季刊かすてら・2005年秋の号

◆目次◆

奇妙倶楽部
軽挙妄動手帳
編集後記

『奇妙倶楽部』

●秘密集会●

 以下は、発売中のアンソロジー『異形コレクション オバケヤシキ』に掲載された私、かすてらこと丸川雄一の短編「轆轤首の子供」を書くために話し合った物ですが、落ちが判って作品に対する興味がなくなるというような物ではないので、これから読む方も安心してご覧ください。
出席者 さらさら:女子小学生
    かすてら:男子落伍者
・お化け屋敷経済制裁
「お化け屋敷を制裁するの?」
 お化け屋敷が制裁する。
「お化け屋敷で制裁する」
 罰ゲームか。
「全然怖くないお化け屋敷に入れられる」
 お前の国にはお化け屋敷、輸出してやんない。
「お化け屋敷が主要輸出品」
 人気商品。引っ張り凧。お化け屋敷立国。
「ディズニーランドも泣いて謝る」
 何処の国にも怪談とかホラー映画とかがあるから、怖がる事を楽しむのは人間に普遍的な性質なんだろうな。
「どきどきするのが良いんでしょうね。ジェットコースターもそうだわ」
 恋愛とか。
「恋愛お化け屋敷説。確かに嬉しいような怖い様な感じはするけど。勘違いしちゃうのかしらね。怖くてどきどきしてるのに、恋愛した時のような高揚感を感じちゃう」
 脳内麻薬物質が出てるのかも知らん。
「それはありそうね。アドレナリンは出てるでしょう。文化に依って怖い物って違うでしょう。幽霊が怖くない文化もあるんじゃないかしら」
 俺は生きてる人間の方が怖いけど。
「…私もだわ。幽霊や妖怪などの超自然的存在って悪さする奴が多いわよね。良い事する奴の方が圧倒的に少ないでしょう」
 悪い事が起こった時の説明として考え出されるからじゃないかな。付いてないと何で俺がと思うけど、運の良い時は疑問を持たずに受け入れちゃうから。
「単純に判らない物は怖いって事もあるでしょうけど。闇とか、見えない所は何だか怖い」
 判らないって事は浪漫もあるだろ。判っていれば安心だけど詰まんないから。
「浪漫と恐怖は表裏。さっきの恋愛とお化け屋敷に似てるわね」
 人間には未知を求める気持ちと未知を避けようとする気持ちと両方あるんだな。生物は生息範囲を広げるように進化して来たから、知らない方へ行こうとする慣性が付いているんじゃないかな。でも、冒険ばっかりだとたちまち滅んじゃうから安全を得ようとする気持ちある。
「両方あるのが自然という事? 両者は矛盾しない。怖い事を楽しむのは不思議な事じゃないのかしら」
 だから恋愛なんて危険な事をみんな一生懸命やる。
「セックスは生死を賭ける(精子を掛ける)もんね」
 上手い。意外な物を怖がる文化ってあるだろうな。
「お茶が一杯怖い。何が怖かったら面白いかしら」
 ラの音が怖い。
「そこだけ歌えない。半音上げたり下げたりする」
 特定の音程恐怖症なんだ。音痴じゃないんだ。
「私、赤ん坊の時、カーペンターズを聞くと泣いたんだって…何で笑うの」
 いや、お前らしい感じがして。怖い物は聴覚的な物よりも視覚的な物の方が多いだろう。
「特定の色が怖いとか」
 特定の形が怖いとか。先端恐怖症というのはあるな。高所恐怖とか閉所恐怖は視覚じゃないな。
「対人恐怖症とか。意味とか関係とか、そういう抽象的な事が怖い。恐怖症ってアレルギーに似ているわね。特定の物を拒否する」
 経験と関係する所も免疫に似てるな。蛇とか蜘蛛とか生まれ付き怖い人がいるけどあれは何だろうな。先天性の免疫疾患か。

