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 ことばをめぐるひとりごと  その33

「トラブる」の先祖

 機械が故障したりしてうまく作動しないときに「トラブってる」などと言う。「トラブル(trouble)」を「偉ぶる」みたいな動詞と見立てたところが工夫でしょうね。あまり古い例を知りませんが、1980年代に登場したことばのように思います。歌詞にも「トラブる夜」(「TROUBLE」作詞・安藤芳彦、1989)などと出てきます。
 楳垣実『日本外来語の研究』(1943)によれば、戦前からこういう「名詞の活用」の例があったようです。「ダブる」(落第する)、「バアバる」(頑張る・野人ぶる←barbarian)、「トロッテる」(ふらふらしている←フォックス・トロット)など、学生語を中心に多かったらしい。漢語では「目論」からきた「もくろむ」、「暴利」からきた「ぼる」というのもありますね。
 単に「愚痴・牛耳・事故・江川(卓)」などに「〜る」をつけて「愚痴る・牛耳る・事故る・江川る」という例は、たくさんあるのですが、これはちょっと安直すぎるので、今は除外。そういうのではなく、「トラブル」という形をみて、「おや、この『ル』は、動詞の語尾に似ているぞ」と発見して、「トラブってる」と活用するところに新鮮味があると思うので、そういう例ばかりを探してみようと思います。
 これも近代の語で、「ハヤす」。「ハヤシライス」などの「ハヤシ」(hash。ひき肉の料理)の活用だそうです。肉を細切りにすること。1927年の資料からとして荒川惣兵衛『角川外来語辞典』に載っています。
 この「ハヤシ」自体、「hash」を日本語の「林さん」に引かれて聞き違えたフシがあって、「ハヤシライス」も林さんが作った料理であるという俗説がある由(楳垣前掲書)。が、ここでは深く立ち入りません。
 明治以前の例に行ってみましょう。まずは、「退治る」。次の例が早い例のようです。

 明朝は真暗な中に出かけて、盗賊(どろぼう)を退治るつもりで出かけやせう(人情本「春色梅美婦禰」)

 「退治」に「〜る」を付けただけのようにも思えますが、「退治って」と言わず「退治て」と言うので、「〜じる(ぢる)」から語尾だと考えられます。
 「かうる」。荷造りをすること。「梱(こ)る」が長音化したことばか、「行李(かうり)」から出たことばかと言われますが、後者ならば、「名詞の活用」の例になります。
 「料(れう)る」。「料理」の動詞化で、そのまま「料理をするをする」ことです。「残暑しばし手毎にれうれ瓜茄子(うりなすび)」(芭蕉句集)という句もあります。ナスのバーベキューをしているのか?
 文政年間に出板された鈴木朖「言語四種論」には、「料る」のほか、当時の俗語として「彩色スルヲサイシク.乞食スルヲコジクト云類オホシ」(6丁ウ)とあります。
 「敵対(てきた)ふ」。「敵対」から。敵対する・反抗すること。天草本「平家物語」にいくつも出てきます。

 その子細は、そのいにしへ、信頼卿といふ人に一味して平家に敵対はれたによつて、すでに誅せられうずるに定まつたを、重盛さまざまに申して首をつがれたに、(原文ローマ字)

 「問答(もんだ)ふ」。問答をすること。「問答」を「モンダウ」と発音していたからこそ、こういう動詞ができたんですね。これも中世のことば。
 「ひじる」。「聖(ひじり)」から。中世語です。聖のように振る舞うこと。僧になること。
 また、平安時代にもかなりあります。特に、女流文学によく出てきます。
 まず「騒動(さうど)く」、および「装束(さうぞ)く」。前者は「騒動をおこす」、後者は「装束(さうぞく)」から、「身支度をする」こと。
 「装束(さうぞく)」の「く」が動詞の語尾と似ているというのは分かるのですが、「騒動(さうどう)」が「さうどく」とカ行動詞になるのはちょっと分かりにくい。それで語源には諸説あります。
 また、「〜事」「〜言」から「〜ごつ」という動詞が多く作られています。
 「まつりごつ」は「政(まつりごと)」から。政事を執ること。また、「はかりごつ」は「はかりごと」からで、計略を立てることです。
 「しりうごつ」。これは「後言(しりうごと)」の活用で、「陰口を言う」こと。「ひとりごつ」は「独り言を言う」。今でも使います。「うち返りごつ」は「返事(=かへりごと)をする」。等々、「〜ごつ」という接辞は生産性があるらしい。

 最後にもう一つ。平安朝の例に、「さくじる」というのがありました。「りこうぶって差し出がましいことをする」こと。これが「作事る」であると考えれば(玉上琢哉)、「名詞の活用」の例になります。

 宮にあづけ奉りたる、うしろやすけれど、いとさくじりおよずけたる人立ちまじりて、おのづから気近きも、あいなき程になりにたればなむ(源氏物語・少女巻)


 もっとも、認めない辞書のほうが多いようですがね。

   参考文献 山田孝雄『国語の中に於ける漢語の研究』宝文館,1940

(1997.9.20)

追記 高島俊男『お言葉ですが…4 猿も休暇の巻』(文藝春秋 2000.03) p.66「パニクっちゃった」は、上記文章と同じテーマを扱ったもので、芭蕉の句例まで同じものが出ています。高島氏の出した語例をメモしておきます:パニクる、サボる、ダブる、ネグる、ミスる、アジる、ドッペる、ニヒる、テロる、ヒステる、ルンペる、モダる、ツモる、退治る、愚痴る、道化る、皮肉る、湿気る、料る。また、ちょっと趣が違うものとして、パクる、ゴテる、ゴネる、ブレる、ダレる、ジレる、バレる、グレる、ビビる、ポシャるが挙げられています。(2001.03.01)

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