上野岑雄 かみつけのみねお 生没年未詳

伝不詳。古今集・後撰集に各一首入集。名は峰雄とも。
『古今和歌集目録』は承和年間(834-848)頃の人とするが、藤原基経薨時(寛平三年=西暦891年)に悲傷歌を詠んでいるので、疑わしい。

堀河太政大臣、身まかりにける時、深草の山にをさめてける後に、よみける

深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染に咲け(古今832)

【通釈】深草の野辺の桜よ、心があるならば、大臣への弔意を示して、今年くらいは墨色に咲け。

【語釈】◇堀河太政大臣 藤原基経。◇深草 平安京の南郊。今の京都市伏見区あたり。墨染町・墨染寺などの名があるのは、この歌に由来する。◇墨染 喪服の色。

【補記】堀河太政大臣藤原基経が亡くなり、深草山に葬送した後に詠んだという歌。因みに桜には薄墨桜と呼ばれる種もある。

【他出】古今和歌六帖、今昔物語、五代集歌枕、大鏡、歌枕名寄

【主な派生歌】
世にふれど君におくれてをる花はにほひて見えず墨染にして(和泉式部)
墨染に咲かぬもつらし山桜花はなげきの外の物かは(平親世[新後撰])
墨染に咲かぬ桜もこの春は心あればや露けかるらむ(惟宗光吉)

月夜に、かれこれして

おしなべて峰もたひらになりななむ山の端なくは月もかくれじ(後撰1249)

【通釈】一様に峰も平らになってほしい。山の端がなければ、月が隠れることもないだろう。

【語釈】◇かれこれして 誰彼と連れ立って。

【補記】「飽かなくにまだきも月の隠るるか山の端逃げて入れずもあらなん」(業平)と同趣向。また伊勢物語にある「おしなべて峰も平らになりななん山の端なくは月も入らじを」は岑雄の歌の改作かという。

【他出】古今和歌六帖、伊勢物語、六華集

【主な派生歌】
帰る雁こゆべき山やなかるらむ峰もたひらに霞む夕べは(宗良親王)
ときは木も嵐に散らば谷をうめ嶺もたひらに山やなりなむ(正広)
小塩山峰もたひらに降りつめる雪をば入らぬ月とながめよ(木下長嘯子)
入りぬべき峰もたひらになりにけり霞や惜しむ春の夜の月(松下貞徳)


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成21年01月09日