東北の旅
2002年7月26日〜31日


2002年7月30日(火)

*は、クリックすると、大きい画像があるものです。

青森


三内丸山遺跡

三内丸山遺跡は今からおよそ5500年前〜4000年前の
縄文時代の大きな村の跡とのこと。

約580の竪穴住居跡、10数棟の大型竪穴住居、
約100の大人の墓、約880の子供の墓など数々のものが発見
されているとのことだ。
思った以上のスケールの大きさに驚く。





大型掘立柱建物(想定復元)
(おおがたほったてばしらたてもの)
建物の高さは、柱の底の土にかかった重さから推定
しているのだそうだ。
この建物の用途については、幾つかの説があるらしい。
これは、「祭祀的な色彩の強い複合的な目的をもった
非日常的な公共施設」を想定したものとのこと。
*


*



掘立柱建物
(ほったてばしらたてもの)
倉庫などに使ったと考えられている。



竪穴住居



南盛土(もりど)
「生活の廃棄物をすて、約1000年間で、小山のようになった」
(遺跡のパンフレットより)ものだということ。中から、大量の土器、
石器の他に、土偶やヒスイ製の玉、焼いた時に失敗した土器も
捨てられていたとのことだ。

*

見つかった翡翠



北盛土
竪穴住居や大きな柱穴を掘った時の残土など、
いろいろな廃棄物を捨てて、小山のようになった。
これは、壊れた土器が敷き詰められた様子。

私のような門外漢でも、
縄文時代の人々の生活の跡なんだぁ、
という実感が湧いてくる。



ポシェット
(パンフレットより)
草で編んだ袋の中にくるみが一個入っていたそうだ!!
ポシェットねぇー。やっぱり、こういう手づくり品に
取り分けロマンを感じてしまう私だった。



ずうっと、三内丸山遺跡に
行きたいと思っていたという主人。満足していた。
これで、主人の二つ目の望みは、叶えられた。



次は、「棟方志功記念館」に行くことにする。
カーナビの設定が出来るようになったので、効率がいい。
閉館にも間に合いそうだ。


でも、カーナビも、時に、位置がつかめなくなるらしい。
矢印が、くるくる回って、それが慌てふためいているように
思えるから、おもしろい。

直線道路は、指示の必要がないため、
音声の案内がない。静かだ。
「無口だねぇ。少し、しゃべったら?」という気分になる。
目で見るだけではなく、声が出ると、何だか、
人間のような気がしてしまう。車の中の夫婦ゲンカさえ
聞かれそうな気がしてくる。


「棟方志功記念館」

大きくないけれども落ち着いた雰囲気の
建物だ。



(パンフレットより)
145作品、613点の中から
40点位の作品を年に4回、展示換えをして
紹介しているとのこと。
本などでは、見慣れた作品も
墨の乗り具合を間近で感じながら鑑賞すると、
その大きさとも相まって、迫力がある。




棟方志巧記念館は、こちらからどうぞ。




次の予定


その後、駅の近くで、車を止めて、食事をしながら、
後の予定を相談する。
まず、八戸からの帰りのフェリーをキャンセルした。
そして、予定より一日早く帰ることにする。

あと2泊、予定通りで、ねぶた祭りが見られるなら、
意味があるけれど、そのためには、もう一泊が必要だった。
車を廃車にした後でもあり、休暇を一日延ばしてまで、
という気には、ならなかった。汽車の座席を確保する。
そして、この日の宿泊は、浅虫温泉ということにして、
宿探し開始。

日本風の旅館に泊まりたかった。
持参のリストに浅虫温泉の情報無く、本屋さんに行く。
旧館の玄関の日本風な雰囲気の写真に
引かれて、電話してみると、部屋はあるとのこと。
それ以上に、「夕食は、済ませた、と言ったのに、
何だかぜひ泊まって欲しそうだった。」とは、主人の弁。
じゃあ、そこにしよう。

そのまま、駅のデパートで、おおよそのお土産を選んで
浅虫に向かう。カーナビのセットもOK。
こういう時は、余分に迷わなくて済んで、
なかなか便利だ。



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