ことばをめぐるひとりごと
その17
歌謡曲の「君」と「夢」
カラオケやレンタルCDの隆盛のせいか、ひところに比べ、最近はまた歌謡曲が広く親しまれるようになってきたようです。TVの音楽番組も増えてきました。悪くないことです。
「歌は世につれ、世は歌につれ……」と言いますが、流行歌の歌詞にも歴史があります。ちょっと考えてみても、戦前のはやり歌は「七・五調」が多かったのに対して、現在では音数がまったく自由になってきています。また、昔は、当然外来語も少なかったのですが、現在では、一部の歌など、半分近く英語の歌詞が含まれていることもあります。
新聞記事によれば、現代のニュー・ミュージックでは、女性は自立した強い存在、男性は軟弱に描かれているという報告があるそうです(朝日新聞 1993.10.22)。これは、戦前であればまったく逆だったんじゃないでしょうか。
さて、歌謡曲で最も多く使われている単語も、時代によって違ってきています。中野洋氏によると、戦前からの移り変わりは、つぎのようになっているそうです(『講座日本語の語彙 7』明治書院)。
期間(昭和年) | 使用率の上位10位 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 6 - 11 | 泣く | 花 | 恋 | 夜 | 御 | する | 行く | 心 | あの | 夢 |
21 - 25 | 花 | ああ | 夢 | 君 | あの | なる | 行く | 泣く | 目 | 恋 |
32 - 33 | いる | 泣く | あの | 来る | 恋 | ああ | 東京 | 人 | する | 見る |
43 - 45 | あなた | いる | 私 | 恋 | 君 | 人 | する | 愛 | 僕 | 愛する |
51 - 52 | あなた | いる | 君 | 私 | 人 | する | ああ | 僕 | この | よう |
注目したいのは、高度成長以降は「あなた」や「私」「君」が上位に来ていること。これは、ラブソングが自由に歌われるようになったからでしょう。それにしても、戦前には「あなた」や「私」を使わずに、人気の出るような歌詞がよく作れたものだと驚きます。
上記のデータは昭和52年までしかありません。現在はどうなっているのでしょうか。僕は、「月刊歌謡曲」1996年 7月号に掲載されていた「歌おう弾こう コードつきヒットソング」から女性歌手による26曲、男性歌手による26曲を選び、単語の数を集計してみました。どれも、その当時、数カ月以内にリリースされた曲です。結果として、上位10語は次のようになりました。
. | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
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男性歌手 | 君 | 僕 | 時 | 二人 | 夢 | その | あの | こと | そう | 僕ら |
女性歌手 | あなた | する | 夢 | 私 | ない | もう | 今 | なる | 愛する | いい |
全 体 | 君 | あなた | する | 夢 | 時 | なる | 今 | もう | こと | この |
10位までに「いる」が入っていませんが、これは、僕が「〜ている」をすべて無視したからで、これを含めればもっと多くなるはずです。
特徴的なのは、「君」の大躍進ですね。全部で 120回出てきました。一方で、「あなた」は順位は高いものの、65回しか出ていません。なんだか、男性は女性を「君、君、君」としきりに連呼しているのに、女性はそれに答えてくれていないような気もします。やっぱり、男はだらしなくなったのでしょうか。曲数が少ないので、この結果だけからは断定的なことは言えませんが。
もう一つ注目されるのは、戦後しばらく途絶えていた(?)「夢」ということばが復活していることです。現代が夢のない時代になってきたため、歌の中で夢を見ようとしているのでしょうか?
(1997年記)
▼関連文章=「アムロ・聖子・百恵」、「歌謡曲のことばの男女差」
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