なるらむ
一すぢに憂きになしてもたのまれずかはるにやすき人のこころは

太上天皇御製 後嵯峨院

いざけふは小松が原に子日して千世のためしにわが世ひかれん
色も香もかさねて匂へ梅のはな九重になるやどのしるしに
見てもなほおくぞゆかしき蘆垣の吉野の山の花のさかりは
むらさきの藤江の岸の松が枝によせてかへらぬ浪ぞかかれる
里なれて今ぞ啼くなるほととぎす五月を人は待つべかりけり
月もなほながらに朽ちし橋柱ありとやここにすみわたるらむ
白雪のいやかたまれる庭の面をはらひかねたるともの宮つこ
忍ぶともうはの空にや知られまし恋にけぶりの立つよなりせば
来ぬ人によそへて待ちし夕べより月てふものは恨みそめてき
敷島や大和島根の朝霞もろこしかけて春や来ぬらむ

六条宮雅成親王御歌

花もまたながき別れや惜しむらん後の春とも人をたのまで
いざさらば涙くらべむ時鳥われもうき世になかぬ日はなし
空はれて月すみのぼる遠山のふもとよこぎる夜はの白雲
いかにして身をかへて見む秋の月なみだのはるる此の世ならねば
秋の田のをしね色づく今よりや寝られぬ庵の夜寒なるらむ
むば玉の夜風をさむみふるさとに独りある人の衣うつらむ
世の中は淵瀬もあるを吉野川われのみふかきみくづなりけり
寝ても夢寝ぬにも夢の心ちしてうつつなる世を見るぞかなしき
つひにゆく道よりもなほかなしきは命のうちのわかれなりけり
世を憂しと思はざりけむ昔こそこの頃よりもはかなかりけれ

鎌倉宮宗尊親王御歌

春雨はふりにけらしな遠つ江のあど川やなぎふかみどりなり
ときはなる松にもおなじ春風のいかに吹けばか花の散るらむ
都をも住み憂しとてや人やりの道ならなくに雁の行くらむ
たえだえにかげをばみせて飛鳥井のみま草がくれとぶ蛍かな
涙にはあきの夕べもつげなくにあはれしらする袖のうへかな
秋の夜は月にぞながる桜川花はむかしの跡のしら波
しなが鳥ゐなの柴山雲きえてみなとにきよき秋の夜の月
丹生の山あらしのながす紅葉葉にしぐれぬまきも色づきにけり
ふる郷の川原の千鳥うらぶれてとほ風さむし有明の月
時雨にぞつれなき松はあるものを涙にたへぬ我が袂かな

入道二品道助親王御歌

春は野にまだもえやらぬ若草のけぶりみじかき荻のやけ原
しら露の玉江のあしのよひよひに秋風とほくゆく蛍かな
荻のはに風の音せぬ秋もあらばなみだのほかの月はみてまし
白露の色に出でゆく秋はぎの物おもふくさのたもとなるらむ
契りおく山路の奥のあかつきをなほうき物と鹿ぞ啼くなる
わがやどのきくの朝露色もなしこぼさでにほへ庭のあき風
とどめばやながれてはやきとしなみのよどまぬ露はしがらみもなし
雲ふかき岩のかけみち日数へてみやこのやまもとほざかりつつ
はつせやまあらしのみちの遠ければいたりいたらぬ鐘の音かな
君がすむあたりの草にやどしてもみせばやそでにあらましの露

式子内親王御歌

山ふかみ春ともしらぬまつの戸にたえだえかかるゆきの玉水
詠めつるけふはむかしになりぬとも軒ばのむめよ我をわするな
更くるまでながむればこそかなしけれおもひもいれじ秋のよの月
桐の葉もふみ分けがたくなりにけりかならず人をまつとなけれど
玉の緒よ絶えなばたえねながらへば忍ぶることのよわりもぞする
わすれてはうちなげかるる夕かな我のみしりて過ぐる月日を
夢にても見ゆらむものをなげきつつうちぬるよひの袖のけしきは
逢ふ事を今日まつがえの手向草いくよしをるる袖とかはしる
いきてよもあすまで人はつらからじ此夕ぐれをとはばとへかし
ながめ佗びぬあきより外の宿もがな野にもやまにも月やすむらん