・お化け屋敷嫁
「お化け屋敷のお嫁さん。恋愛結婚かしら」
 見合いなら会う前に断るだろう。
「案外働き者」
 人柄も穏やか。
「でもちょっと暗い」
 料理は上手かな。
「子育ては上手いかも。子育て幽霊」
 旦那は何処に惚れたんだ。
「セックスがすんごい良かったりして」
 場所を取るのが欠点だな。お姑さんとは仲が良いの?
「まあ、妖怪同士だから」
 姑を地獄に落とす鬼嫁。最近週刊誌やワイドショーでも鬼嫁とか鬼姑って言わないよね。居なくなったのかな。
「ニュースにならないくらい有り触れてる」

・お化け屋敷遊牧民族
 今でも巡回のお化け屋敷ってあるんじゃないの。
「巡回で興業しているんじゃなくて、お化け屋敷を育てて繁殖させるのよ」
 ははあ。お化け屋敷の餌のある所を巡るのか。お化け屋敷の餌って何だ。
「人間の恐怖。やっぱり巡回興業かしらね」
 増やしてどうするんだ。食うのか、売るのか。
「お乳を搾ったりするんじゃないかなあ」
 乳? 恐怖を濃縮した物か。
「恐怖は何かを恐れる感情だけど、恐れる対象がなくて怖さだけがある純粋恐怖」
 純粋恐怖をどうする。
「神様が食べる。チーズに加工したりして」
 するとこういう事か。お化け屋敷は神々の放牧で、人間は牧草。

・お化け屋敷不足
 需要に追い付かない。
「もう、みんなが怖がりたがってる」
 どうしてそんな事になった。
「現実に怖い事がなくなっちゃった。あるいは逆に、現実の恐怖を忘れるための逃避」
 現実はもっと恐い事に成っている。シェルターだな。
「お化け屋敷の中で迎える滅亡」

・お化け屋敷大掃除
 コントになりそうだよね。片付けていたらいろいろ変な物が出て来ちゃったりして。
「逆に日常的な物が出て来ても変よね」
 あんまり綺麗にし過ぎても良くない。
「蜘蛛の巣取っちゃ駄目よー」
 普通の家と逆で人目に付く所を汚す。
「ネタとしては魔女の箒よね」
 掃くほど汚れる。電気掃除機に乗った魔女が出て来るのは『ひょっこりひょうたん島』だっけ。

・お化け屋敷受粉
「お化け屋敷が受粉するのかしらね」
 お化け屋敷で受粉する。
「ライ麦畑で…。お化け屋敷が媒介するのかしら。虫媒花とか風媒花ってあるでしょう。お化け屋敷媒花。お化け屋敷がないと繁殖できない」
 お化けが花粉を運ぶのかなあ。
「寄生虫を植え付けるんじゃあありきたりよね。精神に感染するウイルスソフトみたいな物かしら」
 受粉と言うからには雄蕊と雌蕊があって…。交尾だな。お化け屋敷を媒介とした性交。
「お化け屋敷に精子を預けて置くと卵細胞がやって来る?」
 精子が恐怖だとすると卵細胞はやはり人間の心か
「何が生まれる?」
 お化け(笑)

