4-1 盛岡へ 4-2 盛岡9/11

東北の旅
2002年7月26日〜31日


2002年7月30日(火)

*は、クリックすると、大きい画像があるものです。


盛岡2日目 



主人は、丸山三内遺跡が見たいと先を急ぐ。
でも、せっかく盛岡に来て、「わんこそば」だけでは、
ひどすぎると、私。結局、お昼過ぎくらいまでに見れるところを
ガイドブックで検討。
岩手公園と、報恩寺に行くことにする。




岩手公園には、盛岡城跡があるとのこと。
昨日通っているので、場所は、わかっていた。
ところが、近くには、直ぐ行けたものの、駐車場がわからない。
迷った挙句、私達が入り込んでしまったのは、
どうも、「人専用」の道だったらしい。
立ち往生することになった。

どこかに車進入禁止って、書いてあったっけ?
道は、どんどん先細りしており、どう動きようも無い。
と、その時、
いきなり、車の窓をドンドンッ!!と、荒々しくたたかれて、
びっくりする。主人が、窓を開けようとする間もなく、怒鳴られる。
通勤途中らしいサラリーマンの人だ。
急なことで、何を言われたかは、わからなかった。
とにかく、窓の向こうのその人物は、険しい表情で
怒鳴り声だけ残して、行ってしまう。
???
行き止まりのところに誰もわざと入るわけがない。
あんな言い方をしなくても・・・途中、行き交う人もいたけれど、
特に教えてくれた人もいない。これが、「都会の洗礼」・・・?!


せっかく、ずうっと気持のいい旅してきていたのに・・・ふうっ。



盛岡城跡

岩手公園は、このお城跡地に作ったものとのこと。




*



報恩寺

「600年以上の歴史を持つ曹洞宗の古刹」
と、ガイドブックにある。

五百羅漢に惹かれて、出かけてみることにする。


山門


静かな境内、歴史を感じさせる雰囲気、落ち着けそう。


*



鐘つき堂



本堂内正面
*
本堂は、昭和35年に全焼して、
建てかえられているとのこと。
ご本尊は?と、覗きこんでみるけれども、きらびやかな
装飾が見えるだけで、わからない。あまりにもひと気がないと、
どこまで入ってよいものかわからないものだ。畳に足を乗せては
みたものの、結局、中には、行けなかった。



羅漢堂内部
*
ここは、1735年に建造されて、
1851年に改築されたとあるので、
火事の被害には、遭わなかったということ。
これが焼けてしまっていたら・・・
お寺は、泣くに泣けなかっただろうと思う。
中央が、弘法大師作の蘆遮那仏。
周りを囲んでいるのが釈迦の十大弟子と、
十六羅漢なのだそうだ。
すごい、すべての壁の、天井ぎりぎりまでを、羅漢が
埋め尽くしている。



五百羅漢
右側



入り口近く




左側



(左)マルコポーロ(右)フビライ
といわれている像
(報国寺バンフレットより)


500体もあると中には、
主人に似ている居眠り像も?
*


↓本堂から山門を見る。
*



報国寺の周りには、お寺が一杯あった。
でも、もう出発しなくては。

途中、もう一度、トヨタの工場を見つけたので、
クーラーを点検してもらう。やはり、ガスは、
入らないとのこと?仕方ない。
帰ってからの車検で一緒に直してもらうしかない。

東北自動車に入る。
クーラーからのぬるい風をせめてもの
暑さしのぎにした(ぬるい風でも無いよりまし)。

私は、自分でも運転するのだけれど、
高速のスピードが恐ろしい。
追い越さないで欲しい、とか、
スピードを落としてとか、余りに言うので、
少し、寝たら? と、主人に言われる。


事件


確かに、うるさかったかも知れないナ。・・・納得。
眠たくもないけれど、少し休もう、そう思って私は、
椅子を倒して、目をつぶった。眠り込んでいたわけではなかった。
そして、どのくらい進んだ時だろう。
いきなり、車が、ガ・ガ・ガッ、ガク・ガクッと、つんのめるような
感じになり止まった。私は、ビツクリして、体を起こした。
「ダメだ、いきなり減速した。」と、主人が言う。
?・・・!・・・・??
そして、動くことは動くから、と、ガクガクする車を
道路の端にどうにか寄せた。

一体どういうことなんだろう。
しばらく、二人、車を下りて、呆然としながら、車の周辺を
回ってみた。左のタイヤがゴム臭い。
「これだけじゃな。」

と、そこへ、一台の黄色い車が近づいてきた。
「どしたの?」「動かないのかい?」
年配の男性が下りてきて、親切にもあれこれと、我らが愛車の
ことを心配してくれる。その結果、
、「こーりゃ、だめだねぇー。(JAFを)呼んだ方がいいね。」
その人は、道路に異常がないか、見回りに来た
道路管理事務所?の人らしかった。

私達が車を止めたところは、ちょうど、
高速道路の緊急電話の真ん中あたりだとのこと。
主人は、JAFを呼ぶため電話を掛けに行った。

「でも、よかったよー。ケガ無くて・・・。」
「こんなことでも、ヒドイことになる場合もあるからサァ。」

確かに、そうだ。これだけのことでも、後ろに
車間距離をおかない車がいたりしたら、
追突されていたかもしれないし、あるいは、
故障の仕方次第では、こういう止まり方さえ
できなかったかもしれなかったのだ。

その人は、主人が電話のところから戻るまで、
通り過ぎる車に旗を振りながら、
あれこれと、慰めてくれた。彼のおかげで、自分達のいる位置も
わかったし、 とにかく有難かった。

JAFの牽引車が来るまで、40分位を
私達の旅の話などしながら待った。

そして、結局、車はJAFに引かれ、
私達はJAFのトラックの助手席に乗せてもらって
高速を下りるコトになったのだった。

どうもお世話になりました、親切な道路事務所の人。


↓JAFのトラックの座席から
うー、情けない。


高速道路の出口を抜けると、
JAFの寡黙で、愛想がないそのおにいさんは、
「じゃ、ここで。」とこともなげに言って牽引車を道路の端に止めた。
えっ! ちょっ、ちょっと待って、おにいさん。
「それはないでしょう!?」
動かない車をこんなところに残されて、どうすれというの!?
私達が抗議をすると、彼は、のろのろと会社に電話をかけた。
悪気は、ないらしいんだけど、、、、??

結局、会社が
トヨタの工場を探してくれて、その指示でそこまで牽引してもらう。
修理できるなら、待って直してもらうつもりだった。



でも、故障箇所は、トランスミッションとかいうところで、
修理には、30万円位かかるとのこと!
しかもそれだけかけて直すとしても、日にちもかかかるという。

ええいっ、諦めよう。どうしようもない。

レンタカーを借りることにした。
車での旅ということで、普段の旅では、持ってこないものまで、
安心して、持ってきていた。おまけに、
龍泉洞で、お水の1000?のボトルも
何本か、買ったりしていた。

愛車のナンバー・プレートをはずしてもらい、
トランクに入れていたほとんどの道具類も捨てざるを得なかった。
ホントに、仕方ない。

レンタカーに乗り換える。
あ〜あ、でも、事故ったりしたこと考えれば、ねぇ。
ため息をついては、そう思い直した。

ところで、レンタカーは、ピカピカで気持が良かった。
クーラーは、バッチリ。カーナビもついてる。
ガイドブックと睨めっこしながら
カーナビの操作を覚えるのに熱中して、
しばし、不幸な事件を忘れた。






東北の旅TOP