6月9日(エクスレバン・フランス)
雨、気温17℃


 14日のアルゼンチン戦への出場が危ぶまれている井原正巳(30=横浜M)が9日、2日の右ひざ負傷以来1週間ぶりに練習に合流した。右ひざ内側じん帯の損傷でもっとも影響を受けるのは、DFのターン。この日も合流して、「すべての動きに問題ないとの報告を受けた」と、岡田監督は説明したものの、練習を見る限り、ボールに回り込む、あるいは右ひざを軸足とする動きは全くしていなかっ
た。逆をつかれる動きにもついていけない場面が多かった。しかし、痛めてからわずか1週間ということを考えれば、むしろ、驚異的な回復といえそうだ。井原は練習後、「怖さは日に日になくなっている。14日も出るつもりで準備している。みんなはアジジ作戦(イランのFWがジョホールバルで決戦の前日、わざとケガをし、車椅子で運ばれたことを差している)と言いますが、痛いですよ、本当に」とジョークも交えていたが、鉄人がこの大事な1週間を休むという
意味はただ事ではない。無理をして出場しても、アルゼンチンには通用しないはず。きょう10日の紅白戦で、岡田監督、井原本人が最終的な決断を迫られることになりそうだ。

「ツールーズの芝は25ミリ」

 どんな状況か調べたい、と岡田監督が話していた、ツールーズの芝の状態が報告された。現地は25ミリで、ほぼ国立競技場に近いものといえる。これに合わせてエクスレバンの芝もこれまでの40ミリから刈られた。芝がここまで長く、選手にとっては非常に負担が大きかったようだ。「ボールが転がらない」(小野)「下が柔らかくてやりにくい」(中山)と、重さを気にする声が多い。しかし、この負担が、25ミリの短い芝になった時にどのくらい「軽く」感じられ、動きがよくなるか、こちらの効果も期待できるかもしれない。

「ユニホーム届く」

 代表が着る新しいユニホームが9日、アムステルダム経由でリヨン空港に届いた。今回は担当のアシックスが、軽量化などを重視した新しいユニホームを作成。アルゼンチン戦での青、白、白、の取り合わせは過去なく、新しい歴史の1ページとなりそうだ。

「ベンゲルは岡田支援」

 元名古屋の監督、ベンゲル氏が8日、9日と代表の練習を訪問した。「日本のサッカーは欧州にもないスピード感あふれるもの。ただ波に乗れば、アトランタ五輪のナイジェリアのようになれる」とエールを送った。カズらの話しについても「あれほど、実績ではなくてカズ不用といった声があったのに、なぜ外れたらこういう論調に急にかわるのか。ちょっと理解できないし、監督の判断は正しい」とした。今回は日本戦3試合の解説を努めることになっている。

「パサレラ監督」

 自国だけでなく、ブラジル、イタリア、フランス、イギリス、そして日本人と、合計300人以上が詰め掛けたパサレラ監督の記者会見(6日、サンテティエンヌ)の中から、まずは日本に関するものを紹介する。会見は監督自身の申し出通り、きっかり30分、ただの1秒たりとも「ロスタイム」はなかった。

―日本戦はどう戦うのか、それと先発メンバーはもう決まったのか
「そんな話しをするわけがない。」

―格下の日本戦のメンバーを言えないということは、何か不安があるということか
「(記者をにらんで)ケガ人もほぼ完璧に回復している。あなたがどうしてもメンバーを知りたいというなら、来週の日曜日に聞いてくれ(試合当日の意味)。その時にすべて教えよう

―日本についての印象は
「初戦に当ること、彼らの勤勉さと向上心を思うと、同じ初出場のジャマイカとの戦いよりも厳しいものなると考えている。彼らにはスピードもある。3日のユーゴスラビアとの試合でも、日本の方がチャンスは多かった」

―選手の情報はあるか
「中盤の髪を染めた選手、(記者がナカタか?と聞きなおして)そうナカタだ、彼はこれまで見てきた日本人の中でも素晴らしい選手だ。スピードがあり、何よりタフだ」