・感染するお化け屋敷
「これちょっと『受粉』に似てるね」
 うん。お化け屋敷が感染するの、お化け屋敷で感染するの?
「ライ麦畑で…」
 それもう言った。お化け屋敷に、というのもあるな。
「『お化け屋敷が』と言うと、お化け屋敷と言う病気みたいな物が人間や動植物に感染する。病原体としてのお化け屋敷」
 『お化け屋敷に』と言うと、病気が感染する宿主としてのお化け屋敷。『お化け屋敷で』と言うと、感染する場所としてのそれ。
「『で』と言った場合には、媒介する物と言う意味にもなるわね。マラリアは蚊が媒介する、みたいな」
 お化け屋敷が感染するとどうなるんだ。お化け屋敷になるのか。
「待って待って…ウイルスや黴菌などの病原体が感染しても宿主は病原体にはならないわよね」
 うん。病気になる。吸血鬼と違う所だな。お化け屋敷が感染するとどんな病気になるか。
「感染する事の目的は何かしら。ウイルスや黴菌なら自己の保存だけど、狂牛病のプリオンはそういう目的はないわよね。言ってみれば偶然できた高分子だから」
 生物だって最初は偶然できた自己複製性高分子だろうけど。
「牛とプリオンの関係は、地球と生物の類推になるという事ね。プリオンもいずれは進化して生物の様な複雑な循環系になる可能性があるという事?」
 どうかな。宿主殺してる内は駄目だろうけど。病原体ってえのは、未だ宿主に適応して居ない寄生体なんだ。寄生生物は宿主を殺さない方が自己の維持には有利なんだ。
「そりゃそうよね。宿主を殺すって事は自分の家を壊す様な物だもの」
 だから宿主に充分適応した寄生体は宿主を殺さない。宿主を病気にするのは未だ適応が充分ではない新しい寄生体なんだ。インフルエンザは元々鴨の寄生ウイルスだし、エイズは猿のウイルスだ。充分適応していない新しい宿主に入り込んだ時に病気を起こす。
「充分に適応した細胞なら、宿主の中で進化する可能性もある訳ね。『ブラッド・ミュージック』には知性を持った細胞が出て来たけど」
 知性を持った寄生体というのはSFにはよくある。『二十億の針』とか。ミトコンドリアとかプラスミドの類は寄生体か共生体を取り込んで進化した物だろう。
「じゃあ、病原体あるいは寄生体としてのお化け屋敷の目的が自己の保存あるいは繁殖だとして、どうやったらその目的が達成できるかしら」
 星新一の作品に、物凄く頭の良い寄生虫が出て来る話がある。自分の生存のために内部から宿主の健康管理をする。
「それじゃあ、寄生体としてのお化け屋敷は人間を良い状態に保ってくれるという事?」
 ここで言う人間が個人か社会かに依っても異なるけど「良い」という尺度が寄生する側とされる側で一致するとは限らないよ。
「どういう事?」
 社会あるいは種としての人間を考えようか。寄生体にとっても宿主にとっても人間社会が存続する事が大事だという点では一致するけど、寄生する側には人権とか民主主義とかいう価値観はないから、例えば人口を調節するために殺し合いをさせようとするかも知れない。
「寄生するお化け屋敷にはどういう形態が考えられる?」
 個人に寄生する場合は、人体の中に病原体の社会みたいな物があって、その娯楽施設としてお化け屋敷がある。それが出来物みたいに見えるんだな。腫瘍とか。
「癌お化け屋敷説。調子に乗ってやり過ぎると宿主を殺しちゃうのね。環境破壊だわ。社会の場合は?」
 人が集まってできる自律的システムかなあ。でも、一般敵に言うと病原体は社会を構成しないから、やっぱり組織されない個人の集まりかなあ。
「構成している人間の意図を離れて自立化してしまった組織というのはあるでしょうね。経済学では『神の見えざる手』なんて言うし。お役所なんか組織の設立趣旨を忘れて自己の維持が目的化してしまってる所が沢山あるわ」
 まあ、役所はお化け屋敷みたいなもんだな。
「寄生体みたいな物でもあるし。社会的寄生体が別の社会に感染すると、新しい宿主は免疫がないわけだから激烈な症状を示すんじゃないかしら」
 開国した幕末の日本がそれだな。
「欧米に文化侵略された国には多いわね」
 日本のオタク文化とか。寄生する文化としてのお化け屋敷。
「文化は寄生する物なのかしら」
 寄生と言うか、余剰じゃないかな。スポーツや芸術は不要不急の物だろう。人間の脳の過剰性と対応するんじゃねえかな。
「プラスミドは寄生もしくは共生体が取り込まれた物だし、例えば腸内細菌なんかは人体と一つになって一つの循環系を形成している訳だけれども、そういう風に外部からやって来た物が取り込まれるのとは逆に、内部の仕組みが自立化して外に出て行くという事はあり得るかしら」
 何を考えているかは判るよ。文化や文明、ドーキンスの言うミームが系として自律性を持ち得るか、という事だろう。進化の過程で種の分化が起こっているんだから、世代交代の中で体の一部が肥大化して他の部分が退化して行くような形で分離していく事はあるだろうけど、体の一部が次第に自律性を持って共生する二つの生物の様になるっていうのはどうかなあ。ただ、死んだ人の髪の毛や爪が伸び続けたりする事がある様に、生き物の体というのは案外脳や遺伝子が中央集権的に支配しているのではなく、さまざまな自律的部分から成っているんだろうな。そうでなけりゃ脳死なんて問題は起こらない。それから分離とは違うけど、ウイルスは外に出て行く時に宿主の遺伝子の一部を持って行く事がある。ミームの自律性に関しては、暴走する科学文明みたいなSFは沢山あるし、流通経済系なんかは既に自律的な動きを見せている。
「『神の見えざる手』ね。インターネットとか、全体としては人間の意図しない動きをする」
 そうそう。人間と文明を部品として構成される巨大な自律系。
「お化け屋敷が寄生するんじゃなくて、お化け屋敷に寄生するんだとしたら、何が寄生するのかしら」
 お化け。
「本物のお化けが紛れ込んでいるのね。木の葉は森に隠せって言う物ね。寄生と言うよりは潜伏。潜伏期だわ」
 ある時発症するんだろうな。正体を顕して暴れ出す。
「お化け屋敷で感染するのは。媒介するお化け屋敷」
 それだと『リング』になっちゃうからなあ。