後京極摂政太政大臣良経

みよしのの山もかすみてしら雪のふりにしさとにはるはきにけり
空はなほかすみもやらず風さえてゆきげにくもる春のよの月
難波津にさくやむかしの梅の花今もはるなる浦風ぞふく
むかしたれかかる桜のはなをうゑて吉野を春の山となしけむ
雲はみなはらひはてたるあき風をまつにのこして月をみるかな
さらぬだにふくるはをしき秋の夜の月よりにしにかかるしら雲
人すまぬ不破の関屋の板びさしあれにし後はただ秋のかぜ
いはざりき今こむまでの空のくも月日へだててものおもへとは
いつもきく物とや人のおもふらむこぬ夕ぐれの松風のこゑ
天の戸をおし明がたの雲間より神代の月のかげぞのこれる

光明峰寺入道摂政太政大臣道家

うちきらしなほ風さむしいそのかみふるのやまべの春のあは雪
霞しくをぎの焼原ふみわけてたが為春のわかなつむらん
岩戸明けておもしろしといふためしにや天のかぐやま月はいづらむ
あまの河水かげぐさのつゆのたまたまたまきても明けぬこのよは
伊勢島や和歌の松原見わたせば夕塩みちて秋風ぞふく
夕波をいかがはらはむふなびとのとわたるかぢのあとはみえねど
つくばねのそがひにたてる小男鹿の妻ふく風にこゑもをしまず
我がこひのもえても空にまどひなばふじのけぶりといづれたかけむ
老の後又思ふことはなきものを人のこころになほなげくかな
岩そそくたるひとやみむ滝川のせのぼる月のかげこほるなり

西園寺入道前太政大臣公経

立ちそむる霞のころもうすけれどはるきてみゆるよもの山のは
たかせさす六田のよどの柳原みどりもふかくかすむ春かな
しら雲の八重山ざくら咲きにけりところもさらぬ春のあけぼの
ほととぎすなほうとまれぬ心かなながなく里のよその夕ぐれ
星合のゆふべすずしき天の川もみぢのはしをわたる秋風
風さむみ夜半のね覚のとことはになれてもさびしころもうつなり
明くるより名残をなににかたらまし折もおよばぬあきの別路
和たの原波もひとつにみくまののはまの南は山のはもなし
いかばかりくもりなき世をてらすらむ名にあらはるる月よみのもり
つま木こる山路も今や絶えぬらむ里だにふかき今朝のしらゆき

後久我前太政大臣通光

三島江やしももまだひぬあしのはにつのぐむほどのはる風ぞふく
まがふとていとひしみねのしら雲はちりてぞはなのかたみなりける
明けぬとて野べより山にいるしかのあとふきおくる萩の下かぜ
むさし野やゆけども秋のはてぞなきいかなるかぜの末にふくらむ
龍田山よはにあらしのまつふけばくもにはうときみねの月かげ
入日さす麓の尾ばなうちなびきたがあき風にうづらなくらむ
限あればしのぶのやまのふもとにも落ばがうへの露もいろづく
浦人のひも夕ぐれになるみ潟かへる袖より千鳥なくなり
ながめ佗びぬそれとはなしに物ぞおもふくものはたての夕ぐれの空
幾めぐり空行く月もめぐりきぬ契りしなかはよそのうき雲

