updated May 17 1999
派遣110番によく寄せられる質問と回答例(FAQ)

質 問 と 回 答 例 (F A Q)

3045. 契約書と実際の仕事内容の大きな食い違い  昨年11月から派遣社員として働いています。
派遣会社との契約内容と実際の仕事業務の違いについて疑問があります。

昨年11月半ば、「一般事務機器操作」ということで、最初は3ヵ月間の契約で仕事を始めました。ただ、私の希望は「翻訳業務」で、派遣会社に最初に登録した時点で、既にその事は伝えてありました。「この3ヵ月間の仕事が終わって、翻訳の仕事が来たらそちらへまわす」と言う約束でしたので、私もすんなり引き受けたのです。

ところが、入社して2週間もしないうちに中国語の翻訳の仕事がどんどん入ってきて、そちらを優先的にすることになってしまいました。まあ、私としてはかねての希望であった翻訳の仕事ができるのだらと思い一生懸命に打ち込みました。そして、3ヵ月間の契約期間が過ぎる前に、次の契約更新(3ヵ月)のお話が派遣元からきたのです。

しかし、仕事内容は、そのまま中国語の翻訳のお仕事であるにもかかわらず、契約書に記載された仕事内容は、以前のまま「一般事務機器操作」になっていました。私は不審に思って、派遣元に問い合わせました。
派遣元の言い分は、「今は不景気だからね、この仕事をもらえるだけでも感謝しなさい。それに、あなたは今までに翻訳の経験がないから翻訳業務での契約はできない」と言うものです。

私としては、実際の仕事と契約書の違いにこだわり、実際の仕事を評価してほしかったので、話し合いを求めました。
結局、「1月からの3ヵ月間は私の経験を積む期間として、また、そうすることによって11月から3月末まで5ヵ月間の経験になるから次の時こそ何がなんでも中国語で売り込んで中国語の仕事にまわすから、我慢してほしい」と言うのです。
そして、3ヵ月経過して、また、4月1日から3ヵ月間の契約更新のお話がきたんです。私は当然中国語翻訳業務ということだと思っておりました。しかし、また、事務機器操作になっていたんです。とても腹立たしかったです。
しかし、私は岡山県○○市という、中国語翻訳業の仕事が、都会ほど断然少ない地におりますので、なかなか次のお仕事に巡り合うのが難しいのが現状なんです。

仕事のほうも慣れてきたので、 悔しさを押し殺して契約更新に踏み切りました。それからというものの、私は今まで以上に仕事に打ち込みがんばってきました。もちろん、仕事内容は中国語翻訳業務です。

先日、次の更新7月1日からの6ヵ月間のお話が来ました。
私は、当然契約書の仕事内容は「中国語翻訳業務」になっているものだと思いました。中国語翻訳の契約になると賃金のほうもはるかに変わってきます。しかし、またもや、一般事務機器操作になっているんです。現在も、依然として翻訳業務を続けています。派遣元の言い分は「不景気だからね。」ということなんです。

翻訳の仕事を希望するのは、以前一生懸命働いて稼いだお金で自ら留学し、自分にいわば投資してきたからです。残業だってしてます。家に持ち帰ってやるざるを得ないことあります。

新たな契約更新について私はどう対応したらよいでしょうか?
もし、実際に翻訳業務をしたことで遡っての賃金差額を請求することはできるでしょうか?
地元のハローワークに電話で相談してみました。しかし、「派遣元に言ってみる」といってくれましたが、何の変化も生じていません。


  【知って得する権利手帳Q1】 類似項目参照  FAQ 3040. 2 仕事の内容が違ったら 参照

  (1)契約上の業務と実際の業務の食い違い

 以下、図のように当事者の関係を派遣元A、派遣先B、派遣労働者Wと整理して表現します。

      【労働者派遣の法律関係】

 労働者派遣の法律関係(三面関係の図)
 
 労働者派遣関係では、A−Bの労働者派遣契約、A−Wの労働契約が基本です。

 A−Bの労働者派遣契約で、決めた業務について派遣料金を決めて、労働者Wを派遣することになります。Aは、WがBで就労するにあたって、A−Bの労働者派遣契約の内容を記載した「就業条件明示書」を示します。Wは、Aに対して、定められた業務について、Bで労働を提供することになるわけです。

 Bは、WにA−Bの労働者派遣契約(それに基づく「就業条件明示書」)に記載されたのとは異なる業務を指示することはできません。

 この労働契約と就業条件明示書の記載事項が重要な意味をもつことになります。
  →FAQのqa3002. 派遣労働者の労働条件は何によって決まるのですか?

 ところが、ご相談では、労働契約や就業条件明示書で決められた「事務機器操作」とは違って、Wが実際にBで行っているのは「中国語翻訳業務」ということです。契約を何回も更新しておられるとのことですが、実際の業務と契約書所定の業務の違いについては法的には大きな問題になります。

 (2)翻訳業務についての派遣を派遣元が許可されているか?