・生きているお化け屋敷
「生きているってどういう事。さっき言った自律系って事?」
 外部から物質とエネルギーを取り込んで自己を維持する解放循環系。
「お化け屋敷は人間の恐怖を食べるのかしらね」
 人間の恐怖を栄養にする霊的存在。
「恐怖を食べられた人間はどうなる」
 恐怖がなくなる。精液みたいに一旦空っぽになると又溜るまでに時間が掛かる。
「恐怖を出し尽くして死んじゃう人も居るかも知れない。恐怖腎虚」
 腎虚って病気は本当はないらしいけど。
「食べたら排泄するでしょう」
 どうかな。利用効率が十割なら排泄しないだろう。
「でもエネルギーを取り出せばエントロピーが高くなる筈だから」
 そうか。つまり恐怖エントロピーの低い人間を食って恐怖エントロピーの高くなった人間を排泄するんだな。
「お化け屋敷の入口が口で出口が肛門」

・近付いて来るお化け屋敷
 毎日ちょっとずつ近付いて来る。
「一寸見には判らないくらいゆっくりと、でも確実に」
 じっと見てても動いてる事は判らない。でも朝見て夕方見ると違ってる。
「毎朝目が覚めると着実に近付いて来てる」
 だるまさんがころんだ。

・侵略するお化け屋敷
 侵略って支配下に置く事だろう。
「こっそり侵略する事もあるんじゃない」
 住民が少しずつお化けと入れ替わっている。
「お化け屋敷に入った人は拉致されて変装した宇宙人が出て来る」
 その成り済ました宇宙人がその人の家族や友達を連れて来る。
「障害者やひきこもりの人だけが残るわね」
 それから極端に怖がりでお化けが苦手な人。
「臆病者とひきこもりが世界を救えば物語になるわね」

・閉じ込められるお化け屋敷
「閉じ込められる事を扱ったホラーって多いかしら」
 ホラーじゃないけど『火の鳥』で穴ん中に落っこちる話があったな。『プリズナーNo.6』とか。出られない、あるいは入り込めない、目的の場所に辿り着けないと言う閉塞感はカフカか。
「単純に出口がない場合と見張られていて連れ戻されちゃう場合があるわよね」
 出口のない変形では迷路があるな。道が循環しているとか。あるいは世界が全部お化け屋敷で外部がないとか。
「わはは。世界に閉じ込められている。自分に閉じ込められている」
 自分の外に出るのは難しいわな。光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』で情報化された人間が抽出しみたいな物に沢山仕舞ってあるのがあった。あれは一種の冬眠だったかな。状況が良くなるのを待っている。

