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ルッジェーロ1世
Ruggero T
シチリア伯(1072-1101)
一番遅れてやってきたキリスト教徒の英雄。でも背信者?
ロベルト・ギスカルドの死後、その後継者となったのは、息子のルッジェーロ・ボルサだった。しかし、父ほどの実力はない。南イタリアの半島部では、内乱が絶えず、ロベルト・ギスカルドの残した権力基盤は弱体化してゆく。
一方、ルッジェーロ1世は、シチリアで手堅く実力を蓄えていた。兄の死後もシチリア征服事業を進め、南イタリアの第一人者となっていった。
ルッジェーロ1世は、ローマ教会からみると二面性のある君主と言える。
何しろ、シチリア島全土をイスラム教徒から奪回した英雄であるからして、その事績はキリスト教君主のお手本とも言うべきものである。ルッジェーロは、教皇ウルバヌス2世から教皇代理の地位を与えられていた。シチリア征服は、十字軍のような”聖戦”だったのだ。
その一方で、ルッジェーロは、征服地のビザンツやイスラムの行政組織をそのまま受け継ぎ、ギリシャ人やイスラム教徒の役人をそのまま登用する政策をとっていた。決戦を回避しつつ交渉によって降伏を促す戦術が、古い制度や組織を温存することにもなった。彼の軍隊には、あたりまえのようにイスラム教徒が含まれており、中には将軍クラスのイスラム教徒もいた。
ルッジェーロ配下のイスラム教徒は、なぜキリスト教に改宗しないのかと問われ、こう答えたという。”主人が許して下さらないのです”と。
ルッジェーロの征服地では、古い君主とルッジェーロとが入れ替わっただけで、行政組織も住民の暮らし方もほとんど変化がなかったと言える。
ただ、ビザンツ、イスラムの両世界にまたがる領土が、一人のノルマン系君主のもとで統一された意義は大きかった。様々な文化が混じり合い、全く別々に機能していたはずのビザンツ、イスラムの行政組織までもが融合してしまう。
ルッジェーロは、こうして効率的で強固な行政組織を整備することができた。
兄ロベルトのアプーリア公国は、ロベルトその人の死によって崩壊してしまったけれど、シチリアは違っていた。子孫に相続可能な権力基盤が残されたのである。
オートヴィル兄弟の末弟の代で、中世騎士の冒険物語は終わる。ここからは、エキゾチックな宮廷物語の世界が始まる。
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