富小路太政大臣実氏

わけゆけばそれともみえず朝ぼらけとほきぞ春のにしきなりける
さもこそははるはさくらの色ならめうつりやすくもゆく月日かな
吉野河ながるる水に散るはなのかへらぬ春をなに惜しむらん
村雨に秋の露かるたまざさのみじかきよはのあかつきもなし
虫の音もうらがれまさる浅茅生にかげさへよわる有明のつき
志賀の浦や氷のひまを行くふねの浪も道あるよとや知るらむ
あらはれてとしふるみ代のしるしには野にもやまにもつもるしら雪
わすれめやつかひの長をまづ立ててわたる御階ににほふたちばな
心こそうき世の外にいでぬともみやこを旅といつならひけむ
あきつはのすがたの国に跡たるる神のめぐみやわが君のため

鎌倉右大臣実朝

み冬つぎ春しきぬれば青柳のかづらきやまに霞たなびく
玉藻かるゐでのしがらみ春かけてさくや河せのやまぶきの花
夕されば衣手すずしたかまどの尾上の宮のあきの初風
和田の原八重のしほぢにとぶ雁のつばさのなみに秋かぜぞふく
雁啼きてさむきあさけの露霜にやのの神山色付きにけり
武士の八十宇治川をゆく水のながれてはやきとしのくれかな
世中は常にもがもななぎさこぐあまの小舟のつなでかなしも
しらま弓いそべの山の松の色のときはにものをおもふころかな
箱根路を我がこえくればいづの海や沖のこじまに浪のよるみゆ
かぜ寒みよの更けゆけばいもがしまかたみのうらに千鳥鳴くなり

九条内大臣基家

をしまずはあだなることもつらからじ何しかはなに思ひ初めけむ
なきぬべきゆふべの空をほととぎすまたれむとてやつれなかるらむ
霞しく袖のみなとのうら風にはるさへ浪のうつころもかな
かりがねも今やこゆらむ山しろの岩田のをかに月かたぶきぬ
おろかなる心のままにあくがれてよしやうきよの月をだにみむ
大伴のみつのはまべを見渡せば有明の月に鶴なきわたる
知りがたき命のほどもかへりみずいつまでとまつゆふべなるらむ
みかの原ながるる水のいつみきとおぼえぬよにもぬるる袖かな
山のはのありとはきかぬわたつうみなみのあなたにかかるしら雲
神代よりあくるならひの今さらに天の戸つらきよはのつきかげ

衣笠内大臣家良

さくらばなおちても水のあはれなるあだなる色ににほひそめけむ
つれなさのつらき別にこりもせでなどしたはるる春のかりがね
別れての後しのべとやゆくはるの日数にはなのさきあまるらむ
宮城野の木の下露は雨ながらそら行く月は雲もかからず
むら時雨いくしほそめてわたつ海のなぎさの杜の紅葉しぬらむ
伊勢の海のあまのしわざのもしほ草今朝かきたらで雪はふりつつ
山のはは天の河原の島なれや月のみふねもこぎかくれつつ
わが為にこころかはらぬ月だにもありしににたるかげをやはみむ
いかにせむ涙の袖に海はあれど同じなぎさによる船はなし
こぬ人をつらき契りに待ちかへてよがれぬものは山のはの月

慈鎮和尚

いつまでか涙くもらで月はみしあき待ちえても秋ぞこひしき
野べの露は色もなくてやこぼれつる袖より過ぐる荻のうは風
更行かば煙もあらじしほがまのうらみなはてそ秋のよの月
霜さゆる山田のくろの村すすきかる人なしにのこるころかな
おもふことなどとふ人のなかるらむあふげば空に月ぞさやけき
ただたのめたとへば人のいつはりをかさねてこそは又もうらみめ
みな人のしりがほにしてしらぬかなかならずしぬるならひありとは
おほけなくうきよのたみにおほふかなわがたつ杣にすみぞめのそで
ねがはくはしばし闇路にやすらひてかかげやせまし法のともし火
我がたのむ七のやしろのゆふだすきかけても六の道にかへすな

