![]() |
![]() |
![]() |
![]() | ![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

経営者交代疑惑浮上
さて、店はまだ午後7時頃ということもあって、客の姿も店員の姿もなかった。
奥の方に声をかけ、やっと出てきた店の人に席まで案内してもらう。
で、席に着いたとたんに驚く。
店の人が室内照明のスイッチを入れると、同時に、何本ものアーチ状の電飾が点灯したのである。古びた洞穴に似合わぬそのきらびやかさ。ミニチュア版の東京ミレナリオであった。あるいは東京ディズニーランドのパレード(夜にやるやつ)。
まあ、それはともかく、電飾に目が慣れると、壁にかかっている大きな絵が気になり始めた。人の背丈ほどもある大きな絵が、何枚も壁に連なっているのである。
素朴な田舎風の風景画あり、中世風絵画あり、現代美術的な抽象絵画あり、で統一感全くなし。何だこりゃ?
5年前に訪れた店の雰囲気とはかなり違ってる。メニューも大分様変わりしている。でも、辿り着いた道順も、店内の洞穴の形状も記憶通りだった。もしかして、経営者が変わったのか?
マテーラへの愛が閑古鳥を呼ぶ
その後、夜8時を過ぎても、だーれも客が入って来ない。それは、閑古鳥に完全に占拠された店なのであった。
まあ、こちらとすれば、ちゃんと食事ができれば問題はない。それに、こういう状況は好都合なこともある。店の人とゆっくり話ができるからだ。
そんなわけで、食事が終わったところで、店の中を見て廻っていいかと聞いてみると、店主が出てきてサッシを案内してくれた。
店の奥の方は、洞穴が下の方に伸びている。一番奥まで降りて行くと、ワイン造りの道具が並べられていた。
そのサッシは、700年前に掘られたもので、およそ400年前からワインが醸造されていたとのこと。もっとも今は当然、ワインは造られていない。展示されている道具自体は店主が後で蒐集したものとのことだったが、巨大な器械がどんと置いてあって、ワイン造りの雰囲気が再現されていておもしろい。
玄関のところまで戻ると、店主が蛇口のようなものを示してくれた。
その上に、石でできた風呂桶のようなものがある。その中でブドウを足踏みして潰し、搾られたブドウ汁が下の蛇口から出てくる仕組みになっているのだった。
これだけの観光資源があるというのに、閑古鳥が鳴いているのは悲しい限りである。
客が集まらないのは、私が見たところ、どうやら店主のセンスが観光客側の期待と合っていないところにあるようだった。
私が気になっていた巨大な絵画の数々は、地元マテーラの芸術家たちの作品を集めたものだそうな。店主の説明は、ワイン造り云々よりも、こっちのコレクションの方に力が入っていた。私を案内している途中でも、立ち止まって作品にすっかり見入っているほどだった。店主にとって、ワイン造りの道具よりも、これらの作品の方がよほど重要な展示物なのである。
そして、東京ディズニーランド方式の電飾! これは見ればわかる。説明が全然いらないと思うし、聞きたくもないが、それでも説明せずにはいられない店主。”ファンタティスコ!” そう、それこそが、彼が愛するサッシと、マテーラの芸術を美しく演出するために不可欠な装置なのであった。
たぶん、経営コンサルタントならずとも、だれもがこの閑古鳥を呼ぶ電飾を粗大ゴミに出して、絵画コレクションを店主の書斎に移動することを勧めることだろう。そして、ワイン造りの歴史を前面に押し出すのだ。そしたら、かなりの人気レストランになるのではなかろうか。
しかし、この人、とにかくマテーラを愛しているのである。商売はそっちのけで、余計なことに入れ込んじゃっているのだ。だがなぜか、こういう人が、私は好きである。
そんなわけで、チップを余計に置いてきた(いつもチップなんか払わないんだけど)。
あっ、違う店だった
さて翌日、昼食をとろうとウロウロしていたら、やはりサッシの中のレストランを見つけた。昨夜の店に似ているけど、ちょっと違う店。
それでやっと気が付いた。1997年に行った店がそれだった。昨夜行った店とは全然別の店なのだった。似たような佇まいのため、昨夜はすっかり取り違えていたのだ。
こちらのサッシ・レストランは相変わらず大繁盛である。
日本からの団体旅行客も大勢いる。そういえば、旅行会社のパンフレットの旅程表にも”サッシのレストランで昼食”なんてことが書いてあったのを見た覚えがある。
やはり、凄い勢いのある店だった。昨日の店と、この勢いのある店と、どっちを人に勧めるかと問われれば、迷いなく後者と答えるだろう。でも、どっちが好きかと聞かれると…。いや、やっぱり勢いのある店の方かな。