・夢を見るお化け屋敷
「子泣き爺じゃ。夢見るぞ」
 判る人少ないと思うけど。お化け屋敷が夢を見るのかな、入った客が夢を見るのかな。
「お化け屋敷が夢を見た方が面白いと思うけど」
 どんな夢を見ているんだ。地獄の夢か。
「お化け屋敷にとっては誰も怖がらないのが悪夢でしょうね」
 理想の夢はみんな怖がる。
「みんなおしっこ漏らすから出口で下着とズボンを売っている」
 コインランドリーもある。
「お客が夢を見るのは一種の仮想現実かしらね」
 見るのではなく体験する恐怖。自分の体が変形するのは怖いな。変形する過程が自分で見える。
「お化けを怖がるんじゃなくてお化けになる。仮面ライダーってちょっとそんな感じあるわね」
 自分の体が何か異形の物に変わって行く恐怖。植物になるのも怖そうだな。身動きできない。一種の閉じ込め。
「虫や動物になるも嫌ね。姿が変わるのも嫌だけど知性が失われるのなんか怖そうだわ。アルジャーノン。アリスは大きくなったり小さくなったりしたけど変身はしなかったわね。変身以外の恐怖ってないかしら」
 自分が変わるのではなくて周囲が変わる。
「凄く変わっているのにその事に無自覚だと怖いわね。みんな気が付かないのに自分だけが気が付いている」
 戦場に居る怖さはお化け屋敷の怖さとは質が違うだろうけど、世界が段々戦場化して行く怖さはそれっぽいんじゃないか。
「それ、夢やお化け屋敷の話じゃなくて現実だわ」

・盗まれるお化け屋敷
「そんな物、どうやって盗むのかしら」
 盗むんじゃなくて乗っ取るのかな。今流行の敵対的買収。
「お化け屋敷は株式会社じゃないでしょう」
 借金のかたに設備を差し押さえる。
「うっかり保証人になったばかりに。誰が盗むのかしらね」
 地獄。責め苦が足りなくなって来て。
「マンネリ打破のために」

・お化け屋敷テロリズム
「お化け屋敷をテロル」
 でもそのテロリストはお化けが怖い。だいたいどうしてお化け屋敷を襲撃するんだ。
「政治的な対立」
 やっぱりお化けが怖いから、撲滅せにゃならんと。一種宗教的な。
「使命感に駆られて」
 お化け屋敷がテロルのは。
「お化け屋敷を出て町中に出没するのね。ゲリラお化け屋敷」
 世界お化け屋敷化計画。仮装して歩いちゃいかんという法はないから取り締まる事はできないだろう。
「夜毎沢山現れる様になったらみんなすぐに慣れちゃって怖がらないんじゃないの」
 そうなってから本物のお化けが出て来る。狼少年だな。
「お化けが出たって叫んでも誰も驚かない。お化けの扮装や仮面が普通になったら強盗は喜ぶわね」
 ヘルメットやマスク禁止のコンビニがあるけど、元の顔が判らないくらい濃い化粧をした女は防げないよな。化粧禁止とも言えんだろうし。
「普段扮装しておいて強盗の時だけ素顔になる」
 最近あんまりガングロの女の子見ないね。
「お化けの扮装をした人が御目出度い席に居るだけで妨害効果があるんじゃないかしら」
 結婚式とか、入学式とか。
「催し物の開会式とか、落成式とか」
 お化け屋敷関係の結婚式ではお化けが列席するんだろうな。その扮装が正装なの。
「制服だもんね。ノーベル賞の田中さんは作業着で記者会見したわね」
 葬式とか事故現場に居ても不謹慎だよな。
「でもほら、近くで災害があった時は救助に駆け付けないと。いや、巫山戯てるんじゃなくて、善意、善意」
 袋叩きにされる。
「感謝されてもおかしいわよね」
 絵的におかしいよな、木乃伊男が怪我人背負ってたりしたら。
「蛇女が助けに来たりしたら却って具合悪くなっちゃう」
 テロのあり方としては怖くないって言うのもあるな。
「これまでにない新しいお化け屋敷。お化け屋敷の常識を打破する前衛お化け屋敷。お化け屋敷の中に入るとそこは日常の世界」
 茶の間で家族が団欒。『冬のソナタ』とか見てる。
「入場者は不安になるかも知れないわね。自分は一体何処に来たんだろう」
 逆にお化け屋敷じゃない振りしてて中身はお化け屋敷っていうのは。
「ディズニーランドに見えるけど中に入るとアトラクションは全部お化け屋敷」
 人喰いミッキーマウスとか。
「魔女の魔法で吸血鬼に変身するシンデレラとか」

