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00.02.28

おぶう・おぶる

 前回「おぶう・おぶる」の話を書いたところ、さっそく北海道芦別生まれの音楽家(40代の人)からメールをもらいました。その証言によると、「芦別市では『おぶう』とは言わないと思う。昔から『おぶる』しか聞いたことがない」ということでした。
 そのようですね。『日本方言大辞典』(小学館)を見ると、「おんぶする」という意味で「おぶる」またはそれに類する語形を使う地域は、北海道・青森・秋田北部に広がっています。音楽家はまさに「おぶる」地域のまっただ中に育った人なのでしょう。
 関東では「おぶう」の類が多く、また、関西では「おう」、山口や九州では「かるう」が幅をきかせています。タレントの西村知美さん(山口県宇部市出身)がテレビ番組で、

ランドセルかるって、あ方言ですね、背負って(TBSテレビ「甦れ! 懐かしのちびっ子アイドルスター」 1994.12.28 深夜0:15)

と言っていたこととも合致しています。
 前回の文章の末尾に、わたせせいぞう氏の用いた「おぶる」の例を引用しましたが、わたせ氏は1945年神戸市で出生、出身は北九州市ということです。大学は早稲田大で、以後も東京在住の人ですから、「おぶる」地域とは直接の関係がないと思います。
 実は僕も、香川県出身ですが「子どもをおう」とは言わず、言うとすれば「子どもをおぶる」じゃないかと思います。『日本国語大辞典』には、大正時代の作家・長与善郎の用例が出ていますが、長与は東京生まれですから、「おぶう」の地域でありながら「おぶる」の使用者ということになります。
 つまり、方言とは関係なく、「おぶる」を使うことはあるわけ。ある程度の勢力を持てば、共通語化し、多くの辞書にも載るかもしれません。
 どうして上記のような現象が起こるかというと、「おぶう・おぶる」両方とも、連用形が「おぶって・おぶった」のようになり、それだけ聞いたのでは区別がつかないからです。母親に「ちょっと赤ちゃんをおぶってやってちょうだい」と言われることはあっても、終止形の「おぶう」を聞くことは、それに比較すれば少ない。そこで勝手に(?)「おぶる」という形を頭の中で作ってしまう。
 似た例としては、「靄(もや)って」があります。

読みはじめてすぐに、芥川の「鼻」や「芋粥」が思い出された。ちょっと妙かもしれないが、死刑囚の夫に鼻をかじられる話からの連想かもしれない。閑{のど}かな語り口や、気のいい町の人たちの顔なんかも、似ている。芥川の快活の向こうに靄{もや}っている、辛{つら}い薄闇{やみ}まで、私は見てしまった。(朝日新聞 1999.12.19 p.13 久世光彦)

 「靄って」の終止形は、「もやる」か「もやう」か? その答えを載せている辞書は、あることはあるが(『三省堂国語辞典』)、少ないようです。(船をつなぐのは「舫(もや)う」。)
 大勢が一個所に溜まるという意味の「たむろってる」の終止形も、「たむろる」か「たむろう」か難しいところ。
 参考までに、「おぶう」の用例を挙げておきます。

「木歩君、ここじゃ危ない!」
 声風は、彼をオブい、向島公園の墨田川〔原文ママ〕堤防まで辿{たど}り着いたのでありますが、襲いくる火の渦巻きは、二人を包み、声風は川へ転げ落ち、木歩はそのまま焔{ほのお}の中にうずくまったのであります。(小沢昭一・宮腰太郎『滋養豊富・元気の素 小沢昭一的こころ』新潮文庫 1986.02.25発行 p.281-282)

 関東大震災の時の、富田木歩と新井声風のエピソードです。

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