 会見が行われたのは、リヨンから六十キロほどの所にあるスポーツセンター。丘に囲まれ、一箇所に雨天練習場を含む三つのグランドと宿泊施設が完備されている。このため取材をしようにも、選手の姿を三百メートルほど先から確認するのがやっと。その過激さで、世界に名だたるアルゼンチンプレスさえ、金網に顔をくっつけるだけという厳しい警備管理下で、日本戦に備えている。
 アルゼンチンの記者たちに、カズ(三浦和良)、北沢豪(ともに川崎)のトップ選手を、22人から外した岡田武史監督の印象を尋ねた。記者たちは、「聞くまでもない」とばかりに苦笑いし、「パサレラはもし髭をそらずに朝食に来た選手がいたら、それでメンバーを外す。彼はここまでディエゴ(マラドーナ)といい、カニ―ジャ(長髪のストライカー)といい選手を切ってここまで来た。もう誰が切られても驚かないさ」

 現役時代には、代表主将としてW杯に優勝を果たし(78年アルゼンチン大会)、今回も優勝候補筆頭に挙げられる国を率いるパサレラと、前監督の更迭、という緊急事態で監督に就任し、自ら「32番目(出場国)の実力」と評する初出場国の監督と、2人の立場は、比較するまでもなく対照的である。しかし、初戦を前にしたこの監督対決、意外な接点もある。
 岡田監督が古河のDFだった頃、パサレラもまた同じポジションの世界トップ選手として活躍していた。当時こうしたビデオを入手しては研究し、チームの戦術に生かして行くのが岡田監督の役割のひとつでもあったという。
 監督が説明する。「パサレラは、DFの考え方を変えるような、オフサイドというルールを利用して、自分たちを優位にする、そういうDFを統率していた。憧れの選手でもあった」
 選手・パサレラにはかなり触発されたようだ。岡田監督と一緒にプレーしていたGKの加藤好男氏(市原育成部、解説者)も言う。「DFに細かな役割分担を与え、組織的に守るという考えでした。パサレラとアルゼンチンのやり方というのは、大きなヒントでしたし、対戦が決まって、何か不思議な縁も感じました」
 選手・岡田武史にとって、パサレラは、厳しさ、DFとしての戦術的発想など、目指す理想の一人だったといえる。だからこそ、人間的に徹底的に研究し、14日の決戦を迎える、それが監督・岡田武史の戦略のひとつだ。「パサレラはどんな時、どんな風に動くかそれをこの眼で確認したかった」と、4月のアイルランドとの親善試合を視察した理由を話している。厳しく強気で自信家で、ちょっとでもサボった選手はすぐ変える、昔と全く変わっていなかったという。

 再び、現役時代から取材しているというアルゼンチン記者の話しに戻る。
 「彼がこの試合をどう位置つけるか、我々は右の中盤に置く選手でそれを知ることができる。もしも、サネッティなら初戦であることを考え、DF重視の慎重な戦いをするということ。ガシャルドなら、より攻撃的に、日本を完膚なきまでにたたくという彼の意思の現れだ」
 岡田監督もそういった性格、DF出身としての戦略の立て方、などを読み切ってはいるようだ。フランス入りしてからも「パサレラ監督の性格を考えて、様々な対策と可能性を考えている」と明言。エクスレバンで初めて非公開練習を行った8日にも、相手の先発予想メンバーを3・5・2のシステムで挙げ「アルゼンチンが日本の分析なんて必死にやるわけないんですよ」とニヤリ笑った。
 エクスレバンに取材に訪れるアルゼンチン報道陣の取材でもこんな場面があった。
 「パサレラ監督を尊敬しているそうだが」
 リポーターのこの質問に「今は、倒したいと願う対戦国の一監督に過ぎない」と、毅然と言ってのけた。

 もう1つの共通点は「子煩悩」であること。岡田監督には2男1女がいる。鬼軍曹といわれるパサレラ監督だが、実は交通事故で当時18歳のセバスチャン君を亡くしている。U―21の代表に入ったばかりで、選手として期待されていた矢先だった。「息子とフランスW杯に行くのが夢」、それが口癖だった。自国の記者たちは、「あの悲しみから這い上がって来た男に、怖いものなどないだろう」と表現する。
 その監督が、フランス入りする直前、「わたしはW杯を自分のために戦って来た。しかし今回のW杯の勝利は息子と、国民に捧げる」と誓った。

 パサレラ監督はその「鉄の決意」通り、日本を倒して、息子へ初勝利を捧げるのか。それとも岡田監督が阻止するのか。ゲキを飛ばす「最後」のミーティングは、ツールーズ入りした12日か、前日の13日に行われる。
 14日の天気予報は快晴。気温23度。微風。ピレネー山脈と地中海からなるこの地方の予報は、国内では外れることで有名らしい。もしかすると外れる予想は、天気だけでは…。

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