民芸館‥岡山県篇(2)-1
日本全国郷土玩具の旅:岡山県篇・第2回

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作州の泥天神
 ◇土(粘土)を焼かずに生土のまま固めてつくられている人形は、泥人形と呼ばれています。

 県の北部を昔は美作国(みまさかのくに)とも作州とも呼び、大型の土製天神が各地で作られていました。この地方では、三月の節句には、男の子には菅公の徳をしのび泥天神を、女の子には雛人形を贈る風習があったからのようです。
泥天神は植月村(現、勝田郡勝央町)を発祥の地として、津山、久米(くめ)などの集落で作られ、ひっくるめて「作州の泥天神」と呼ばれていましたが、現在では、津山市久米町の「泥天神」だけとなりました。

 この地方の天神は、素焼きをしない生土で作られましたが、これは三月の節句に天神を飾った後、流し雛のように川へ流す風習があったからです。川に流された天神は、焼かれていないので自然に水に溶けて跡かたもなくなってしまいます。これを土地の人達は、天神様が土に帰ったと呼んでいたそうです。

久米の泥天神:地名から宮尾の泥天神とも呼ばれている■
 この天神は3段の立派な台にどっかりと座っています。いまはあまり大型は作られていないようですが、一番大きなものを大看板といって全長が130センチもあり、続いて別看板、並看板、頭(ず)なし、まれ、一番〜五番の14センチまでの種類があります。
 この天神の製法は次の津山練り天神とと同じ手法で、粘土に和紙を混ぜて練り上げものに、彩色してあります。
 制作している岸川工芸社では、このほかに、「鯛乗りえびす」「熊乗り金時」「福助」「子持布袋」なども作られています。

制作者:岸川留代「岸川工芸社」:久米郡久米町宮尾172..TEL:0868-57-3811 

津山練り天神
 津山の泥天神は「練り天神」ともいって、粘土に和紙の繊維を練り込み、前後二つの型で天神の胴を抜き、なま乾きのところで型から抜き出し、前後を和紙で貼り合わせて乾燥し彩色します。頭部は差し首になっていて、別に作り仕上げてから胴に差します。
 津山の天神は、かっては何人もの制作者がいたようですが、今は「山根工芸社」の山根正子さんだけとなりました。

制作者:山根正子「山根工芸社」:津山市真魚町61..TEL:0868-22-8050 




吉備牛
 作州は和牛の名産地です。その牛をモデルにした玩具の「吉備牛」は、昭和30年頃から、「津山民芸社」の白石靖さんが作りだした創作玩具です。
 吉備牛は、太い竹を輪切りにして胴を作り、やや細い竹で頭部をつけ、4本の丸竹を脚にしています。掲載作品のように竹をうまくつかった美しい玩具牛です。大小いくつかの種類があります。
 ここで作られている玩具はすべて竹を素材とした「竹玩具」で、牛の他に、虎、もちつき兎、神馬、竜、なども作られています。

制作者:白石靖「津山民芸社」:津山市田町23-1..TEL:0868-22-4691 

津山土鈴
 創始者は妹尾衆楽氏で、元は中学校の教師をしていたが、土鈴への愛着が強く、昭和33年に教職を辞して土鈴作りに専念するようになりました。
現在は、2代目の妹尾貞山さんに引き継がれています。
ここの土鈴は種類の多さに驚かされます。「弥生式住居鈴。銅鐸鈴。作楽神社御鈴。鍋土鈴。その他」の社寺の授与鈴や観光土産の土鈴があり、そのほかに「奴鈴。桃太郎。いらしゃいませ鈴。結び獅子。狸、鯉」などの趣味の土鈴、等々、200種類余りの品数があります。

制作者:妹尾貞山「セノオ民芸社」:津山市山北634..TEL:0868-22-4532 

百々(どど)人形
 昭和10年頃より、福田弘一さんが、久米郡棚原町百々(どど)で「百々人形」を作り始めました。その後、若い中西熊夫さんとともに、廃絶していた美作(みまさか)泥天神を小型化して復活させました。これも現在は、廃絶しています。
 福田さんは昭和42年に亡くなり、その後、中西さんが「獅子頭」「天狗」「だるま」など100種類近くの百々人形を作っていましたが、平成元年に亡くなられました。
 現在は、その妻の政子さんがわずかに作られているとのことです。




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(1999.1.15掲載)