東北の旅
2002年7月26日〜31日
2002年7月29日(月)
*は、クリックすると、大きい画像があるものです。
(1)野田村出発
朝、民宿のそばを流れる小さな川の流れの音で
目を覚ました。こんな目覚めが、いつか、遠い日に
あったような気がして懐かしい思いだった。
下の写真は、私達が泊まった部屋の窓。
*
私達が泊まった部屋は、12畳くらいだったろうか。
お客さんが多い時は、きっと、雑魚寝になるのだろう。
下の写真の中の左の着物は、刺し子。江戸火消しの
半纏かと思う。正面は刺し子のステッチの
アート・タペストリー。どちらも泊まったお客さんからの頂き物とのことだ。
*
昨日、希望を聞かれていたので、私は、
朝にお風呂をいただいた。お風呂は、新しく広々としている。
朝食までの間、付近を散策してみた。
暖まった体に朝の空気がすがすがしい。
水の流れるところには体にとてもいい「マイナス・イオン」が
あるのだそうだ。
でも、水は、その水音だけでも
癒しの効果がありそうな気がする。
流れに沿って、あちこちと歩いてみる。木立の奥に見える流れが
涼しい。
木々の間が、せせらぎの上が
生まれたての風の「通り道」・・・
*
散歩から帰ると、朝餉を待って、主人が
縁先に座っていた。こうして絵になるのも日本家屋だからこそ?
朝餉の準備が出来つつある囲炉裏端
*
自分達の部屋から出ると、朝の光の中
開け放した戸の向こうに囲炉裏の煙と
上につるされた鉄瓶からの湯気が見える。
映画の一場面のような気がしたものだ。
朝食は、
手づくりのパンと手づくりのジャム数種類。
そして、コーヒーをいただきなから、ちょっとしみじみと
した思いで囲炉裏を囲んだ。
その時点では、八戸から帰る予定だったので、
お二人から八戸市内の素敵なエスニックの
お店も紹介していただいたりした。
さて、出かけよう。
「苫屋」の坂本さんご夫妻と犬二匹に送られて
私達は、出発した。
アイルランドに行ったら、きっと、連絡します・・・ね。
*「苫屋」さん情報*
〒028-8201 九戸郡野田村日形井5-22-1
予約は、電話がないので、葉書でおねがいします。
とのことです。(2003年朝日新聞で苫屋さん、紹介されていました)
野田を出て間もなくのところに
「西行屋敷跡」があると、ガイドブックに出ていたので、
寄ってみようということになる。
案内に従い行ってみるけれど、途中で、
案内板がなくなり、行き着けない。戻って別の道を
進んでみても山道の行き止まりになったりする。
ホントにもぉ〜。八戸のKさんが言っていた
「東北人は、アピールべたなのだそうです。」
という言葉を今更のように思い出す。
ガイドブックに載せている限りは、
ちゃんと、案内を最後までつけて欲しいよねぇー、と文句を言いながら、
何回も行きつ戻りつ。ぐるぐる回ってみる。でも、みつからない。
結局、時間ばかりが経ち、探すのを諦める。
私達は、できる限り海岸沿いに進んだ。
*
これが、もしかして名所の北山崎?
海沿いに下がれるところは、できるだけ海際を行った。
浄土が浜は、暑さのため、飽きらめた。
猛暑の中、間違った浜に下りて、上ったら、
私が具合が悪くなってしまったからだ。
主人だけが、人気の無い海岸で、泳ぎ
「太平洋でおよいだぞぉー!!」と気分爽快、大満足。
私は、クーラーが不調の暑い車で
ムッとしながら待っていた。
カー・クーラーを
近くの町の、車の工場でみてもらう。その結果、
クーラーのガスが減ってしまっているが、なぜか入れられないとのこと。
この辺から、思えば、車が怪しくなってきていたのだろうか?
