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プーリアの怪しいレストラン

<1997年> エピソード

アルベロベッロ

ドイツ人夫妻も退散

アルベロベッロには、「せっかくここまで来たんだから、トゥルッリの家の中で食事がしたい」という観光客心理をかき立てるレストランが2軒ある。トゥルッリのレストラン。おとぎ話の世界のようだなんて言われるトゥルッリ。そんな形のレストランだ。それだけで十分怪しい。そのうち1軒は、おみやげ店が立ち並び、店員が日本語で話しかけてくる地区にある。かなり怪しい。
私がレストラン探しに道を歩いていると、そのレストランの前でドイツ人らしき夫妻が店の外にあるメニューを見ていた。私が近づいて行くと、この夫妻はドアの方に向かい、店に入ろうとしていた。ところが、ガラス越しに中の様子をのぞき込むと、二人で顔を見合わせ、首を振って去って行ってしまった。

何しろゲーテの時代からイタリア旅行のプロフェッショナルだったドイツ人である。何か首を振るような大問題があったのか、非常に気になる。私も中をのぞいてみると、確かに問題ありだった。夜の8時半頃だというのに、客が一人もいなかったのだ。地元の客で賑わっているかどうか確かめることがレストラン選びの基本ではないか。これはやばい感じがする。

怪しいレストランに突入

というわけで、私も他の店を探そうと思ったのだが、もう一度メニューを見て考え直した。「ひょっとすると、真面目な店かもしれない。」
なぜかと言えば、メニューがほとんど解読できなかったからだ。”○○風ソーセージ、子牛の○○風”という具合に、ところどころの単語はわかっても、どんな料理なのかがわからない。完全に中身が理解できたのは1、2品のみで、そのうち1つは”ラペのオレッキエッテ”(オレッキエッテはこの地方独特のショートパスタ、ラペは菜の花のような野菜の一種)。これはたまたま予備知識があったからわかっただけで、普通は想像がつかない料理。

話はそれるが、観光客心理としては絵葉書を友人に送りつけ「今日はRapeのオレッキエッテを食べました」なんて書いてみたい衝動にかられるが、こういう意味不明の絵葉書は友人を無くすというもの。

他の店も一通り外に出ているメニューを見てきたのだが、スパゲッティが数種類あって、馴染みのメニューが5つくらいはある。この店の解読不能率が一番高かった。
私は、メニューは難しくて読めない方がおいしい確率が高いと思っている。逆に考えてみればわかる。日本語メニューのある店、英語メニューのある店で、安くておいしい店に出会ったことはあまりない。
私は、この直感にかけることにした。クレジットカードは見えないポケットの奥にしまい込み、いざ突入である。

トゥルッリを貸し切り

さて、私は店に入ると、ワインと水、ラペのオレッキエッテ、意味不明ながら○○風ソーセージを注文した。
店の客は私一人のみ。窓の外には、中の様子をうかがっては立ち去って行く観光客の姿が見える。誰も入って来ない。やはり怪しいと思われている。料理が来るまでは非常に不安な気持ちだった。

ところが、オレッキエッテもソーセージも絶品のうまさ。料理が熱々なのがうれしい。
客が少ないのは値段の設定がやや高めだからか。それとも、トゥルッリが怪しい雰囲気をかきたてているからか。私は、食事を済ましてから店主らしき人に声をかけてみた。「人がほとんどいません。日曜だから?」
すると「日曜はみんな家族でピザ屋に行ってしまうんです。昨日はたくさんの人が食べに来てくれました。」とのこと。客がいないことを本人もだいぶ気にしている様子。余計なことを言ってしまったか。私としては、このトゥルッリの形が怪しすぎて観光客が寄りつかないのではないか、とアドバイスしようかと思っていたが、思いとどまる。
それから、店主とウェイターが二人、私のテーブルの隣に並んで立ちながら、いろいろと話をする。料理がすごくおいしかったという話をすると、ウェイターが店の絵葉書をもってきてくれた。
お勘定を頼んだら、足し算して32,000リラのところ、30,000リラのご請求。2,000リラはおまけしてくれるとのこと。最後に、店主が店の奥の客室に案内してくれた。そこは、トゥルッリの円錐形の石組みがそのまま残されている部屋で、トゥルッリの構造がよくわかった。

かくして、「トゥルッリの家の中で食事がしたい」という願いも満たされ、私は上機嫌でその怪しいレストランを後にした。あまりに上機嫌だったため、もらった絵葉書に「今日はTrulli のリストランテでRapeの…」と書きたい衝動にかられたが、思いとどまった。レストランって書けば嫌われないかな。いやいや、RapeとかTrulliとか横文字はダメだよな…、葛藤は続いた。

後日談

日本に帰ってからガイドブックを読んだら、このレストランが小さく紹介されていた。全然怪しくなかった。紹介の投稿をした人も私と同じものを食べていたらしい。私だけ得した気分で帰って来たのに、何か悔しい。