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99.05.27

広告のテン・マル今昔

 広告のコピーに「テン・マル」が目立ち始めたのは、1970年代の初めであるようです。1973年に見坊豪紀氏が気づいて「言語生活」1月号に発表し、その後土屋信一氏が追跡をしました。土屋氏によると、70年代には50%ほどだった「テン・マル」付きコピーが、80年代末には70%程度に増えているのだそうです(「日本語学」1988.04)
 ためしに今日の夕刊を見てみると、すぐ目に飛び込んでくるのが

    もう一度、
    痛みのない
    人生へ。   (再春館製薬所広告「朝日新聞」夕刊 1999.05.27 p.1)

という大きな文字。ところが、これがたとえば30年前の薬の広告だと

    自分の胃ですョ
    大事にしよう  (三共製薬広告「朝日新聞」夕刊 1969.01.18 p.1)

となっていて、テン・マルがありません。
 この年代より以前の広告を見ていて、なんとなく古さを感じさせる原因の一つが、このようにテン・マルがないことです。
 同じ会社の、当時と今の広告を比べてみました。
 まず日産自動車。

(昔)雄飛の翼をひろげて日産自動車は今年も世界をかけめぐります
     (「朝日新聞」1969.01.01 p.12)

(今)クルマのよろこびを
     (「朝日新聞」1999.01.01 p.32)

 次に武田薬品工業。

(昔)健康が繁栄をもたらす
   毎日のもうアリナミンA
     (「朝日新聞」1969.01.01 p.8)

(今)疲れにとどけアリナミン
   (「朝日新聞」1999.01.24 p.11)

 次に日本橋三越。

(昔)選ぶのも楽しい華やかな中振袖
   晴れやかな卒業式にピッタリです
     (「朝日新聞」1969.01.07 p.14)

(今)和の心伝承
     (「朝日新聞」1999.01.11 p.5)

 最後に、会社は違いますが、住宅の広告から。

(昔)丘の下は
   大船の街です
   北鎌倉うき船台 高級住宅地
     (三和建物広告「朝日新聞」1969.01.18 p.16)

(今)陽光・海・緑木更津の高台にある街
     (西武不動産販売広告「朝日新聞」1999.01.28 p.32)

 このように、30年前の広告コピーにはテン・マルがなく、今のにはあるのです。別に僕が、意図的に選んだわけじゃありません。全体的な傾向なのです。
 なぜこのように広告にテン・マルが増えたか。土屋氏は、文であることを強調するためだと説明しています。それはおそらく正しいでしょう。もっといえば、昔は「かけめぐります」「健康が繁栄をもたらす」のように、テン・マルがなくても文であることが分かったけれど、最近のコピーのように「クルマのよろこびを」だけでは、文が終わったのかどうか不明確になった。それを補うためにテン・マルをつけるようになったのでしょう。
 さらにいえば、特にマルは、「……よ」「……ね」などの終助詞や、「……!」「……?」などの記号と同じように、相手に対するうったえかけの気持ちを表すことができるのですね。この役目を「陳述」と呼んでもいいでしょう。「毎日のもうアリナミンA」というより、「疲れにとどけ、アリナミン。」とマルを入れたほうが、消費者にうったえかけている感じが出る、そこでマルが多用されるようになったのだと思います。

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