|  | 2001年末 アジア3国旅行記 ベトナム |  | 

 
関空からバンコクを経由してホーチミンへ。
往復が同じ都市でないと安くならないためか、バンコクには何の用事もなくても通過します。
到着が夜だったので、とりあえずホテル(キムドー・インターナショナル)で換金して、
付近のカフェ(レックス・カフェ)でコーヒーを飲んで就寝。
 早朝に付近の散歩。やはり短い旅行ながらも、朝の散歩をするとその土地が少し身近に感じられます。
 早朝に付近の散歩。やはり短い旅行ながらも、朝の散歩をするとその土地が少し身近に感じられます。
ホテルで朝食を食べてからクチトンネルに出発。
昨日はおとなしめだった私たちのガイドさんも、今日はうってかわって楽しく話し続けてます。
さすがに日本語にくせがあるので、 すごくおもしろそうなアオザイの小話がいまいちおちが分からなかったのが残念でしたが、
犬を食べる(ベトナム内の)民族の話など、かなり車内は盛り上がりました。
 クチトンネルに到着すると、まずは説明ビデオの上映。 この頃まではまだあまり分かっていなかったけど、この国は世界でも稀に見る「アメリカを撤退させた国」 なのだ、ということがとても分かるビデオでした。 軍事力に勝るアメリカをベトナム人が知恵で反撃した、という表現が節々に現れます。
クチトンネルに到着すると、まずは説明ビデオの上映。 この頃まではまだあまり分かっていなかったけど、この国は世界でも稀に見る「アメリカを撤退させた国」 なのだ、ということがとても分かるビデオでした。 軍事力に勝るアメリカをベトナム人が知恵で反撃した、という表現が節々に現れます。この印象は現場でトンネルの中に入るとますます強くなります。 日頃は腕力、体力面で優れたアメリカ兵たちの体の大きさを逆手に取り、 アジア人の小さな体でかろうじて通れるだけの穴を地中に張り巡らし、 戦争を続けながらもちゃんと農業や生活を両立させていたベトナム人のたくましさには感服するばかりです。
戦争はけしからん、という簡単な結論以上のことを考えた場合に、 経済力・軍事力にものを言わせて世界に対して圧力を加え続けているアメリカという国に対して、 正面から軍事で対抗したこの国の存在は小さいものではないでしょう。
そのような状況で不幸なのはアメリカ兵も同じこと。アメリカが自分勝手と言っても、
それはアメリカ兵の罪ではないでしょう。たんなる林にしか見えないこの土地に、
最新鋭の軍事装備を持ってしても次々に仲間が殺されていく状況は、私達平穏な生活をしている人間には想像できることではないし、
国の政策を批判することはあっても彼ら自身がとやかく言われるものではないでしょう。
 トンネルは私達アジア人よりも大柄な欧米人にはかなりきつく、
彼らは途中の横道からリタイアしていきます。
トンネルは私達アジア人よりも大柄な欧米人にはかなりきつく、
彼らは途中の横道からリタイアしていきます。トンネル以外にも殺傷能力のある落とし穴、アメリカが落としていった武器を拾って反撃用に改造したもの、
アメリカ軍の戦車など、ベトナム人のパワーを知るには事欠きません。
このような悲惨な戦争のさなかにも炊事を怠らずに、その煙の処理をしっかりと考えてる(下の写真参照)などというのは、人間の底力なのかもしれませんね。
最後に、実弾での射撃(私たちにはあまり才能はないようでした)を行って見学コースは終了。
帰りに無理を行ってダイヤック寺によってもらいました。 大きなお腹の面白い仏像がご本尊なのですが、敷地が狭いために写真にはきれいに納まりませんでした。
遅い昼食を食べ終わると私たちのガイドさんはテーブルでお昼寝中。 特に疲れているわけではなく日課のシエスタだそうな。 
| 炊事場の排煙口(分かりますか?)  | トンネル内の案内人  | 
 
 ホーチミンに戻って市内観光。 この町の昔の名前はサイゴン。 歴史的なことはよく分かりませんが、私はサイゴンという単語の響きの方がかなり好きです。
ホーチミンに戻って市内観光。 この町の昔の名前はサイゴン。 歴史的なことはよく分かりませんが、私はサイゴンという単語の響きの方がかなり好きです。
比較的定番となっている統一会堂、聖母マリア教会、中央郵便局と周ります。
内容的にはガイドブックで見た以上の印象はあまりなく、 特に統一会堂に関しては私たちのように歴史的興味を持たない人間にはちょっと退屈かも知れません。
ただ教会の前で開かれていた結婚式は、地元の人々の生活が垣間見れるようで微笑ましい光景でした。
ガイドさんに頼んでホテルそばのカフェに連れて行ってもらい、 ベトナムコーヒーを作ってもらいました。 甘い飲み物が好きな私には、練乳との組み合わせはとてもおいしいものでした。。。
|  | 聖母マリア教会  |  | 
 翌朝は早めに朝食をすませて戦争証跡博物館へ。 怠惰なガイドさんはタクシーを勧めていましたが、散歩だと思えば簡単に歩ける距離です。
翌朝は早めに朝食をすませて戦争証跡博物館へ。 怠惰なガイドさんはタクシーを勧めていましたが、散歩だと思えば簡単に歩ける距離です。
展示の内容は噂通り日本では考えられないようなかなりインパクトの強い内容です。 アメリカ軍の使った枯葉剤によって生まれてしまった奇形の子供のホルマリン漬けが手の届くところに置かれており、 目をそらしてはいけないと思いながら、耐えられない自分を知ります。
枯葉剤がけしからん、という結論も戦争を否定することと同じくらい簡単なことですが、
それに手を伸ばしてしまうほどアメリカが正気を失っていたことが昨日のクチトンネルの体験から容易に想像できます。
その他の写真なども自然と涙があふれてくるのを抑えられない内容で、 ホーチミンを訪れる人たちには是非訪れて欲しい博物館だと思います。
 ベトナムといえばバイク天国。
ほとんどの交差点には信号がなくロータリー形式なので、バイクの流れが途絶えることはなく、
慣れるまではいつになっても渡れるタイミングがつかめず、冗談抜きに苦労します。
ベトナムといえばバイク天国。
ほとんどの交差点には信号がなくロータリー形式なので、バイクの流れが途絶えることはなく、
慣れるまではいつになっても渡れるタイミングがつかめず、冗談抜きに苦労します。
私たちの結論としては、現地の人たちは平然と横断していくので、
その(交通の)下流側を歩けば、何かのときにも先にその現地の人がひかれるだろう、
というかなり他力本願な対応となってしまいました。。。
2泊程度だとやはりこのあたりは限度がありますね。
私たちのガイドさんは、 ナンバープレートの番号が13番のスクーターに乗っていて、
みんなには不幸な番号だからやめるように言われているのだけど、自分は好きで乗り続けているそうで、
そのせいかよく事故にあうのだとゲラゲラ笑っていました。
日本ではちょっと恐ろしいようなこんな話が、
バイク天国で交通の平均速度の低いこの国では、爆笑話としてかなり笑えるのです。。。
空港でガイドさんにチップを渡そうとしたら、頑なに拒否されました。 チップをあげたいと本当に思う相手ほど拒否されることがある、
というのは世界的なちょっとした法則なのでしょうか。 また来たい国であることは間違いありません。
| よーい!(赤信号)  | ドン!(青信号)  |