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01.04.03

土産物店の秋田方言集

 前回、『八丈島の方言辞典』を土産物屋さんに送ってもらった話を書きましたが、地方の駅売店などに、絵はがきなどと一緒に、小さな方言集のようなものが置かれていることはよくあります。
 JR秋田駅のショッピングモールの土産物店で買い求めた『秋田弁がひとめで解る! 秋田方言集』(幸野谷十全編、秋田県産株式会社発売)は、こうした土産物用の本としては出色のものではないかと思います。
 土産物用の本、といっては失礼かもしれません。全83ページ、内容は編者による総論「秋田方言に就いて」、「川柳で覗く 港っ子と祭り今昔」、方言集、「方言詩」、「方言入川柳・短歌・俳句・都々逸」と堂々たる内容です。僕は学ぶところが大でした。
 しかし、編者はごく謙虚で、土産物の本ということを前提にして書いているかのようです。

この方言集は学術的な研究のものであるなら私如きが書く資格はないと思いますが、単なる肩のこらない読みものとして退屈しのぎに列車の中で見たりする為のものであり、又前述の如く例えば「し」と「す」と全く、どっちか判断出来ない発音が全部と言うても過言で無いと思われますので御了承下さいます様御願いします。(「秋田方言に就いて」)

 「退屈しのぎに列車の中で……」というのは微笑を誘われますが、決してそのようなものではありません。地元の話者が、自分のことばを熱心にリストアップし、また、土地のことばについて自分の記憶する古いエピソードを記しているこの本は、高い価値があると言って過言ではないでしょう。
 たとえば、このような証言。

 かめえんこ、と書けば何んの事やらと思いますが、明治、大正、生れの人でないと解らないかと思います。犬の事をその頃の人は「えんこ」と言うたが、外人が洋犬(スピッチやテリヤ等々)を呼ぶのに come in と言うたのを聞いて秋田の人はハハア洋犬の事を「かめえんこ」と言うたらしい。

 洋犬を「かめ・かめや」と言うことがあったのは、楳垣実『日本外来語の研究』(1943) p.96などにも指摘があります。團伊玖磨氏は「かめかめ、来い来い、まま食わしょ」という歌を聴いたことがあるそうです(1997.05.15 NHK教育テレビ「NHK人間大学・日本人と西洋音楽」)
 方言辞典を見ると、各地で「かめえの」「かめえん」「かめいぬ」などの語形がありますが、これらは「come(かめ)」に「犬(えの・えん・いぬ)」が付いたものか、「come in」の「in」と「犬」が一種の混淆を起こしたものか、分かりにくい。
 その点、幸野谷十全氏の説は、「come in」を「かめえんこ」と聞いたのだろうという当事者語源説(に近いもの)として、傾聴に値すると思います。
 このほか、綱引きのかけ声とか、昔の人の長ったらしいあいさつとか、興味深い話が多く、退屈しのぎに読むのはもったいないようです。そのうち暇があれば、今地元でベストセラーになっているという秋田県教育委員会編『秋田のことば』(無明舎)の記述と比べて裏付けを取ってみたいと思います。
 惜しむらくは、この幸野谷氏の本には、発行年月日が書いていない。記述からすると、初版の出たのは十数年前で、何度か改訂を重ねたらしいのですが。それから、読んでいると表紙の塗料がはげて手につき、困ります。カバーを掛けなければなりません。


追記 この方言集は1981(昭和56)年が初版だと、道浦俊彦氏が秋田県産に確認された結果をご教示くださいました。ありがとうございます。(2001.04.04)

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