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00.02.27

ものぐさ用例収集

 ことばの研究をするときには、実際の用例が必要です。机上の空論であれこれ言ってもしかたがない。たとえば、「子どもをおぶう」と言いますが、現代、これを「おぶる」ということはあるだろうか。あるような気もするし、ないような気もする。辞書を見ても、あまり詳しいことは書いていない。
 用例は、「さあ、集めよう」と思ってから集めることもありますが、探そうとするとなかなか見つからないもんです。そこで、ふだんから注意のひかれることばをできるだけメモしておくという方法が有効になってきます。
 ひとくちにメモといっても、これがなかなか難しい。その場にたまたま紙と鉛筆があればいいのだけれど、そうでない時もある。あとでメモしようとか、記事を切り抜こうと思っているうちに、忘れてしまってそれっきりになったりします。せっかくの貴重な用例が闇から闇へ葬られてしまいます。
 僕はものぐさなので、記録を取るのが人一倍苦手です。寝床で雑誌かなにかを読んで、「ああ、こういうことばの使い方もあるのか」と思っても、そのまま寝てしまって、翌朝起きたらもうほかのことを考えている。何かの拍子に思い出しても、そのときは当の雑誌は回収に出してしまっているというていたらく
 まめに保存しようと思って、スクラップブックを買ったりしたこともありましたが、続かないんですね。何とか、手間のかからない方法で用例収集をすることはできないでしょうか。
 試行錯誤の末、だいたい今では次のような方法を採用しています。これはことばの収集に限らず、役に立つ新聞記事を見つけたときなどにも応用できるので、ここでご紹介する次第。
 まず、小説などの文庫本を読んでいて、おやっということばに出くわした場合。これは、単純にページの端を折っておきます(これをドッグ・イヤーともいうと聞きました)。その上で、当該個所には爪で印を付けます(シャープペンシルのあるときは傍線を引いておく)。もっとも、一つの本で何十もの用例が出てきたときには、文庫本の角が「ささくれ状態」になってしまうので、問題が残ります。こうなると、ページの端を折るよりは、上部の余白(鼇頭=ごうとう)に語を抜き書きしておいたほうがすっきりします。そこで、文庫本を読むときは、筆記具を携帯することを習慣にしました。
 週刊誌や新聞は小口がそろっていないため、単に端を折るだけではあとで探しにくくなります。また、たとえ折ってもすぐ戻ってしまいます。そこで、ページの小口の上端を横にびりびりと3〜4センチほど裂いて、それを直角に上に折り曲げます。こうすると、ちょうど付箋を張ったような形になり、あとで見て分かります。
 以前は、新聞・雑誌とも、ほしい個所を切り抜いて日付やページ番号を書いておきましたが、これは手数がかかる上に、切り抜きが紛失しやすい。そこで今の方式に改めました。
 「付箋」状態にしたあとで、問題の用例の部分を縦にちょっとだけ裂いて印にしておきます(筆記具があれば、丸でもつけておく)。新聞紙の場合、目が縦に走っているので、縦に裂きやすいという特性を利用(?)しました。
 こういった方法で、少なくとも1日に3つぐらいは用例が取れます。かの『三省堂国語辞典』を編纂した故見坊豪紀氏は、1日に100個以上の用例を収集していたようですが、凡人にはそれは無理だ。見坊氏の100分の3の努力が、僕には精いっぱいという感じ。
 さて、ある程度数が溜まったところで、パソコンの前に座り、用例を一挙にデータベースに打ち込みます。1日に3つだから、10日をまとめても30例、1ヵ月間入力をサボっても100例に満たないわけで、データ入力は大した負担ではありません。しかし、これも溜まると、なかなかバカにならない威力を発揮します。現在、どれだけ溜まっているかは、秘密にしておきますが。

追伸 「おぶる」は、現代ではたとえば次のように出てきます。

「今日は耕平さんにおぶられる為にあった日みたいですワ」「私も今日は菜{さい}をおぶる為にあった日だ」(わたせせいぞう『菜』第2巻 講談社 1993.06.23第1刷 p.26)

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