スイスで生まれ育った、ユダヤの作曲家ブロッホ

 ブロッホという作曲家は一八八〇年七月二十四日にスイスで生まれました。後にアメリカ国籍を取得したものの、戦前戦後を通じてスイスとアメリカを行き来しています。
 青春時代の大半をスイスで過ごしたブロッホは、十五才の時に初めて作曲を試み、その才能を伸ばすためにヴァイオリンの巨匠イザイについてヴァイオリンを習ったり、フランクフルトのホッホ音楽院(あのラフが教えていた学校です)で作曲を習ったりしています。

 二十一才の時にはパリにも行き、多くの音楽家と親交を結んでいますが、何と言っても重要なのは一九一〇年にパリのオペラ座で初演された歌劇「マクベス」で、この作品で彼は楽壇に躍り出たのであります。

 彼のジュネーヴ時代の代表作はチェロと管弦楽のためのヘブライ狂詩曲「シェロモ」でしょう。「シェロモ」とは旧約聖書におけるソロモン王のことで、独奏チェロがソロモン王の役で、曲が進むのです。
 ジュネーヴのコンセルヴァトワールの先生であった彼は、この曲をアメリカ旅行中にニューヨークで完成しています。そうそう、この頃、将来のスイス楽壇を背負って立つ大指揮者の卵だったエルネスト・アンセルメを教えていましたっけ…。ちょっと脱線ですね。
 えー、この「シェロモ」は、ブルッフの「コル・ニドライ」などと共に、ユダヤにルーツを求めた実に鮮烈な作品で、今日でも演奏会などでよく聞くことができます。CDも随分出ていますから、一度聞いてみて下さい。
 冒頭から増音程が含まれた下降スケールの主題が独特の雰囲気を醸し出します。
 荘重なチェロのソロが雄弁に音楽を開始し、優れたオーケストレーションによる管弦楽がそれに彩りを添えていきます。
 ユダヤ人であることをこれほど鮮烈に表明した音楽も珍しいのではないかと思えるほど、強い印象を残す作品です。
 また同時期には、交響曲「イスラエル」を書き、この声楽入りの作品でもユダヤ人としての自らを明らかにし独自の世界を描ききっています。

 私見で更に重要な作品は「聖なる礼拝」ではないでしょうか?バリトンと合唱とオーケストラといった大規模な作品のそこかしこにブロッホの巧みなオーケストレーション、音楽的、ユダヤ的主張があふれていると思われます。更にバーンスタインによる素晴らしい演奏が残されていますし、未聴ですが作曲者自身による演奏もあるようです。(ちなみにこの作品はスイスのイタリアに近いティチーノ州で書かれています。)

 作曲家ブロッホは、このようにユダヤ人としての意識が特に強かったようで、当時としては、比較的古典的な作風によりながら、独自の世界を築いている希有な作曲家であると申せましょう。
 アメリカに移住した彼は、ニューヨークやサンフランシスコで教えたりしていますが、育ったヨーロッパが忘れられなかったのか、一九三〇年にレマン湖のほとりのサヴォアの地に戻ったのですが、当時のナチスの台頭による反ユダヤ主義の増大により、一九三八年にアメリカに帰っています。
 ここでは、唯一のヴァイオリン協奏曲が書かれています。彼はイザイの弟子でもあるのですから、ヴァイオリンの扱いは実に上手く、もっと演奏されて良い作品であると言えます。瞑想的な開始部、アメリカ・インディアンの音楽にも取材したメロディーはブロッホの中で充分に彼自身の語法に取り入れられ、空虚な名技性に埋没することなく、実に簡潔にそして音楽的に作られた作品に、これぞ彼の代表作と思ってしまうほどの説得力があります。
 新録音で優秀な演奏家によるものが少なく(私は知りません)、古くはメニューインの名演があるそうですが、残念ながら私は未聴です。小生、ロマン・トーテンベルクの演奏(VANGUARD CLASSICS 08 4046 71)を愛聴しています。

 さてさて、彼ブロッホの作品について述べるなら彼のヴァイオリン・ソナタ第二番を取り上げないわけには行きません。
 この作品、"Poeme Mystique"という副題の通り、瞑想的で暗示的な作品であります。この意味で彼の師であるイザイの影響はあるのかも知れません。しかし、音楽は彼独自の世界を完全に構築しています。
 私の持っているナクソスから出た新譜の演奏、Mariam KramerとSimon Overのデュオは悪くはないのですが、あと一歩踏み込みが足りないように思います。ちょっとお行儀が良すぎるような、感じです。
 この作品は、ブロッホの慟哭の音楽ではないかと私は考えているのですが、表面的には穏やかでも内面は悲しみや不安で埋められているように思うのです。
 その意味で、エモーショナルな点でやや不満を覚えるのですが、そう録音がないので今は我慢です。その内、ギル・シャハムあたりが録音して、決定盤を出してくれることを心待ちにしているのですがね。
 Trois Poemes juifsと題された管弦楽作品、エピック・ラプソディー「アメリカ」(ストコフスキーの大変見事なCDがVANGUARD CLASSICSから出ています)や、ブロッホ唯一のピアノ協奏曲である交響協奏曲などもぜひ聞いていただきたい作品ですが、まずはブロッホの紹介ということで、この辺りにしておきましょう。

 スイスと深いご縁で結ばれたアメリカの作曲家エルンスト・ブロッホは、一九五二年までカリフォルニアのバークレー校で教鞭をとっていたのですが、一九五九年七月十五日にアメリカのオレゴン州にて亡くりました。
 無伴奏ヴィオラ組曲が絶筆となりました。ヴィオラは彼が愛し続けた楽器でありました。

 これらの他、日本では唯一と思われるブロッホについてのHPがあります。最初の彼の出生についての私の誤りを正して下さったのもそのHPの作者であります。深く感謝するとともに、ブロッホのサイトを立ち上げるにあたっての作者のその膨大な努力に敬服します。資料は日本ではほとんど皆無に等しいのですから。
 ぜひ一度立ち寄られることをお薦めいたします。
http://member.nifty.ne.jp/bloch/index_j.htm