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98.08.17

万智ちゃんの「みだれ髪」

 俵万智さんの『チョコレート語訳 みだれ髪』(河出書房新社)が評判になっているようです。まだ読まないうちに「週刊朝日」1998.08.21/28号で万智さんが瀬戸内寂聴尼と対談していたので、それを先に読みました。すると、寂聴尼が誤訳の指摘をしていた。

 瀬戸内 ほかにもずいぶん艶っぽい歌があるじゃない。ほら、
「八つ口をむらさき緒もて我れとめじひかばあたへむ三尺の袖」
(ペアルックなんか着ないわ新しい服をくれるという人が彼)
 私は着物の八つ口、袖の下のところを紫のひもで留めたりしない、どうぞおててを入れてちょうだい、という意味だものね。娘は帯を高く締めて手が入らないようにして、色っぽい女はわざと帯を低く締めていたのよね。
  私は思い切り飛んだ訳にしてしまいました。八つ口を留める、ということは一人の男性に対して誠実なことを表していると思ったので、そういう一人の男性に縛られないで、袖を引いてくれる人に私を与えるわ、という意味にとったんです。でも手を入れるためにあるとは(笑い)。着物にかかわる言葉は難しいですね。

 おやおや、万智さんもかなり決定的な「チョコレート訳」をしているんだな、と残念に思いました。では、僕がこの本を買うのをやめたかというと、逆に彼女の現代語訳にいっそう興味が湧いて、すぐに買ってしまったのであります。どこが原作とずれているか、どの部分を直訳しているか、ながめてみるのは面白そうだ。
 もっとも今回は、いちいち誤訳を指摘したりはしません。というより、僕にはそんな能力はない。というのも、『みだれ髪』は、たしかに分かりにくく、解釈がむずかしいのです。冒頭から

夜の帳にささめき尽きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ

ですからね。伝統的な文法からは外れています。角川文庫の解説では「夜の帳の陰で睦語を交した星の子が、下界に降ろされた今は、かなわぬ恋に煩悶して空しく鬢をほつれさせることよ」としていますが、なぜそういう解釈になるのかよく分かりません。
 僕は、俵万智さんと同じく、佐佐木幸綱教授の短歌の授業を受けたことがあります。その授業でも佐佐木先生は
 「『みだれ髪』の歌は、若い晶子がなかばでたらめに作ったもので、分かれというほうが無理であります。後年になると、もっとちゃんとした歌を作っています」
 といったようなことをおっしゃったと記憶します(もっと穏当な表現だったかもしれませんが)。
 俵万智さんの訳では、冒頭の歌は

星たちが恋のささやき交わす今下界の我は心乱れる

となっています。角川文庫の解釈とは違っているんだけど、こちらのほうがよほど歌として上質だと思います。


p.s.余談ですが、高校野球の応援で、下記のようなマーチが演奏されていると思いますが、何の歌か分かりません。ご存じの方はご教示いただければさいわいです。

追記 新潮社の小駒勝美氏より、この歌は「どか〜ん」(作詞・作曲・編曲:THE真心ブラザーズ)だと教えていただきました。
 1990年のアルバム「ねじれの位置」に収録されているようです。(1998.10.01)

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