前大僧正行意

伊せの海はるかにかすむなみまより天のはらなる海士の釣ぶね
はるくればそでの氷もとけにけりもりくる月のやどるばかりに
木の本のすみかも今はあれぬべしはるしくれなば誰か問ひこむ
ほしあへぬころもへにける河やしろしのになみこす五月雨のころ
すずか河ふりさけみれば神路山さかき葉分けて出づる月影
春日山やまたかからし秋霧のうへにぞしかのこゑは聞こゆる
山城のときはの松のゆふしぐれそめぬみどりに秋ぞ色づく
くるるよりおなじまがきのきりぎりすちかづくこゑに夜や更けぬらん
七度の吉野の川のみをつくし君が八千世のしるしともなれ
さすらふるこころに身をもまかせずは清見がせきの月をみましや

堀川大納言通具

梅のはなたが袖ふれしにほひぞとはるやむかしの月にとはばや
あはれ又いかにしのばむそでのつゆ野原の風にあきはきにけり
影やどす露のよすがの秋くれて月ぞすみけるをののしの原
のべにおく露のなごりもしのばれぬあだなる秋のわすれがたみに
霜むすぶそでのかたしきうちとけてねぬよの月のかげぞさやけき
せき返しなほもる袖のなみだかなしのぶもよそのこころならぬに
木の葉ちるしぐれやまがふわが袖はもろきなみだの色とみるまで
冬の夜のね覚ならひよまきの屋の時雨のうへにあられふるなり
今こむと契りしことは夢ながら見しよににたる有明の月
霜むすぶそでにも影はのこりけりつゆよりなれし有明の月

権中納言定家

春の夜の夢のうきはしとだえして峰にわかるるよこ雲の空
花の色に一はるかけてかへるかりことし越路のそらだのめして
啼きぬなり夕付鳥のしだり尾のおのれにもにぬよはのみじかさ
見渡せばはなも紅葉もなかりけりうらのとま屋の秋のゆふぐれ
わすれなむまつとなつげそ中中にいなばの山のみねのあき風
明けば又あきのなかばも過ぎぬべしかたぶく月のをしきのみかは
こぬ人をまつほのうらの夕なぎにやくやもしほの身もこがれつつ
あぢきなくつらきあらしのこゑもうしなど夕ぐれを待ちならひけむ
帰るさのものとや人の眺むらん待つ夜ながらの有明の月
夕暮はいづれのくものなごりとてはなたち花に風のふくらむ

八条院高倉

一こゑはおもひぞあへぬほととぎすたそかれ時の雲のまよひに
すみはてぬいづく長月名のみしてみじかかりけるあきのほどかな
いかがふく身にしむ色のかはるかなたのむるくれの松風のこゑ
くもれかしながむるからに恋しきは月におぼゆる人のおもかげ
逢ふ事を又はいつともなき物をあはれもしらぬとりのこゑかな
わすれじのただ一こゑをかた見にてゆくもとまるもぬるる袖かな
浮世をば出づる日ごとにいとへどもいつかは月のいるかたをみむ
わが庵は小倉の山のちかければうき世をしかとなかぬ日ぞなき
なべてよをかりのやどりと思はずはすみうかるべき草の庵かな
とにかくに身のうき事のしげければ一よだにやはそでもぬれける

俊成卿女

梅のはなあかぬ色香もむかしにておなじかたみの春の夜の月
うらみずやうき世を花のいとひつつさそふ風あらばと思ひけるかな
面影のかすめる月ぞやどりけるはるやむかしのそでのなみだに
をしむともなみだに月はこころからなれぬる袖に秋をうらみて
色かはる露をば袖におきまよひうらがれて行く野辺のあきかな
ふりにけり時雨は袖に秋かけていひしばかりを待つとせしまに
霜枯はそことも見えぬ草の原たれにとはまし秋の名残を
あだに散る露の枕にふしわびてうづら鳴くなりとこの山かぜ
夢かとよ見し面かげも契りしもわすれずながらうつつならねば
いにしへの秋の空まですみだ河月にこととふそでのつゆかな

