98.09.05
木簡の読み方
前回の注記にもちょっと書きましたが、奈良県明日香村の飛鳥池遺跡から、万葉仮名で漢字の読みを示した8世紀初めの木簡が出土しました。当時の漢字の読み方の一端が知られる資料で、疑いなく国語学上の画期的な発見と言っていいでしょう。
僕は漢字音については門外漢であり、ほんとうは発言権がないのです。しかし、新聞報道があまりにめちゃくちゃなので、ちょっと一言いいたくなった。
とりあえず、書かれている文字列を現代風の書式にアレンジすると、こうなるでしょうか。
熊(ウグ)羆(ヒ) 匝(サフ)恋(レニ)寫 横(詠) 営(詠)
*注 「寫」は正確には「草かんむりに潟の右側」。
「熊」の下に並ぶ「さんずいに于」と「吾」の字を続けて「ウグ」と読む。「読売新聞」は、これを間違って左から読んで「熊は古くは「ぐう」とも読まれ、……」などと説明していますが、ひどい間違いだ。そうではなく、古代中国語音では「熊」の字は、ごく大ざっぱにいって「ung」に近いものだったと思う。これを「ウグ」と読んだのが木簡の表記でしょう。「読売新聞」には、明日訂正が出なければおかしい。
次の「羆」(ひぐま)の字の下に「彼下」とあるのは、「羆」の字は「ヒ」と読むということを、類音の「彼(ヒ)」を書くことで説明してあるわけ。「下」とあるのはアクセント注記で、低く発音する(平声)ということだと思います(これは珍しいのでは)。
「匝」の下に「ナ」「布」と並んでいるのは、続けて「サフ」と発音する。「ナ」は「左」の字の「工」を略した字で「サ」と読む。カタカナの「ナ」ではありません。
次に「恋」の下の2字は、右が不明で左は「ニ」と読む。「恋」の古代中国語音「len」(これも大ざっぱ)を「レニ」と読んだらしい。とすると、不明の文字は「レ」だろう。よく分かりませんが、「隷」を省略した文字か、または「霊」の異体字で「ヨ」の下に「火」を書く字かと想像します。どうでしょう。
次の「草かんむりに潟の左側」の字は、「シャ」と読むはずですが、読み方は書いてない。ただ、「上」とあるのは、高く発音せよ(上声)と言うことです。
最後の「横」「営」の下にそれぞれ「詠」と書いてあるのは、両方の字が「詠」と同じ発音だと言うことを示しています。正確には難しいんでしょうが、「ヨウ」と読んだかもしれません。
報道によれば、この木簡の裏には「蜚尸」などの文字が記されているそうですが、「朝日」「毎日」「読売」の各新聞を見たところでは、いずれも表の写真しか載っていませんでした。裏を載せてくれてもいいんじゃないかな。
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