 翻訳や通訳の業務は、たしかに労働者派遣法の対象業務ですが、それを指示するには、労働者派遣事業がそのような業務についての許可を受けていること、さらに、労働契約、就業条件明示書で、業務の範囲を明確に合意することが必要です。

 したがって、Wの担当業務を実際に変更するときには、形式的には、A−Bの間での労働者派遣契約、それに基づく、就業条件明示書の変更(労働者の合意)が必要です。

 そうしますと、派遣先Bは、労働者派遣契約に基づいてしかWに対して業務を指示することはできません。つまり、就業条件明示書(その前提となる労働者派遣契約)の記載事項の変更を行うことなしに「中国語翻訳業務」を命じる点で、Bは法的・契約上の根拠がない業務指示をした責任が生じることになります。

 他方、Aについては、労働者派遣事業について、労働大臣の許可(一般労働者派遣事業の場合)を得ていることと推測します。現行法では、労働者派遣事業の許可については、26の労働者派遣対象業務のうち、どの業務を扱うか業務の種類を特定することが義務づけられています。Aが、「翻訳業務」について許可を受けずにいる場合には、ご相談の場合、許可を受けずに、つまり、違法に労働者を派遣したことになります。

 労働者派遣法第5条は、次のように規定しています。
 労働者派遣法第5条
   適用対象業務について一般労働者派遣事業を行おうとする者は、事業所ごとに、労働大臣の許可を受けなければならない。
 2 前項の許可を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した申請書を労働大臣に提出しなければならない。
   一 氏名又は名称及び住所並びに法人にあつては、その代表者の氏名
   二 法人にあつては、その役員の氏名及び住所
   三 事業所の名称及び所在地
   四 事業対象業務(労働者派遣により当該事業の派遣労働者に従事させる業務をいう。以下同じ。) の種類
   五 第三十六条の規定により選任する派遣元責任者の氏名及び住所
 3 前項の申請書には、事業計画書その他労働省令で定める書類を添付しなければならない。
 4 前項の事業計画書には、労働省令で定めるところにより、当該事業に係る派遣労働者の数、労働者派遣の役務の提供を受ける者の数、労働者派遣に関する料金の額その他労働者派遣に関する事項を記載しなければならない。
 5 労働大臣は、第一項の許可をしようとするときは、あらかじめ、中央職業安定審議会の意見を聴かなければならない。

 この つまり、この第5条第2項四号は、
 労働者派遣法第5条第2項四号

 四 事業対象業務(労働者派遣により当該事業の派遣労働者に従事させる業務をいう。以下同じ。) の種類 

 と規定しています。

 ご相談では明らかではありませんが、Aが、契約更新にあたって「翻訳業務」を就業条件明示書に記載しなかった理由の一つは、「不景気だからね。」ということですが、「翻訳業務での派遣」について許可を受けていなかったからではないかと疑問が生じます。この点をハロワークなどで確認することが必要だと思います。

 もし、Aが翻訳業務についての派遣を対象にすることなしに、Wを派遣しているときには、労働者派遣法第59条に違反しますので、Aは、1年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられるほどの重大な刑事責任を問われます。
 労働基準法第59条(無許可労働者派遣罪)

 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
  一 第四条第三項又は第十五条の規定に違反した者
  二 第五条第一項の許可を受けないで一般労働者派遣事業を行つた者
  三 偽りその他不正の行為により第五条第一項の許可又は第十条第二項の規定による許可の有効期間の更新を受けた者
  四 第十四条第二項又は第二十一条の規定による処分に違反した者
    (平八法九〇・一部改正) 

 Bについては、労働者派遣法第26条所定の労働者派遣契約で労働者の担当する業務を定めること、さらに、同条第4項に
 労働者派遣法第26条第4項

  4 派遣元事業主は、第一項の規定により労働者派遣契約を締結するに当たつては、あらかじめ、当該契約の相手方に対し、第五条第一項の許可を受け、又は第十六条第一項の規定により届出書を提出している旨を明示しなければならない。  

と規定されています。Aが「翻訳業務」での許可を受けていないときには、Bも、その事実を知っていると考えられます。それを知りながら、Wに翻訳業務を担当させていたとすれば、Bの責任も重大です。

 第59条二号の「無許可労働者派遣罪」は、主にはAを処罰するものですが、Aに無許可の翻訳業務での派遣を強制したということでは、Bに共犯(教唆犯)の責任を追及できるとする専門家(元裁判官)の見解もあります。

 事情が明らかにできれば、違法派遣であるときには、AおよびBの法的責任を追及することが可能です。
  →FAQ qa2122. 違法派遣というのは、どういうものですか?

