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ところで、花火は爆薬でできている。ちょっとした火の不始末で、大きな事故が起きる。危ない。だから、子ども向けのちっぽけな花火にも、「大人といっしょに遊びましょう」なんて注意書きが付いているのだ。
広場には、大きな花火の筒が、大量に持ち込まれてきていた。これは大人といっしょでも絶対に危ない。風の強い日だった。そこに火の気があってはまずい。そうやって祭りの準備が進んでいるのを見ながら、タバコを自粛する私であった。
しかし、やや緊張ぎみに作業を眺めていた私の目の前で、タバコに火を点けるという剛胆な人たちがいた。何という不注意。危ないじゃないですかと注意したいところだが、しかしそれは、花火の設営作業を進めるおじさんたちであった。花火の束を手いっぱいに持っている彼らの口先には、なぜか火の点いたタバコが…。
彼らは、支柱を立ててロープを張り、そこにいくつもの花火を連ねる作業をしている。張られたロープの高さは、立っている人の顔あたり。従って、おじさんがくわえたタバコの真っ赤な先端と、ロープにぶら下げれた花火は限りなく接近する。というより、そのタバコ、花火に接触してません? それと、風に吹かれて、タバコの火の粉が激しく飛び散っているように見えるのですがね?
安全基準−その2
ある意味、それが花火の専門家というものなのかも知れない。その程度では花火に火が点かないことを見切っている。そういうことなのだろう。たぶん。きっとそうだ。
なるほど、簡単には火が点かないようだ。実際、ロープにぶら下がっている花火の筒を、下から直接ライターの炎で炙っている子どもがいた。それでも、なかなか点火はしない。そうそう、そんなもんだ。簡単には・・・
えっ? いやいや、それはさすがに危険でしょう。「あぶな・・!」(日本語)と私が声を上げた瞬間、設営のおじさんの一人が突進してきて、いたずら小僧を突き飛ばした。両手で子どもの胸をドンと突く。子どもがよろけて後ろに下がったところをもう一度ドン。さすがにカミナリが落ちた。
つまり、こういうことである。くわえタバコで作業するのは安全。しかし、花火を直接ライターで炙るのは危険。その両者の間のどこかに、彼らの安全基準の線引きがある。それを理解することは、かなり難しそうだ。
逃げまどう私−その1
日が暮れるのを待って、再びその広場に行ってみると、徐々に大勢の人が集まりつつあった。
平坦な広場だから、見物に都合のよい場所取りというのは考えられなかった。しかし、不思議なことに、集まってきた人の密度にばらつきがある。北東側の集合住宅が建っているあたりは、やけに人が少ないのである。
その閑散としている辺りに行ってみると、風当たりが強くて非常に寒かった。どうも寒さのため人が寄りつかないようだ。しかし、どうせ観るなら最前列がいい。私は寒さをこらえながら、その集合住宅の壁にもたれて待つことにした。
そして午後7時半頃、予定よりも30分遅れで、いよいよ点火の時がやってきた。
まず最初に、シュンッという音とともに、大きな火の玉が広場の中央から空に向かって飛び出して行った。そして私は理解した。私の周囲に人がいなかった本当の理由を。
火の玉は風に流され、私がその壁にもたれていた集合住宅に向かってカーブを描く。そして、この集合住宅の最上階である6階くらいのところで、打ち上げ花火は炸裂したのだった。要するに、花火は私の真上で炸裂したのである。
遠目に見る花火というものは、ゆっくりと炎の軌跡を描いて行くように見える。しかし、炸裂の瞬間の速度はかなりのものである。火の粉は、地面に叩き付けるように降ってくる。その驟雨のような火の粉のただ中に、私は立っていたのだった。当然、その辺りにいた私たち数人は、たまらず逃げ出すことになった。しかし、二発目、三発目が私たちの背中を襲う。ずいぶんと火の粉を浴びる羽目になった。
地元の人たちは、上空の風の加減をみて、ちゃんと安全地帯に陣取っていたのだ。集合住宅の壁にへばり付いていたのは、私のような素人衆だけだったというわけだ。
逃げまどう私−その2
この低空炸裂型の打ち上げ花火が数発打ち上げられた後、昼間におじさんたちが設えていたロープにぶら下げられた花火にも点火された。
私ははじめ、穏やかな火の粉が連続して吹き出し、火の粉のカーテンができるような、「ナイアガラの滝」風の花火をイメージしていた。しかし、またも予想を超えた展開となった。その茶色の筒は、全て爆竹だったのである。
轟音とともに、鋭い火花が飛び出す。煙の凄さも半端ではない。私たちがいったん避難したその場所は、まだ安全地帯とは言えなかった。爆竹に近すぎたのだ。またも勢いのある火花を浴びて、逃げ出す羽目になる。濛々たる煙と轟音の中、耳が遠くなる感じを覚えながら、私はさっきの人たちと一緒になって再び逃げ出すことになった。
もっとも、私たちは皆で歓声をあげていた。もはや、火の粉の中をともに生き抜いた戦友である。互いに顔を見合わせながら、腹をかかえて笑っていた。
そして、この華々しい火花の連鎖は、広場を二周ほどして、中央の巨大な松明に到達した。あっと言う間の出来事だった。祭りはもうクライマックスである。もう終わりである。見物のプロである地元の人たちは、さっそく帰り支度を始めている。どうやら、それから家族や仲間たちとの楽しみの時間が待っているようだった。
私も寒さが身に凍みていた。組み上げられた薪の全部に火が廻り、天高く炎が燃え上がるのを見届け、ホテルへ引き上げた。
ホテルで私を出迎えてくれたスタッフたち(なぜか三人も出てきてお出迎え)から「花火を見に行ってたんですね。どうでした?」と聞かれた。私は笑って、「とても危険」と答えた。
ちなみに、逃げまどいながら必死でシャッターを押した写真は、どれもブレていてた。