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98.11.04

博士―ハカセとハクシ

 子どものころ、「博士」などという職業は架空のものだと思っていました。「鉄腕アトム」の天馬博士のように、ロボットを造ったり何かする人が現実にいるとは考えられませんでした。
 「博士」という職業(正確には学位ですが)が現実にあり、しかも本当にロボットを作ったりしていると知ったのは後のことです。気がついてみると、自分自身が大学院博士課程などというところに進んだりしたわけですから、思えば不思議ではあります。
 さて、「鉄腕アトム」の天馬博士やお茶の水博士は「ハカセ」です。「ひょっこりひょうたん島」の眼鏡の男の子も「ハカセ」です。一方、学位のほうは「ハクシ」で、大学院博士課程は「ハクシカテイ」、博士号は「ハクシゴウ」。このへんは区別する必要があります。
 北杜夫氏のエッセイに、こういうだじゃれがありました。

 医者となるためには普通の職業より金と時間がかかるし、医学部を卒業したからといって、すぐ一人前の医者として通用するものではない。たいていの者はまず大学病院の医局に籍をおく。これは医者としての訓練と、あるいは理想にもえた研究が目標なのであるが、それよりも医学バカセなるものになるのが目当てのことが多い。(北杜夫「当世医者心得」『あくびノオト』新潮文庫 p.161)

 いうまでもなく「医学博士」と「ばか」とを掛けてあるわけですが、このしゃれは実はけっこう古いようです。
 法学界の大御所だった穂積陳重(1855-1951)の『法窓夜話』では、明治の政治家・森有礼の次のようなエピソードが紹介されています。

 博士は、古えは「ハカセ」と訓じたものであるが、現今では「ハクシ」と訓ずることに定っている。学位令発布当時、森文部大臣は、半ば真面目に半ば戯れに、こういうことを言われた。「ハカセの古訓を用うるも宜いけれど、世人がもしを濁りてバカセと戯れては、学位の尊厳を涜すからなー。」(『法窓夜話』岩波文庫 p.76)

 森のアイディアにもかかわらず、北杜夫氏のような人によって、「バカセ」という冗談は伝えられているわけです。
 結論として、「博士」には3つあるわけですね。「ハクシ」と「ハカセ」と「バカセ」と。願わくは、バカセにだけはなりたくないもの。

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