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99.06.30

ヒロスエ騒動と告示文

 本日の朝日新聞(1999.06.30)等にも報じられていましたが、広末涼子さんの「早大初登校」に際して、マスコミのみならず、早大教育学部などの学生たちが演じた騒ぎは「最悪の愚行」というべきものだったようです。
 教育学部の掲示板に張り出された告示「良識ある行動を求める」は、大学側の怒りを伝えています。ある意味では、今年の空気を映し出す史料となるかもしれませんから、ここに転記して報告しておきます。

去る6月26日(土)、西早稲田キャンパスは異常な事態に陥りました。かねてより一部マスコミ等で本学受験以来その動静が興味本位に取り上げられていた教育学部国語国文学科一年生が登校し授業を受けた際、16号館及び14号館付近に相当数の学生(中には本学以外の者も入構していたと思われる)が集合し、さらには教職員の制止を聞かずに授業中の教室前や階段部分にまで入り込み著しい混乱と騒動が生じました。また教室移動の際には、多くの学生が当学生の身体に接触、頭部を叩き頭髪を引っ張るなどの蛮行をあえて犯しました。一部とはいえ暴徒に化した学生のかかる行為は断じて許せないものです。〔下略〕 (1999.06.28付 早大教育学部掲示板より)

 頭髪を引っ張るなどというのはもう暴行ですな。これじゃあ、広末さんも登校する気が起きなかったのも当然だ。早大生の行動パターンを十分に予測していて、静かに見守ってくれるはずはないと正しく認識していたのです。残念なことではありますが。
 そう言いつつ、掲示板の写真を撮りに行く僕も十分恥知らずかもしれません。
 そこで、問題をすりかえ、この告示の言い回しを検討してみることにします。
 文中の「当学生」という言い方、これはちょっと珍しいですね。「当人」なら、まあまあ分かりやすい。「当人」の「人」を「学生」に換えて「当学生」と表現したのでしょうか。
 「本学生」でもおかしく、「同学生」ならば言えそうです。
 「当〜」「本〜」「同〜」の違いについては国広哲弥氏が『理想の国語辞典』(大修館書店)で解説しています(p.29以下)
 国広氏は、「当人」「本人」の違いなどの考察から、「本〜」は視点が指すものの内部にあり、「当〜」は視点が指すものの外にあるとしています。僕なりに言い換えると、「本人」は、「息子本人の気持ちを考えたい」などと、その人の立場に立っているけれど、「当人」は、「当人はどういうつもりなんだろうね」と、外から突き放して見ているような感じがあります。
 「当店」や「当方」も、自分のことを言ってはいるけれど、あくまで「お客様」から見た「当店」、「そちらさま」から見た「当方」ということで、ここにも外からの視点が入っているのでしょう。
 では、広末さんを「本学生」と言えばいいかというと、「本〜」で他人を指すことができる語は「本人」だけで、あとは「本校・本邦・本社」のように「われわれの」という意味になってしまいます。「本学生」という言い方はそもそも成立しない。
 その点、「同〜」は、単に「前に述べたあの」という意味で使われます。すでに「国語国文学科一年生」と出てきているので、広末さんのことを「同学生」と表現してもおかしくないと思います。
 上の引用文の数行後には「当の学生に向けられた不当な行為」ともあります。あえて言うなら、「当学生」よりは「当の学生」のほうがいいでしょう。もっとも、「当の〜」では、やはり外から突き放したような感じがあります。
 もう一つの個所。「暴徒化した学生」というのも、僕はすわりの悪さを感じました。僕ならば「暴徒と化した学生」と言うところです。もちろん「暴徒に化した」とも言うのですが、実際の例は「暴徒と〜」のほうがずっと多いようです。告示文のは稀少例として記録しておきます。
 ところで、その後のキャンパスですが、どうやら平静を取り戻し、広末さんを静かに見守っているように見えます。
 (告示全文はソースをご参照ください。)

(2000.10.21 改訂)

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