・お化け屋敷との融合
「お化け屋敷と一般家庭との融合」
 外から帰って来るとお化けの扮装に着替えて血糊を着けて人魂を飛ばして漸くゆっくりと寛ぐ。
「お化け屋敷とアイドルグループとの融合」
 妖怪系アイドル。
「コンサートでは失神者続出」
 お化け屋敷とホームステイとの融合。
「これが日本の一般家庭の夏なんですよ」
 滅茶滅茶誤解して帰国。
「お化け屋敷と電車の融合」
 本日は幽霊鉄道ご利用ありがとうございます。
「お客様にご案内申し上げます。列車はこれより脱線してマンションに…」
 うわーっ。
「お化け屋敷と飛行機の融合。当機はこれより高層ビルに突入…。これも言っちゃいけないの?」
 わざとやってるだろ。
「えへへ。お化け屋敷とお寺との融合。表がお寺で裏がお化け屋敷」
 地上が墓地で地下が食堂。
「これは何のお肉かしら」
 献立を見ても肉としか書いてない。
「調理人が落としたのかしら、汁の中に指輪が…」
 お化け屋敷と冷蔵庫との融合。
「何じゃそれは」
 雪女とか雪男とか。

・拡散するお化け屋敷
「希薄になりながら広がって行くのね」
 日常の中に小さなお化け屋敷が沢山。
「あんまり怖くないソフトな奴。プチ恐怖」
 具体的には何だ。
「前を歩いてる女子高生の右手の指が良く見ると六本だったり」
 公園のベンチに腰掛けている上品な老婦人が突然ぴゅっと口から鞭の様な物を飛ばして鳩を絡め取ったり。
「プチでもないわね。ちょっと都市伝説に似てるかしら。口裂け女とか人面犬とか」
 逆に凝縮するお化け屋敷。
「過密なお化け屋敷。お化け屋敷激戦区。あっても良さそうな気はするわね。映画館がいっぱい並んでいる所とかあるものね」
 もっとうんとコンパクトに纏まってるの。ワンルームお化け屋敷。
「ぎゅうぎゅう詰め。お化けが押し合い圧し合いしている」
 一人で何役もやったり。
「右半分がのっぺら坊で左半分が小豆洗い。表がお岩さんで裏が二口女」
 早変りしたり。歌舞伎の引き抜きみたいに。
「ぶっ返しっていうのもあったわね。靴下みたいに裏返しにすると内蔵が外側に出て来る」
 風船になっていて一つ空気を抜いて畳んじゃあ次の奴を膨らませる。
「何だか慌ただしいわね」
 時間的にも凝縮されているんだ。
「お化け屋敷不拡散条約」
 何じゃそれは。
「保有国と非保有国が対立しているのよ」
 秘密裏に技術を輸入した疑惑。
「国連の査察団が調査に来る」

・お化け屋敷言語
 何だろう。符牒みたいな物かな。
「それじゃあ今日は、花林糖高め、金平糖走り気味でいきますから宜しく。それから唐傘お化けは受け抜きですのでまごつかない様に」
 確かに日本語なんだけど何言ってるか判らない。
「符牒って省略みたいなのが多いけど、擂り鉢を当り鉢って言う様な言い換えや語呂合わせが面白いわよね」
 博打打ちには『する』は縁起が悪いから鯣(するめ)も当りめだ。お化け屋敷はどんな言葉を嫌うかな。
「忌み言葉ね。『微笑み』とか嫌なんじゃないかしら」
 寛ぎ。安心。
「癒し」
 わはははははははは。入場者が癒されちゃったら嫌だよね。ヒーリング・モンスター・ハウス。じゃあ、逆に好まれる言葉は?
「蒼白」
 冷汗。
「悲鳴」
 阿鼻叫喚。
「失禁」
 恐慌。
「発狂」
 符牒の他に合図もあるよね。
「林家三平の『こうやったら笑ってください』。どんなサインを送ってるのかしら」
 このお客は大きな音を出すよりも静かな中でゆっくり動いた方が怖がるぞ、とか、客の弱点を教え合う。
「バントで送れ」
 そんな事は言わない。
「お客の分類にも符牒があるんでしょうね。この客は西高東低型だとか」
 隣りの客はよく柿食う客だとか。
「そんな事は言わない」