出発前には、長距離点検をしてもらっていたのだけれど・・・。
帰ったら、間もなく車検、一緒にみてもらうしかないね。
この時点では、そう話ていた。
ともかくも、次の目的地は、龍泉洞である。
昔、秋芳洞に行ったことがある。
高校の修学旅行でのことだ。当時お決まりの京都、奈良を経て、
広島、秋芳台へと行った。お寺や仏像は、大好きだったので、
飽きることはなかったけれど、
その後で見た、自然の驚異は、なんとも新鮮だったものだ。
当時ほとんど自然に近いままで、観覧できた秋芳洞の中は、
それはそれは、見事だった。あの感動が忘れられなくて、
私は、龍泉洞に固執したのだ。
龍泉洞
日本三大鍾乳洞のひとつで、天然記念物
「龍泉洞」バンフレットより
外気温が30度数度を越えていて、私は、すっかり
参っていたので、この鍾乳洞の中のひんやり感は、何ともあり難かった。
エメラルド色をした地底湖の水がどぉーどぉーと
音を立てて流れるさまは、爽快そのものだ。
でも、日本で一番の秋芳洞の印象が強かったので、
三番目の大きさは、実は、ちょっと、物足りなかった。
ただ、冷たい空気と、深いほうで深さ98メートル
あるという地底湖は、それぞれなんとも幻想的な
雰囲気だったのも確かだ。
つやつやした鍾乳石の壁
あちこちで、水滴が襟首に落ちてきて、そのたびにピクリとする。
濡れた岩の道が上ったり下りたりして続く。
鉄の階段を百段位は登ったのだろうか。
その高さから、地底湖を覗くと、さすがに
恐怖感が募る。吸い込まれそうな気がする。
↓は、恐る恐る覗き込んで撮った地底湖。
フラッシュを炊いても
光が届かなくてうまく深さが出ない。
真ん中の点2つが、水面。横のかすかな線が、
下の見学用歩道の手すり。
*
龍泉洞を出て、遅い昼食を取る。
イワナの塩焼きがおいしかった。
後は、ひたすら、山の中を盛岡へとひた走る。
進めば進むほどに、新しい緑深い山が現れる。
山頭火の歌が自然に心に浮かんできた。
*
盛岡
何時間山の中を走っただろう。
車は、ようやく、盛岡市内にはいった。
町の雰囲気は、もちろん、都会。行き交う人、道を尋ねた人の
雰囲気も都会。今回の旅の何かが終わったなー、という思いが
説明し難くこみ上げてきた。ここから先は、普通の旅。
「気持を切り替えなくちゃ」・・・この感じ、どう書くといいのだろう。
ガイドブックと照らし合わせて、車で回りながら、
ホテルを探し、片端から電話をかけてみる。
ほどほどの料金のホテルがみつかる。
行ってみると、新しいホテルのようだ。
フロントには、ネツト用にコンピュータが数台並んでいる。
日も暮れてきたし、そこに決めることにする。
部屋は、狭かった。
でも、機能的に作られている。
ま、いいよね。
荷物を片付けるとすぐ、主人に急かされて、
かねてからの念願、「わんこそば屋」さんに向かう。
注文受付時間ぎりぎりセーフ。
でも、返って混んでいなくてよかったかもしれない。
挑戦するのは、もちろん主人。
食べた数をお椀を積むのと、札(ふだ)で数えるので、金額が違うとは
知らなかったけれど、ま、この際は、やはり、お椀でしょうね。
千円位高かったような!!
私は、「サラダそば」を注文。その味に十分満足する。
結局主人は、作戦が失敗したとかで? 34杯で
満腹宣言となる。女子の平均にも及ばない数らしい。
もし、これから試してみようという方は、ぜひ
事前に傾向と対策をしっかり立てることをお勧めします。
この挑戦のための料金、確か3600円だった・・と。
(薬味の量によっても違いますが)
↓の表によると、最高記録は、559杯(@_@)
食べた人に会ってみたいと思ってしまう数字だ。
主人の「三つの願い」のうち、これで、ひとつが
叶えられたということになったらしい。
(何てささやか!)
さて、あと、二つの願いは?
ホテルにせっかくネットの設備があるのに、
通り過ぎれない。
ちょっと、覗いて書き込みなどしてから、部屋に戻って、寝る。
