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99.06.22

大したたまげた

 もう20年も前、みそ汁のコマーシャルで、歌手の淡谷のり子さんが顆粒みそ汁の袋を手に持ち「大したたまげた!」とせりふを言うのがありました。
 これは青森・かねさ味噌株式会社(現・かねさ株式会社)の「津軽三年テーブルみそ汁」のコマーシャルで、1979年から1981年まで、北海道・東北各県やTBS、テレビ朝日などで流れたということです(かねさ株式会社お客様サービスチームの方による)。
 「大したたまげた」は、当時の流行語になりました。淡谷さんの出身地でもある青森の方言で、意味は「たいへんびっくりした」。
 「大した」も「たまげた」も共通語にありますから、これは一見、方言ではないようにも思われます。しかし、接続の仕方が独特です。「大した」はいわゆる連体詞ですから、「大した男」「大した用事」のように名詞に付くのが普通。「たまげる」のような動詞に付くのは特異です。
 『日本方言大辞典』によれば、「大した」をこのように副詞的に使うのは、北海道・青森県・岩手県・宮城県・秋田県・福島県・新潟県など。宮城県栗原郡では「大したきれいだ」というふうにいうそうです。
 秋田県では、道で会った人同士があいさつで

ヌクカタベー(暑かったろう)
タエシタ アチカッタ(たいそう 暑かった。)
(秋田県南秋田郡富津内〈ふつない〉村『全国方言資料1』p.203)

のように言っているのも記録されています。
 ふつうは名詞に続くはずのものが、そうでない語に続く例としては、以前にも触れたように「すごいうまい」、「えらい面白い」(関西方言)、「きつい嫌い」、「おそろしい光る」などの例があります。「大したたまげた」も、その例に含めるべきかもしれません。
 「大した」の副詞的用法は、中央語の書きことばにも記録されています。明治の中ごろの若松賤子訳「小公子」に出てきていました。

老侯もその偏頗心のはなはだ強い方で、一度思い込んだことはなかなか解きにくいのです、殊に米国といい、米国人といえば、一途に嫌いなたちで実は御子息の御結婚のことについては、イヤ大した立腹で御座った、愚老も実以て面白からぬ御沙汰の使者として推参するは迷惑な次第です、(「女学雑誌」230号 p.21 仮名遣い等改める)

 「立腹」を名詞ととれば、「大した立腹」なので何も変わったことはないのですが、「立腹する」という動詞の語幹だと考えれば、「大したたまげた」の仲間になります。つまり、副詞を使って「たいそう立腹で御座った」のように言うほうが、今日の目からは自然です。
 若松賤子は横浜で育った人ですが、父は会津(福島県)藩士。幼少期に覚えた方言が知らず知らず出てしまったのかもしれません。(2001.07.04一部改稿)


関連文章=「ぼっけえ」ほか本文中に記したリンクを参照。

追記 式亭三馬「浮世風呂」三編 巻之下(1812)では

とんだおもしろかつた。アハヽヽヽヲホヽヽヽ(『新日本古典文学大系 86』 p.190)

とあります。連体詞「とんだ」が、副詞的に形容詞を修飾する例です。
 また、NHK教育テレビ「ふるさと日本のことば(2000.04〜2001.03放送)を見ていると、方言で程度副詞的に用いられていることばの中に、もとは連体形だったと思われるものがしばしばありました。
 「おっかねーあちーや」(横浜市・本牧漁港)、「えれーしょっぱいじゃー」(富山県・朝日町)、「どえれぁーうめぁーんだわ」(名古屋市)、「えっしゃくないうまい」(三重県・志摩町和具)、「ごっついきついからな」(大阪市・黒門市場)、「やにこいえーのし(とてもいいですね)」(和歌山県・那智勝浦町下里)、「あつーえれーでーれーぼーれー(←ぼろい)・ぼっけー」(岡山県)、「朝からごっつい〔携帯電話を〕かけたのに」(徳島県)、「五十円てえらい安か」(佐賀市)、「わっぜーか(←禍か)太かなって(すごく大きくなって)」(鹿児島県)など。
 また、千葉県浦安市でも横浜と同じく「おっかねー立派な家だ」などと使うことが、NHK「こんにちはいっと6けん」1999.11.24 11:05放送の千葉放送局のリポートで紹介されました。
 東北地方の「大した」と合わせて、全国的な現象と見えます。ただし、中には古いことばも、他から流入した新しいものも混ざっているでしょう。(2001.07.04)

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

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