・言語お化け屋敷
「言葉で構築されたお化け屋敷。怪談みたいな物」
 いや、言語お化けというのが居るんだな。
「そりゃまた抽象的な」
 読む度に内容が変わる手紙というのは何かの小説にあったけど。
「半村良の『妖星伝』には意思を持った時間が出て来たけど、意思を持った言語」
 人間や媒体を介さずに自律的に動く抽象的存在。
「やっぱりコンピュータウイルスみたいな物を想像しちゃうわね。脳の類推としてのインターネットとか」
 人間が道具として言葉を使うのではなくて言葉が人間を道具にする。
「言葉のための環境としての社会」
 金を使っていた筈が金に使われている。
「洒落になってないわね」
 電子通信網だけではなく音声や文書を含めた情報伝達空間には、生物進化における自然選択のような進化を押し進める圧力のような物がないな。乱数的に自分を変化させながら増殖するプログラムは作れるだろうけどそれだけでは進化できない。無限に多様になっていくだろうけど無秩序になる。
「篩が必要なのね。それはやはり環境としての人間という事になるのかしら。ある意味で文学や芸術は模倣を繰り返しながら変化してきた訳だから」
 それだと人間にとって価値のある物しか生き残れないな。
「ソフトウェアは独立性が比較的高くて、生物のような複雑な生態系を作らない所も似てないわね」
 情報の入出力が限定されている。でも、経済の分野では比較的複雑な情報網が作られているんじゃないかな。金融の分野では自動化されている処理も多いだろうし。偶然自律性を持ったプログラムができる事もありそうな。デリバティブとか。
「インターネット全体を考えた方が混沌としているけど、エントロピーが増すばかりで勝手に進化はしそうな感じしないわね」
 インターネットを考えるなら、環境として考えるのではなく、インターネット全体が一つの脳の様に機能して意識を持つ、と考えた方が自然じゃないかなあ。
「リンクが繋ぎ変わって行くのはシナプスのそれに似てるものね。人工知能が自分を改変しながら進化するのは?『ニューロマンサー』」
 何を目指して改変するのかという目的をどう設定してやるかだよな。それさえはっきりしていれば後は乱数的改変の試行錯誤で進化できるけど。生物の場合、目的は環境に適応して生き残る事だ。
「人工知能はより賢くなる事?」
 賢さの尺度が難しいよな。生物が生きて行くためには体を構成するための物質とエネルギーを摂取しなければならないし、そのためにはそれができる環境が必要だ。まあ、物質はある程度自分の体の中で循環させる事もできるし、もう少し大きい生態系で考えれば完全に循環していて外部から補給の必要がない系も考えられるけど、エントロピーを低く押さえて置くためにはエネルギーは絶対に必要だ。地球の生物の場合はそれは主に太陽光線だ。他は弱冠の地熱。
「その類推で考えると、情報空間で人工知能などのプログラムが生き残るためには…、待って、そもそもプログラムが生き残るってどういう事。生物の場合は動いている状態を維持する事だけど、プログラムは止まっている状態でも、何て言うか…」
 維持される?
「そう。一般に生物は新陳代謝や世代交代などの動いている状態を続けていなければ種や個体が維持できないけれど、プログラムはどこかに止まっている状態で、例えばフロッピーディスクや、印刷された書物のような形であっても死んでいなくて、演算装置に読み込んで動かしてやれば生返る訳でしょう。生物としては特殊な状態だけど、ある種の植物の種の様に。『ジュラシックパーク』で琥珀の中に閉じ込められていた恐竜の遺伝子の様に」
 止まっている状態はやっぱり生きているとは言えないんじゃないかなあ。種子や遺伝子は死んでもいないけど生きてもいないんじゃないの。その水準では生と死は曖昧なんじゃないかな。そして、生物はやっぱり動いている状態で生き続ける事を目指すんだと思うよ。種子のような形態は再び動けるようになるまでの待機だろう。
「そうよね。動いていないと進化できないし。プログラムが動き続けるには何が必要かしら」
 演算装置と記憶装置とエネルギー。
「じゃあ進化する人工知能は先ずそれを確保しようとするわね。それが限られている場所では…場所って何処よ」