女房宮内卿

かきくらしなほふる郷の雪のうちにあとこそ見えね春は来にけり
花さそふひらの山風ふきにけりこぎ行くふねのあと見ゆるまで
かたえさすおふのうらなしはつ秋になるもならずも風ぞ身にしむ
心あるをじまのあまのたもとかな月やどれとはぬれぬものから
まどろまでながめよとてのすさびかなあさのさごろも月にうつこゑ
月をなほ待つらむものかむらさめのはれゆく雲のすゑの里人
霜をまつまがきの菊の宵のまにおきまよふ色はやまのはの月
龍田河あらしや峰によわるらむわたらぬ水もにしき絶えけり
からにしき秋のかた見やたつた山散りあへぬ枝にあらし吹くなり
聞くやいかにうはの空なる風だにもまつに音するならひありとは

藻壁門院少将

たえだえにたな引く雲のあとはれてまがひもはてぬ山ざくらかな
何となく吹くはならひの松風に人やりならぬ花のちるらむ
こころとは太山もいでじほととぎすまたれてのみぞ初音鳴くなる
啼くむしのこゑの色には出でねどもうきは身にしむ秋の夕ぐれ
おのがねにつらき別の有りとだにおもひもしらで鳥やなくらむ
絶えずひくあみのうけなはうきてのみよるべくるしき身の契りかな
偽と思ひしられぬゆふべこそはかなきもののかなしかりけれ
かへりみるほどは雲井の大江山いくのの道やすゑになるらん
住むあまのあはれをしるや煙たつおのがすみかの夕ぐれの空
逢ふ事のたえ間がちなるつらさかなおもひしほどのちぎりだになし

大納言為家

里人やわかなつむらん朝日さすみかさの野べは春めきにけり
あだになど咲きはじめけむいにしへのはるさへつらき山ざくらかな
わび人は五月の雨のなにならしさもはれまなくふる涙かな
音にたつ今はた吹きぬわがやどのをぎのうは葉の秋のはつかぜ
逢坂の鳥のそらねに関の戸も明けぬと見えてすめる月かげ
冬きてはしぐるる空の絶間だに四方のこの葉のふらぬ日ぞなき
うらむるもこふるこころの外ならでおなじ涙のせくかたぞなき
足曳のやまの山どりをのへなるはつをのたれをながくこふらむ
みしめひく三輪の杉村ふりにけりこれや神代のしるしなるらん
たらちねのなからむあとの悲しさを思ひしよりもなほぞこひしき

参議雅経

尋ねきて花にくらせる木間より待つとしもなき山のはの月
郭公なくや五月の玉くしげ二こゑききて明くる夜もがな
うつりゆく雲にあらしのこゑすなりちるかまさきのかづらきの山
秋の色をはらひはててや久かたの月のかつらに木がらしのかぜ
かりころもすそ野もふかしはしたかのとがへる山のみねのしらゆき
きえねただ忍ぶのやまのみねの雲かかるこころのあとのなきまで
うらみじな難波のみつに立つけぶり心からやくあまのもしほ火
暁のしぎのはねがきかくばかりなみだかずそふね覚やはせし
なれなれて見しは名残の春ぞともなどしら河のはなのしたかげ
秋の夜の月にいくたびね覚して物思ふことの身につもるかな

正三位家隆

谷河のうち出づるなみもこゑたてつうぐひすさそへはるの山風
いかにせむこぬ夜あまたのほととぎすまたじと思へばむら雨の空
おもひ出でよたがかねごとの末ならん昨日の雲のあとのやまかぜ
ことしよりはなさきそむるたち花のいかでむかしの香ににほふらむ
風そよぐならの小河の夕ぐれは御祓ぞなつのしるしなりける
下紅葉かつちる山のゆふしぐれぬれてや鹿のひとり啼くらむ
ながめつつおもふもさびし久かたの月のみやこの明がたのそら
又やみむまたやみざらむしら露の玉おきしけるあきはぎのはな
和かの浦やおきつ塩あひにうかび出づるあはれわが身のよるべしらせよ
すまのあまのまどほの衣よや寒き浦風ながら月もたまらず

