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98.09.06

不適切

 米クリントン大統領が自らの不倫疑惑を認め、「不適切な関係だった」と述べたことから、日本でも「不適切」ということばが流行しはじめているようです。

アメリカの報復空爆は「適切」だったのか!?(「週刊プレイボーイ」09.08号広告・「朝日新聞」1998.08.25 p.25掲載)

愛憎ワイド この男と女の不適切な関係 (「週刊宝石」09.10号広告・「朝日新聞」1998.08.27 p.16掲載)

などのように雑誌の見出しにも使われ、昨日も新聞に

適切にやろうと口説く昼休み  札幌市 中鉢 文夫
(ウイークエンド経済・かいしゃ川柳=「朝日新聞」夕刊 1998.09.05 p.5)

と出ていました。
 クリントン大統領はべつに日本語で「不適切」と言ったわけではない。なのに、英語ではなく、その訳語のほうが流行しているのだから、考えてみれば珍現象ではあります。
 とりあえず、大統領はどういう演説をしたのかを確かめておきましょう。1998.08.18の「ニューヨーク・タイムズ」に載った演説全文によれば

Indeed, I did have a relationship with Ms. Lewinsky that was not appropriate. In fact, it was wrong. It constituted a critical lapse in judgment and a personal failure on my part for which I am solely and completely responsible.

〔実際のところ、私はルインスキーさんと適切でない関係にありました。たいへん悪いことをしました。私自身の重大な判断の誤りであり、自ら犯した過失であって、すべての責任はひとえに私にあります。=拙訳〕

 つまり元の演説では「not appropriate」ですから、「不適当な関係」「妥当でない関係」でもよかったわけです。なぜ「不適切」の形で流行したかというと、単に日本の新聞がそう報道したからにすぎないでしょう。9日の「朝日新聞」では、ダブリンを訪問中の大統領が「申し訳ない」と初めて謝罪の言葉を口にしたことを報じた中で、

大統領は先月十七日のテレビ演説で不倫関係があったことを認め「適切ではなく、間違いだった」と語ったが、直接的な謝罪の言葉は口にしなかった。(「朝日新聞」1998.09.05 p.9)

と、やはり「適切」の表現を使っています。

 大統領の不倫告白ならばどう訳しても大差ないのでしょうが、外交問題に関わる発言などは、翻訳によって微妙な問題が出てくるので、新聞には適宜訳語を載せてほしいものです。
 たとえば、先月21日、米軍がスーダン・アフガニスタンをミサイル攻撃したことについて、日本政府は「断固たる姿勢を理解する」と言ったそうです。賛成とも反対とも言いたくないとき、「理解」ということばが常套句としてよく使われるようですが、いったいどう訳されているのでしょうか。
 国内向けには、これで「支持表明をするかどうかは保留」していることになっています。ところが、米メディアには「一定の支持」と受け止められているようです。たとえば1998.08.21の「ニューヨーク・タイムズ」にはこうあります。

Japan gave qualified backing for action, saying it was still analyzing the situation but held that terrorism must be combatted resolutely.

〔日本は今回の攻撃について、状況は目下分析中だが、テロには断固として対決すべきだとして、一定の支持を表明した。=拙訳〕

 こういう記事が出て、日本政府が抗議もしないところをみると、政府は国内外で二枚舌を使い分けていると思われてもしょうがないです。情けないことだ。

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