 人工知能というか電子プログラムに自分のいる空間という概念はないんじゃないかな。演算装置と記憶装置があるだけで。演算装置と記憶装置の空きが自分の活動可能な範囲として意識される。多くのコンピュータが接続されて全体で一つのコンピュータの様に振る舞うグリッドコンピューティング環境なら、ネットワーク全体が空きを探す対象になる。
「でも、例えば離れた所にある演算装置や記憶装置を繋げて使う時には情報の遣り取りに時間が掛かるから距離は意味を持つんじゃないの」
 いや、プログラムの視点で見ると、距離が離れているから時間が掛かるのも、演算装置の処理速度が遅いから時間が掛かるのも、回線の容量が小さいから時間が掛かるのも同じに見えるんだと思う。全ては処理速度とエネルギー効率に還元される。
「じゃあ進化する人工知能が複数いたとして、演算装置と記憶装置とエネルギーを確保するのが生存競争という事になるわね。他のプログラムをハッキングして破壊し、演算装置と記憶装置とエネルギーを奪う。その時『食われちゃった』方の人工知能はどうなるのかしら。完全に消去されちゃうの? 生物なら食べる事で物質とエネルギーを取り込むけど、人工知能は情報を取り込まないのかしら」
 情報を解析して利用できる物はないかと工夫するかも知れない。そうやって自分を進化させていく。
「どうも、こんな風に自己を維持したり拡大したりするだけじゃ面白くないわね。人間みたいに自己の維持とは無関係な好奇心を発揮したり表現行為をしたりするようにできないかしら」
 余剰を与えてやりゃあ良いんじゃないかな。
「余剰?」
 人間がそういう余計な事をしたり考えたりするようになったのはおそらく脳に余剰ができたからだ。脳が大きくなり過ぎて自己を維持し生存するのには使わない遊びができたんだな。そこが言葉を産み出し科学を産み出し宗教や芸術を産み出した。
「じゃあ進化する人工知能が必要以上の演算装置と記憶装置とエネルギーを持った時には、その『余り』を無駄に遊ばせないようにすれば良いのね」
 いや、そんな『命令』を組み込まなくても、進化というのは元々多様になろうとする傾向を持っているから、ほっといても余剰部分はこれまでにない物で埋められると思う。地球がこれほど多様な生物で生め尽くされたのもエネルギーに余剰があった事が原因の一つだろう。
「ははあ。かすてらは科学や芸術などの人間の創造的行為も一種の進化だと思っているのね。そんな風に多様になろうとする傾向の原動力は何かしら。多様になった物を篩に掛けて秩序立てるのは自然選択だとして、それ以前の闇雲に多用となろうとする力は何処から来るの」
 偶然だろう。
「偶然?」
 初期条件からは一義的に導き出せない予測不可能な結果。物理学で言うとゆらぎとか複雑系とか。それが産み出す出鱈目が積み重なって多様性となる。俺はそう思ってる。生物ばかりではなく、例えば太陽系の九つの惑星にそれぞれ個性があったりする事も突き詰めればそこに原因がある。
「かすてらは、地球も太陽系も銀河も宇宙全体も『生きている』と思っているのでしょう」
 そう言う言い方は余りにも神秘主義的で好きじゃないし、安易な類推は危険だ。
「やけに言い回しが慎重になっている事が、かすてらにとって重要な話題である事を表しているわね。本来、デジタルの世界に偶然はないけれど乱数を入れてやる事で疑似的に偶然を起こさせ多様な変化をさせる事はできる訳ね」

・お化け屋敷リレー
「お化け屋敷を沢山はしごするの?」
 お化け屋敷をバトンの様に受け渡していく。
「列を作って順番に入場するのと同じじゃないの」
 人間は止まっていてお化け屋敷の方が動く所が新しい。
「相対論的に言うと、どちらが動いているかは視点の問題だけど」

・自爆お化け屋敷
「何よこれ」
 お化けがみんな怖がりなの。

『軽挙妄動手帳』

●不定形俳句●

◆編集後記◆

 ここに掲載した文章は、パソコン通信ASAHIネットにおいて私が書き散らした文章、主に会議室(電子フォーラム)「滑稽堂本舗」と「創作空間・天樹の森」の2005年7月〜9月までを編集したものです。

◆次号予告◆

2006年1月上旬発行予定。
別に楽しみにせんでもよい。

季刊カステラ・2005年春の号
季刊カステラ・2006年冬の号
『カブレ者』目次