正三位知家

ちらばまた思ひや出でむ身のうさをみるにわするる花ざくらかな
此春のわかれやかぎりとまる身の老いてひさしき命ならねば
ながむればみしまの春もわすられず月にむかしのかげやそふらむ
いかさまに秋の夕をなぐさまむ世をそむけどももとの身にして
神無月しぐるるころといふことはまなく木の葉のちればなりけり
時雨にはぬれぬこのはもなかりけりやまはみかさのなのみなるらむ
年くるるかがみのかげもしら雪のつもれる人の身さへふりつつ
むかしおもふたかのの山のふかきよにあかつきとほしすめる月かげ
あふさかの夕付鳥もわがごとやこえ行く人のあとになくらむ
これも又ながきわかれになりやせむ暮をまつべき命ならねば

大蔵卿有家

朝日影にほへるやまのさくらばなつれなくきえぬ雪かとぞ見る
久かたのあまつ乙女のなつごろも雲井にさらす布引のたき
さらでだにうらみむととふわぎも子がころものすそに秋風ぞふく
大淀の月にうらみてかへるなみまつはつらくもあらしふくなり
花をのみをしみなれたるみ吉野の木末に落つる有明の月
物おもはでただ大方の露にだにぬるればぬるる秋の袂を
行く年ををじまの海士のぬれ衣かさねて袖に波や立つらん
岩がねの床にあらしをかたしきてひとりやねなむさ夜の中山
我ながらおもふか物をとばかりにそでにしぐるる庭のまつ風
春の雨のあまねき御代をたのむかなしもにかれゆく草葉もらすな

右大弁光俊朝臣

むめのはなさけるをみれば我が宿に朝かぜかをり鶯ぞなく
あふさかは人のわかるるみちなれば夕つけどりのなかぬ夜もなし
かかる身を何かはとこそ思ひしにしたがふものはなみだなりけり
おもひやれなべて世にある人だにも涙おつといふ秋のはつかぜ
いかにせむしなばともにとおもふ身のおなじかぎりのいのちならずは
露ふかきをざさまじりの下わらびさも折ふしにぬるる袖かな
見てもうしはなのわかれのつらければやよひの月の有明の空
みえぬらむこころのうちのかなしさもくちぬるそでの苔のみだれに
ながむるに苔のたもとのしをるるは月や浮世のなみだなるらむ
むかしにはあはれこころのかはるかな老いて今みる秋の夜の月

左京大夫信実

よる波のすずしくもあるか敷妙のそでしのうらのあきの初風
物をのみさもおもはするさきの世のむくいや秋のゆふべなるらむ
秋風に妻まつやまの夜を寒みさこそ尾上の鹿は鳴くらめ
曇れとや老の涙にちぎるらむむかしよりみしあきの夜の月
はれくもり時雨るる空はしらねどもぬれて千入(ちしほ)のあきの紅葉葉
もみぢばを風にまかする手向やまぬさもとりあへず秋は暮れけり
我が中のよしなき袖にやどりきてうらみにまじる月の影かな
今朝よりの時雨は雪に成りにけりさてだに松の色かはれとて
衣衣のたもとにわけし月かげはたがなみだにかやどりはつらむ
ふかき夜に先ひとしきり声たててゆふつけ鳥はまたねしてけり

