98.08.18
おごちそう
1960年代の「朝日新聞」を読んでいました。
毎月の投書を総括するコーナーというのは、今もありますが、このころにも存在していました。1962(昭和37)年の「10月の投書から」という記事にこうあります。
ところで、近ごろ国語の乱れを指摘するものが目立ちはじめ、「おご馳走」「わりかし」「些細に研討」などから右横書きまでいろいろヤリ玉にあがっている。(「朝日新聞」1962.11.01 p.6)
「わりかし」は1976年の『日本国語大辞典』、1983年の『広辞苑』第3版などから載っていることばで、1960年代にはまだ認知されていなかった。「些細に研討」は「子細(仔細)に検討」の誤記というわけ。
ところで「おご馳走」は面白いと思いました。「お(御)」と「ご(御)」が2つくっついているのです。もとの投書を突き止めようと、1962年10月の「声」欄をずっと見てみましたが(当時は1日3通ぐらいしか載っていなかった)、ちょっと見当たりませんでした。もしかして9月の投書なのか、没原稿だったのか?
『日本国語大辞典』によれば、佐渡や長野、群馬、静岡などでものを送られたときの礼のことばとしてあるようです。もしかしてそれが指摘されたのかもしれない。『香川県方言辞典』にも「おごっつぉ」とあり、そういえば、僕の亡くなった祖母(香川県高松市)も、豪勢な料理を目の前にして
今日はおごっつぉーやのー
などと言っていました。これを「ことばの乱れ」とするのはちょっと可哀相だ。
「御」が2つ以上くっつくことばはけっこうあります。「おみおつけ(御御御漬け)」がそうだと言われるし、「おみ足」もそうだ。1700年ごろの御伽草子「文正さうし」では「お堂」のことを「おみどう(御御堂)」と言っている(『日本国語大辞典』には用例なし)。
中将殿みなみなうれしくおぼしめし、ひきつくろひて御御堂{おみだう}へ移らせ給ふ。(『御伽草子(上)』岩波文庫 p.46。文字を改める)
また、江戸時代初期の小話集「醒睡笑」では、「武家の台所で飯を盛って人に勧める役の人」のことを「おご(御御)」ということが載っています。
「醒睡笑」といえば、こういう話もあります。
初めて奉公に上がった男が、「お殿様、お若様、おかみさま」と何でも「御」をつけるので、主人が「やたらに『御』を付けるな」と言った。すると、今度は何でも「御」を抜いて、「殿様のとがい(おとがい=あご)にだいつぶ(おだいつぶ=飯粒)が付いてらぁ」などと言うようになったという。この話は、現在、落語になっています(何という演目だったかしらん(追記参照))。
最後に、これは「御」が過重だと思う例を。「朝日新聞」の投書で、夫の知人からの贈り物にどう返礼したらいいか分からないというひとの話です。
奥様から私あての贈り物を頂いた時は、なお困ってしまう。名前がわからないので、「御奥様」としか書けず儀礼的で、親しみもわかず、気持ちも伝わらないような気がする。(主婦・42歳「朝日新聞」ひととき欄 1991.1.20)
「御奥様」なんて本当に書いているのでしょうか。丁寧すぎると思いますが。
※追記 下村昇『大人のための漢字クイズ』PHP文庫 2009.05.01=Googleブックスによる)には、以下の小話が紹介されています。〈昔、田舎から出てきた女が「おくさまの おめしものに おどろが おついて おとしても おちません」というので、「どうしたのか」ときくと、都会に出たらことばの上に「お」をつけていうものだと教わったといいます。そこで、「〈お〉をつけないでもう一度いってごらん」というと「くさまの めしものに どろが ついて としても ちません」といったという笑い話があります〉。上記の文章を書いて、15年経ってからの追記です。(2013.01.02)
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