 実際には、AやBの刑事責任追及と並行して、民事的解決を目指せば有利な結果につながる可能性があります。

 (3)賃金の差額の遡っての請求

 「一般事務機器操作」としての約束に反して、実際に「中国語の翻訳業務」を担当させるのは、A−Wの労働契約、A−Bの労働者派遣契約(就業条件明示書)に違反しています。

 (1)、(2)と合わせて、この契約違反の責任を民事的に「賃金の未払い」としてその「差額請求」または、それに相当する「損害賠償」として請求することが考えられます。

 まず、A−Wの間には、「一般事務機器操作」に従事することを理由にして賃金が決定されていると推測できます。Aがどのように賃金を決めているか明らかではありませんが、労働者派遣の建て前では、Aは独自の基準で、Wの賃金を決定することが必要です。

 労働基準法第89条以下の規定に基づいて、Aとして賃金などの労働条件を具体的に決める「就業規則」を決定することが必要です。ご相談では、Aの「就業規則」がどのようになっているか不明ですが、賃金は、就業規則に基づいて、客観的な基準にしたがって決まります。派遣先に応じて決まるのではありません。担当する業務や熟練度などから賃金を客観的に決めなければなりません。

 (参考判例)自動車用ガラスの加工に従事していた中途採用の女子従業員の賃金につき、男子従業員との間に差別があるとして、不法行為による損害賠償を認容した事例(石崎本店差額賃金支払請求事件・広島地裁平成8年8月7日判決)

 (2)から、A社では、「翻訳業務」についての賃金基準が定められていない可能性も考えられます。その場合には、どの基準で賃金を決めるかが問題になりますが、翻訳業務が専門的業務であり、一定の労働市場での賃金が客観的に決まっていることが有力な基準になると考えられます。

  「東京都労働経済局の派遣労働関連調査(1995年)」  
業務の種類 平均基準賃金
(月額)
派遣料金の平均
(20日分)
機器操作 206,960円 301,080円
通訳・翻訳・速記 323,200円 579,220円

 時効の関係がありますが、まだ1年にもなりませんので最初から遡って賃金または損害賠償を請求することが可能です。

 以上、A社の就業規則その他から、適当な賃金差額や損害賠償額を決めて、その遡っての支払いを請求すればよいと考えます。

 (4)問題解決の方法について

 法的には、(1)労働者派遣契約(労働契約、就業条件明示書)違反、(2)無許可労働者派遣と推測できます。たしかに、「翻訳業務」などで客観的な賃金額がほぼ自動的に確定するという制度が日本にはありません。しかし、(1)、(2)の事情を明らかにすることができれば、AやBに対する損害賠償請求は十分に可能です。

 場合によっては、裁判や刑事告発、公共職業安定所への申告による行政指導の要請などの手段を含めた対応もできますので、民事的な解決も可能だと考えられます。

 ご相談の事情では、個人での交渉だけでは難しいかもしれません。できれば地域の労働組合(個人加盟や派遣労働者の問題に取り組んでくれる組合)と相談し、その顧問弁護士の助力を得て、AとBに交渉を申入れることが適切な対応だと思います。

 ただ以上は、あくまでも法的な責任追及の可能性です。
 AやBの責任を直ちに追及することも可能ですが、実際の契約更新の話し合いでは仕事の確保も重要になります。悔しい思いをされていると思いますが、当面は我慢して機が熟すことを待つことも必要かもしれません。周囲の援助態勢があるか、争えるだけの証拠(根拠)があるか等、実際的な判断をして下さい。

 いずれにしても、「現状はおかしい、改善してほしい」という対応は崩さないようにすることが重要です。労働者側が現状を受け入れる対応をしてしまえば、明示または黙示に合意したことにもなりかねません。契約上の業務と実際の業務が違うことは問題であることについては譲らないことが大切です。現実の力関係ではすぐに争うのが難しいので、争う時期を先に延ばすというのが基本的な対応です。

 幸い、賃金など労働基準法上の権利については時効が原則2年ですし、損害賠償請求では3年(または10年)もあります。契約更新を拒否されたり、解雇されるなど労働契約が終了してから、労組を通じての交渉や裁判などの方法で争うことが十分に可能です。

 いざというときに法的に争うためには、次のことが必要だと思います。
 (1)実際に援助をしてくれる地域の労働組合や弁護士を見つけて相談をはじめておくこと、
 (2)Aが労働者派遣事業の許可を得ているか、どのような許可を得ているか、などを調べること、
 (3)関連した文書(契約書、就業条件明示書、就業規則、給与明細など)、派遣元の口約束や言い分の記録、就労の記録などをきちんと残しておくこと、
 (4)AやBへの請求額を根拠をもって確定すること、
 (5)必要な労働法などの知識を身につけること
 等が考えられます。

 ご自分の思いや貴重な労働を生かすこと、正当な評価を得るためにも、納得のいく解決をめざしていただきますようにお願いします。


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