左近衛権少将具親

なにはがたかすまぬ波もかすみけりうつるもくもる朧月夜に
蘆の葉のまだうらわかき津国のこやのへだてはかすみなりけり
時しもあれ田づらの雁のわかれさへはな散るころのみ吉野のさと
敷妙のまくらのうへに過ぎぬなりつゆをたづぬるあきのはつ風
月のよは名のみぞよるのもしほ草かくかきたえて見る夢もなし
晴れくもるかげをみやこにさきだててしぐると告ぐる山のはの月
ながめよとおもはでしもやかへるらん月待つうらのあまの釣ぶね
さ夜千鳥みなと吹きこすしほ風にうらよりをちの友さそふなり
今よりは木の葉がくれもなきものを時雨にのこるむら雲の月
何とかは人は分くべきおくやまの入りなばとぢよ苔のしたみち

侍従隆祐

くれなゐのこぞめの糸の村時雨山のにしきをおらぬ日ぞなき
世中になほ有明のうき身をやつれなき物と月はみるらむ
いかにせむくれを待つべき命だになほたのまれぬ身をたのみつつ
水上はこほりをくぐるしかま河うみに出でてや浪はたつらむ
けふまではみやこもちかしあふ坂の関のあなたに知る人もなき
此世にはよしこととはじ角田がはすみえぬかたの鳥の音もうし
限あればかすまぬ浦の波間よりこころときゆるあまの釣舟
吹く風にけぶりやとほくなびくらむ里なきうらももしほやくなり
かるもかくゐなの野原の草まくらさてもねられぬ月をみるかな
行く月の御舟ながるるあまのがは山よりにしやみなとなるらむ

前但馬守源家長朝臣

春雨に野沢の水はまさらねどもえ出づる草ぞふかくなり行く
あづさ弓いそべのうらの春の月あまのたくなはよるも引くなり
秋の月しのに宿かるかげたけてをざさが原に露ふけにけり
秋の月ながめながめて老が世も山のはちかくかたぶきにけり
紅葉葉の散りかひくもる夕しぐれいづれか道とあきのゆくらむ
今日も又しらぬ野原に行暮れていづれの山か月はいづらむ
きぬぎぬのつらきためしに誰なれて袖のわかれをゆるしそめけむ
いづくにもふりさけ今やみかさやまもろこしかけて出づる月かげ
もしほ草かくともつきじ君が代の数によみおく和かの浦なみ
生駒山よそになるをの沖に出でてめにもかからぬ峰のしら雲

鴨長明

ながむれば千千に物思ふ月に又わが身ひとつの峰の松かぜ
ながめてもあはれとおもへ大かたの空だにかなしあきの夕ぐれ
松島やしほくむあまの秋のそで月は物思ふならひのみかは
初瀬山かねのひびきにおどろけばすみける月の有明の空
夜もすがらひとりみ山の槙のはにくもるもすめる有明の月
たのめおく人もながらの山にだにさ夜更けぬればまつ風のこゑ
袖にしも月かかれとは契りおかずなみだはしるやうつの山越
見れば又いとどなみだのもろかづらいかにちぎりてかけはなれけむ
いかにせむつひの煙のすゑならで立ちのぼるべき道しなければ
住みわびぬいざさはこえんしでの山さてだに親のあとをふむやと

藤原秀能

夕月夜塩みちくらし難波江の蘆のわか葉をこゆるしら波
あし引の山路の苔の露のうへにね覚夜ぶかき月をみるかな
草枕ゆふべの空をひととはば鳴きてもつげよ初かりのこゑ
山里の風すさまじき夕ぐれにこのはみだれて物ぞかなしき
月すめば四方の浮雲空に消えてみやまがくれをゆくあらしかな
下もみぢうつろひゆけば玉ぼこの道の山かぜさむくふくらし
もしほやくあまの磯屋のゆふ煙立つ名もくるしおもひきえなで
袖のうへに誰ゆゑ月はやどるぞとよそになしても人のとへかし
今こむと契りしことをわすれずはこの夕ぐれの月やまつらむ
つゆをだに今はかた見のふぢごろもあだにも袖をふくあらしかな


最終更新日:平成17年02月26日