00.12.13
歌謡曲のことばの男女差
女性が、「なんだよー」などと男ことばをよく使うようになってきたと言われます。
古い記事ですが、1992.10.21の「朝日新聞」に載った「いま東京語は6」では、遠藤織枝氏の調査が紹介されています。それによれば、インタビュー番組に登場した女性ゲスト22人のうち、言い切りの「わ」は、1例もなかったということです。「の」は1例、「かしら」は3人が1回ずつしか使わなかったそうです。このような調査をもとに、記事では、男女のことばが中性化していることを強調しています。
この記事が書かれてから10年近く経っていますが、男女のことばの性差はさらに縮んでいるでしょうか。でも、ことばの性差というものは、そう簡単になくなるものでしょうか。
疑問をもったので、小調査を敢行。対象としては、ナマの話しことばを取り上げるのが最もいいのでしょうが、今回は歌謡曲のことばを調べました。
雑誌「月刊歌謡曲」(ブティック社)2001.01の「ただいまHIT中!――譜面で紹介編」に掲載されている流行のロック・ポップス85曲のうち、英語詞を除いた83曲について見てみました。
男女いずれのことばで語られた詞であるかは、歌詞の内容によって判断しました。自称に「僕」「あたし」のどちらが使われているかなど。歌詞から判断できない場合は、歌っている人の性別により判断しました。この性別というのがよく分からない場合が多いため、インターネットを駆使して、歌を試聴したりして、やや難儀をしました。
その結果、男性の詞は41曲、女性の詞は42曲が得られました。
ここから、終助詞(「ね・さ・よ」など、おしまいにつくことば)を抜き出し、その出現度数をまとめてみたのが次の表です。
女性の詞 |
例数 |
男性の詞 |
例数 |
て〔依頼〕 |
52 |
さ |
27 |
よ |
50 |
よ |
25 |
ね |
27 |
て〔依頼〕 |
14 |
の〔断定〕 |
16 |
ね |
12 |
の〔質問〕 |
9 |
の〔質問〕 |
8 |
てよ |
8 |
ぜ |
8 |
か |
8 |
かな |
6 |
かな |
7 |
かい |
5 |
よね |
6 |
な |
4 |
わ |
5 |
か |
3 |
のよ |
4 |
よね |
1 |
な |
4 |
なよ |
1 |
てね |
4 |
てよ |
1 |
かしら |
3 |
てね |
1 |
もん |
2 |
|
|
さ |
1 |
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なるほど、たしかに女性の詞でも「わ」などはあまり使われていません。「かしら」も少ない。もっとも断定の「の」は使われているようです。「だけど今足りないの」(広末涼子「果実」)、「ママがいったの」(CHARA「大切をきずくもの」)など、16例あるし、「のよ」を合わせれば20例になります。「の」を使う詞を歌う人は、ほかに遊佐未森・谷村有美・小松未歩・Fayrayなどで、ややお姉さんに偏っているかもしれません。
じつは「わ」「かしら」を使っているのもこの人たちで、ほかには「モーニング娘。」が「でも勇気を持って話すわ」(「I WISH」)と使っているぐらい。この先は勢力が弱まっていくのでしょうか。
しかし、その一方で、女性の詞では依頼の「て」が多く使われます。「覚えてて 忘れないで」(鈴木あみ「Reality」)、「You make me smile 忘れないで」(ZARD「Get U're Dream」)というように使われるものです。男性の詞でも、「ねえ逢いたい時は/この歌を 抱きしめて」(LUNA SEA「LOVE SONG」)のように出てきますが、「てよ」「てね」を合わせても、用例数としては女性の詞の4分の1です。そういうわけですから、依頼の「て」は女性らしいことばといえるのではないでしょうか。
「よ」「ね」も、男女両方の詞に出てきて、そのかぎりでは中性的であるといえます。ただ、女性の詞では男性の詞の2倍またはそれ以上使われています。「昨日の夜から 寝ても覚めても/考えてるよ」(安室奈美恵「PLEASE SMILE AGAIN」)、「別に誰より先を歩いて行こう/なんて気持ちはなくってね」(浜崎あゆみ「AUDIENCE」)のようなものです。してみると、「よ」や「ね」は、中性的というよりは、実は女性ことば寄りであるのかもしれません。
一方、男性の詞で最も多く出てくる「さ」は、女性の詞では1例だけ、男性の詞で8例の「ぜ」は女性の詞ではゼロです。こちらは、今のところは男性ことばと言えそうです。
これらはあくまで歌詞に見る男女差ですが、現実の男女のことばの差を反映しているものと思われます。
男女それぞれが使用することばの中身は、時代につれて変わっていくでしょうが、必ずしも、両者が同じになる方向だけに向かっているわけではないと思います。
▼関連文章=「歌謡曲の「君」と「夢」」、「アムロ・聖子・百恵」
●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。
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