「これ、面白いでしょう」と、研究者仲間の女性が烏龍茶の箱を見せてくれました。旦那さんがモンゴルで買ってきたお茶だそうです。「ここに書いてある日本語が、むちゃくちゃなんです」。
　箱には「鳳山（FENGSHAN）烏龍茶」とある。側面には、中国語・英語・日本語で説明が書かれています。なるほど、たしかに珍妙な日本語です。
「烏龍茶悠久なゐ栽培技術の歴史と特殊な加工工藝べ世界中にその名を馳せハいます、本品は本場の福建安渓特級烏龍茶茶を精選したもので，柔和な黒く光ゐ光沢，馥鬱たゐ清らガな香リ，艶として透明な茶の色，喉えを過きても殘ゐ潤へ，そして特殊な“烏龍茶韵”し韵は韵と同じを備え，何度もお茶を入れハ飲めます．に最も価値あゐ天然飲料と言えましすう．」
　これが全文です。
　箱には、茶の工場が「福建省安渓官橋五里埔」、総発売元が「北京福安盛商貿有限公司」と書いてあります。どうやら、これは中国の人が、日本人に手書きで訳させて、それを活字にしたとおぼしい。
　「る」をすべて「ゐ」にしている、「て」を「へ・ハ」にしているといったところが特徴ですが、原稿を書いた日本人が悪筆だったのかな。漢字にほとんどおかしなところがないのは、書き手も読み手も漢字圏の人間だからでしょう。
　ただ、後半がよく分からない。「そして特殊な〜」のあたりが意味不明です。「そして特殊な“烏龍茶韵”し韵は韵と同じを備え」。何で「韵」なんて字が3回も連続するのか。
　中国語の原文は
「有其特殊的“烏龍茶韵”，且経久耐泡，誠最有価値之天然飲料．」
となっています。これを参考にしながら、考えてみた。つまりこういうことでしょうか。
「そして特殊な『烏龍茶韻』（韻は韵と同じ）を備え、何度もお茶をいれて飲めます。まことにもっとも価値ある天然飲料といえましょう。」
　思うに、原稿を書いた日本人が、「日本では『韵』ではなく『韻』という文字を使いますよ」と、いらぬお節介をして注を書き加えたか何かしたのが、まぎれこんだのではないでしょうか。
　箱を見ながら、僕がにこにこしていると、
「その文章、さっそくホームページで取り上げるつもりでしょう？」
と、居合わせた人々が口々に言いました。
「そんな――、これだけではネタになりませんよ」
　僕はきっぱり断言したものでした。しかし、烏龍茶のおかしな日本語というのは、「これだけ」ではないことに思い当たりました。
　町田康氏が、やはり中国茶を飲んでいたときに、紙箱に印刷してあるへんな日本語に気がついて、びっくりして報告しています。

　本物の龍井茶は各國にとの名か知也水。曾ア多くの有名ま人によつてぞれに対し詩也俳句を作ン。称えほあたニそに、枚挙に逞か無い。清の乾隆帝はそのの味か甘く、形かに綺麗で、色か青く、そして香しいのと。好と称え、飲入た後に目か明うく、気持ちがすいので、珍しいきのと譽あ称え遂に帝王の貢物に指し召さわだ。この活ク茶は杭州西湖の周圍にあう高山に生産され、土壌と気候に惠きれで、そして伝統のあう製造技術と近代科學を結ぴアさ、ふに精製された。愛用者の皆様か本旦場のアークちまく識別し、これか本物の名物龍井茶であう。（町田康「アナーキー・イン・ザ・3K」週刊朝日 1999.12.03 p.49）

　これはすごいな。添削することはほとんど不可能だ。町田氏が作っているんじゃないだろうな。ま、本人は「原文のまま」と言っているので、それを信用しておきましょう。


追記　新潮社の小駒勝美氏より、町田氏の報告の文章を「解読できました」とのメールをいただきました。それによりますと――

　本物の龍井茶は各國にその名が知られ、曾て多くの有名な人によってそれに対し詩や俳句を作り、称えほめたことは、枚挙に逞が無い。清の乾隆帝はその　味が甘く、形が　綺麗で、色が青く、そして香しいのを、好と称え、飲んだ後に目が明るく、気持ちがよいので、珍しいものと譽め称え遂に帝王の貢物に指し召された。この活力茶は杭州西湖の周圍にある高山に生産され、土壌と気候に惠まれて、そして伝統のある製造技術と近代科學を結びつけ、遂に精製された。愛用者の皆様が本　場のマークをよく識別し、これが本物の名物龍井茶である。

　1字分空いているところは、衍（えん）字と思われる個所。おそらく手書きの原文で線を引いて消していたのが、活字にするときに誤って混入したりしたのだろうということです。（2000.04.17）

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